コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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日本経団連の米倉会長に抗議を!

「寄稿」

[池上 武]

日本経団連の米倉会長は3月16日、都内で記者団に対し、日本の原子力技術を称賛する会見を行った。

以下、北海道新聞(2011年3月17日朝刊)が報道した記事

原発「津波に耐え素晴らしい」 原子力行政「胸を張るべきだ」
経団連会長が発言


日本経団連の米倉弘昌会長は16日、東京都内で記者団に対し、福島第1原発の事故について「千年に1度の津波に耐えているのは素晴らしいこと。原子力行政はもっと胸を張るべきだ」と述べ、国と東京電力を擁護した。
米スリーマイルアイランドの原発事故を上回る重大事故との見方が強いだけに、発言は波紋を広げそうだ。 
米倉会長は事故は徐々に収束の方向に向かっているとし「原子力行政が曲がり角に来ているとは思っていない」と発言。「政府は不安感を起こさないよう、正確な情報を提供してほしい」と話した。

 私は友人からこのことを知らされ、ビックリした。早速北海道の友人に送ってもらったのが上記の「道新」記事である。
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東日本大震災報告ーその3

[加藤善正]
 東日本大震災から2週間、昨日25日になってやっと現地、釜石市・大槌町・山田町・宮古市へ行くことができました。テレビや写真では見ていましたが、津波被害の恐ろしさ、大きさを実感してきました。地震で壊れた家屋はほとんど見えず、すべては巨大津波の被害です。釜石市役所生協の理事長や職員に会いい見舞いと同時に市役所の現場を見ましたが、電気もつかず人影も無く生協の売店は水びたしです。市役所は駅近くのシープラザという施設に移り、災害本部にもなりごった返しの状況です。野田市長にも会いお見舞いと激励の挨拶をしましたが、市役所生協を通じてのコメの支援や、いわて生協の支援物資の配送や炊き出しに感謝をされました。市街地は道路から瓦礫を除いて車がやっと通れましたが、1~2階まで水に浸かった商店街は復旧の見通しなどまだ考えられない状況です。少し北側の鵜住居という集落は全滅状況で、平地と川の両側は瓦礫の山です。
大槌町は海岸沿いのきれいな町でしたが、ここも平地はほぼ全滅で商業集積された新しいショッピングゾーンの店舗はすべて破壊されていました。この町はいわて生協の班員組織(共同購入)が住民比率で一番高い町でしたが、こうした皆さんの多くは帰らぬ人になられたと思うと、立ち去るのに後ろめたさを感じました。町役場が津波の直撃を受け、この町の高校卒で町役場の職員として働き、4年前に町長になられた加藤町長は、温厚な方でした。誰よりもこの町を愛して働き続けた方だけに、その死は町民の悲しみを大きくしたことでしょう。山側の国道を10kmほど入ると、閉校になった小学校を使った公民館らしきところで、いわて生協の豚汁炊き出しが行なわれており、135名の避難された方々が久しぶりの温かい昼食に喜んでいました。私も盛り付けを少し手伝い励ましてきました(この日はこの町の3箇所で行なった)。

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Fさんへの手紙

[吉永紀明]
 茫然自失とはこういう気持ちのことを言うのでしょうか。3月11日のM9,0の大地震と大津波そして福島第一原発の事故の状況を目の当たりにして、思考が完全に停止してしまいました。言葉を失いました。
 どんな言葉で表現したらよいのか。そこにいなかった私が言葉に表すと、被災された方に不遜ではないかとブログに投稿するのもためらいました。
 千年に一度といわれる大災害が、まさか自分の生きている間に起きるとは想像すらしていませんでした。
 16年前の阪神淡路大震災もあってはならない大災害と思っていたのに、それを越える災害が降りかかるとは・・・。
 大津波が町を村を家を畑を総なめにする映像は、映画の作り物であってほしいと何回も思いました。
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福島第1原発の重大事故についてのネット情報のご紹介

[大友弘巳]

 東北関東大震災は、自然の猛威による災害に加えて、恐るべき災難=福島第1原発の重大事故を招いたことによって、世界中の人々から固唾を呑んで見守られる事態となりました。
 いまはただ、大量の放射能流出という最悪の事態に陥ることのないように、政府及び東京電力、そして現場で必死の努力をされている方々のご奮闘を心から願うのみです。
 この間、被災状況や支援の取り組み状況をこのブログでもお伝えしてきましたが、原発事故問題についても、マスメディアには載らないネット情報を横に広げたいとのメールを寄せていただいており、私が注目してきたブログ「リベラル21」に掲載されている記事も併せて、以下にご紹介させていただきます。
 多様な意見を比較検討いただければ幸いです。
 それぞれの文書は、該当のURLをクリックしていただくと画面に表示されるはずですのでお試し下さい。
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Dさんへの手紙

[吉永紀明]
 政治が停滞して、出口の見えない堂々巡りの暗闇の中にいるような感じのする今日この頃ですが、如何お過ごしですか。
 古希を迎えて、そのことを意識すると、身体的・気分的に落ち込みそうな気がしますので、年のことは忘れるようにしています。

 昨年末の大晦日にテレビで、柴田トヨさんという女性が、90歳を過ぎてから詩を書き始めたという番組を見ました。
 その時、小さなメモ用紙に名前を書いたのですが、2~3日してそのメモがどこかにいってしまい、名前も忘れてしまいました。
 近くの本屋さんに別の本を買いに行ったときに、詩集のことを思い出して探したのですがみつかりませんでした。店員の女性に「90歳を過ぎた女性の書いた詩集はありませんか」と聞いて見ました。
 女性はすぐに「その本は今品切れです。いつ入荷するかわかりません。詩を朗読したDVDならあります」と言って、その売り場まで案内してくれました。
 そのDVDに「柴田トヨ」いう名前をみつけました。仕方なく、詩集が入荷するまで待つことにしました。
 暫くして、街に出る用事があったときに別の本屋の前を通り、寄ってみることにしました。
 新刊を売っているいるところに行くと、これから並べるために本を積んだ荷車があり、その一番上に、黄色とピンクの柔らかな表紙で「くじけないで」という題名と「100万部突破!」の文字の横に、毛糸の帽子を被ったおばあちゃんの顔がありました。「アーッ、これだ」と本を手にしました。飛鳥新社の出版でした。
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Cさんへの手紙

[吉永紀明]
 お元気ですか。
 立春も過ぎて、近くの岡山後楽園の梅林でも若芽がほころんできたようです。
 北陸や新潟では大雪となり、雪下ろしで多くの方が亡くなったと聞きました。
 私も北海道生まれですが、小中学生の頃は、雪かきをすると電車道を挟んで向かいの2階建ての家が殆ど見えなくなるほどでした。家の2階からジャンプ台を作ったこともありました。雪国の苦労が偲ばれます。
 それでも少しづつ春に向かっているのではないかと思います。

 昨年末から続いた、伊達直人のタイガーマスク現象も一段落したようですが、少しづつ状況が変わってきたようです。
 最初の頃は「伊達直人」や「タイガーマスク」、岡山では「桃太郎」など匿名でランドセルなどが届けられましたが、最近は実名で届けられるものも出てきたようです。
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Bさんへの手紙

[吉永紀明]
 お元気ですか。今年は例年に比べて寒さが厳しく、岡山の県北では大雪となっています。
 オーストラリアやブラジルでは大洪水が発生して、多くの方が亡くなっています。ラニーニャ現象のようですが、本当に地球環境はおかしくなっているのではないでしょうか。
 6434人の犠牲者を出した、1995年の阪神大震災からこの1月17日で16年が経過しました。
 震災の前年の12月に生まれた私の孫も今高校1年生です。
 当時、娘夫婦は生まれたばかりの孫を連れて、芦屋のマンションに妻と一緒に生活していました。マンションは高層の21階でした。
 私は岡山にいましたが、当日、下からドンと突きあがり、そのあとグラグラと横に大きく揺れました。
 あわてて飛び起きて、窓を開けましたが、外は真っ暗でした。テレビをつけると、しばらくして地震速報が出ました。京都が震度5でした。岡山は震度4でした。兵庫は出ませんでした。
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Aさんへの手紙

[吉永紀明]
 すっかり、ご無沙汰してしまいました。
 よい年をお迎えのことと思います。昨年12月に72歳の兄を亡くしましたので、新年の挨拶は失礼しますが、今年もよろしくお願いいたします。
 ところで、先日新聞を読んでいたら、ドイツの保険会社の年次報告で、2010年の大規模な自然災害による世界の死者は約29万5千人に達したそうです。
 同社が世界的な災害調査を開始した1980年以降では、エチオピアの食糧危機などで、約30万人の死者が出た83年に次ぐ犠牲者ということです。
 確かに昨年は、私の関係しているユニセフでも、緊急募金に取り組んだハイチやチリ、中国の大地震やパキスタンの大洪水など大きな災害がありました。
 特にハイチの大地震では22万人以上が亡くなりました。
 このような自然災害が発生すると、子どもたちが一番に被害を受けることになります。
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「冬の兵士・9都市リレー証言集会」の成功

[加藤善正]
 このブログでも何度か紹介していた「反戦イラク帰還兵士の会」(IVAW)の証言集会を、東北6県と千葉・埼玉の9都市でリレーして開催する企画が終了しました。10月5日の仙台市を皮切りに12日のさいたま市までの8日間、連続した日程で二人のIVAWの兵士と通訳の安原敬子さんには、極めてハードな任務でした。しかも、山形市・福島市では午後と夜の2回開催であり、9日は盛岡市と北上市での開催となり、私の組んだ計画だけにあまりのハードな計画を反省しているところです。
 東北は2月に開いた「九条の会・東北ブロック交流会」の実行委員会後の話し合いと、千葉・さいたまでは高橋晴雄さんと大友弘巳さんにお会いしてのお願いでしたが、こうした方々の平和や憲法への熱い思いとアメリカのイラク侵略戦争への怒りが、各地の実行委員会の熱心な取り組みとなり、全体としては予想を超える大成功と考えております。わざわざ来日してくれたジェフリー・ミラード元IVAW会長とホゼ・ヴァスケス事務局長(夫人の日本人・エミさんも全日程を同行)も、なぜこんなに集まってくれたのか、日本の草の根の反戦平和の闘いの素晴らしさに感銘を持って帰りました。

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今こそ、日本国憲法に基づく国づくりを!

[加藤善正]

7月23日号の「週刊金曜日」に編集者の依頼で、これからの政治に求める提言を書いた。しかし、800時という制限だけに、日ごろ考えていた何分の一しか書けなかった。しかし、いろんなところから「賛同」の声が寄せられ、このブログにこの意見を書いてみた。もっと推敲していろんな資料を活用して、後日詳しく述べてみたい。

今こそ「日本国憲法」に基づく国づくりを!
 
1)民主党政治と選挙結果をどうみるか
 昨年の8月30日、日本国憲法で国の主権者と明記されているわが国の国民は、初めて自らの投票行動で「政権交代」を実現した。しかし、翌日から「言論NPO」が行なった有識者175人(全国の学者・研究者、メディア関係者、企業経営者、官僚などそれまで言論NPOの活動に協力していた人)への緊急アンケートでは、今日の民主党政権の揺らぎや今度の参議院選挙の結果を予測する内容が示されていた。
  09年度総選挙の民主党大勝という結果に対する印象では、「とても満足している」は11・4%に過ぎず、「満足はしているが今後に不安がある」が53・7%と半数を超えていた。また、民主党大勝の理由として「自民党のこれまでの政治に対する強い批判」が65・7%にのぼっており、「政権交代への期待」が17・7%と合わせて、8割以上の有識者が「これまで続いた自民党政治を終わらせたい」という判断が国民にあったと見ている。これに対して、「民主党の政策への共感や新しい政治への期待」を理由に挙げた人は1割程度であった。
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冬の兵士・8都市リレー証言集会の準備進む

[加藤善正]
低温など春の不順な気候が終わって、今度は酷暑が続く夏。気象庁の「北日本は冷害」という予想に心配していただけに、この暑さも我慢しなければと、穂孕みつつ伸びている稲を見ながら思っている。
6月26日の大友さんの記事以来、1ヶ月もブログへの投稿がないのはさびしい限り。そこで、近況など思いつくまま書いてみることにした。
1)参議院選挙の結果は昨夏の衆議院選挙が「幻」に思えるほど、民主党の大敗、みんなの党の躍進、地方の1人区での自民党の勝利、共産党と社民党の高齢化と地盤沈下、などが明らかになったと思う。この背景などは連日マスコミで評論家たちが勝手な分析をしているので、あまり自論を述べないが、この間の民主党内閣を見ると、かつて、小沢一郎が福田内閣との大連立を図ろうとしたとき、「今の民主党では与党として政権を担う自力がない、連立のなかで力をつけてから政権を担うべきだ」という発言をしたが、長年政権与党として清濁(濁濁?)併せ呑んで、権力を動かしてきた小沢一郎の「本音」であったのではないか、とさえ思える。 もうひとつは、地方の一人区での自民党の21勝8敗という結果である。第1次産業はじめ、地方経済の衰退は目を覆うばかりである。商店街はシャッター街・居酒屋街二なり、高齢化・独居老人が進みまともな若者の仕事場は失われ、先行き不安が増大している。地方自治体の財政危機は住民サービスを次々削りとり、公務員への羨望と嫉妬が渦巻いている。こうした現実はこれまでの自民党政治の結果であることは、誰でもが認めているのだが、こうした地域での自民党の議席回復は、国民・有権者の政治能力の限界性を感じざるを得ない。あるいはあまりの厳しさゆえに、民主党政権への期待が大きくあったのに、その政治的効果が実感できず「近視眼」的評価をせざるを得なかったともいえよう。

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広がる映画「こつなぎ」上映会、是非ご鑑賞を!

[加藤善正]
長編ドキュメンタリー映画「こつなぎー山を巡る百年物語」の上映会が広がっている。私は「上映運動を進める岩手の会」の事務局長として、県内、5箇所以上、4千人位の県民に見てもらいたいと、各地での上映実行委員会づくりに飛び回っている。この映画についてはこのブログでも何度か書いたが、50年前に撮影された映像や音声を駆使して、日本の山と人間をめぐる深遠な2時間にわたるドキュメントである。地域で生きるための貧しい農民の人間としての権利を求めて、「入会」という藩政以前からの集落の歴史(すべてを話し合いで決める民主的な生きるための工夫・相互扶助)を県外の地主(岩手県内の入会を県外の地主・商業資本が所有し、入会でくらしを営んできた農民を排除したケースはこの小繋だけである)が警察権力・司法権力を使って否定し排除した事件は極めて異例ですらある。この農民たちの闘いと当時の暮らしを柱に展開するこの映画は、2009年度「キネマ旬報」の文化部門の第2位を獲得した名作でもある。
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沖縄 上仮屋氏からのメールのご紹介

[小老朋友」

沖縄の上仮屋氏からのメールが、直接、転送含めて広く発信されています。
管理人の独断ですが、当ブログへの寄稿として取り扱い、ここに掲載させていただきます。
沖縄県民大集会の様子をより詳しく知りたい方は、どうぞ上仮屋氏のブログにアクセスしてみてください。
以下のURLをクリックしていただくと、上仮屋氏のブログ「写真で沖縄見る、知る沖縄」の画面にリンクします。
   http://gajuma.blogzine.jp/okinawa/2010/04/post_317e.html


[上仮屋貞美] 寄稿

友人各位

ご無沙汰しています。上仮屋です。
このメールはBCCにて、我樹丸の友人多数に発信してます。

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「NPT(核拡散防止条約)再検討会議」

[吉永紀明]
 5月3日からニューヨークの国連で始まるNPT再検討会議に向けて、日本のNGОの代表団1500名が続々とアメリカに出発する。
 日本生協連も全国の生協から106名が参加する。
 5年前の2005年には、生協の代表団は37名だったので3倍近い参加者だ。
 私も参加したその37名と、日本被団協の41名とで「被爆者・市民連絡会」を結成して一緒に行動した。
 この年の被爆者の平均年齢は73歳だった。あれから5年経っているので、現在の平均年齢は78歳ということになる。
 被爆者の人たちが「NPT再検討会議に参加できるのは今回が最後になるかもしれない」と言われる気持ちが理解できる。
 
 NPTは大きな3本柱の課題を持っている。
 1つは「核軍縮」
 その中には「更なる核軍縮措置を講ずること」「包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効に向けて」「核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の早期交渉の開始」「2000年NPT運用検討会議で合意された13の実際的措置」がある。
 日本は広島と長崎での核の惨禍を経験した唯一の被爆国として世界に核廃絶を訴えていく使命がある。
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続き  焼津市でのビキニデーに行ってきました。

「晴3」
続き

会場を埋め尽くす全体会や分散会

28日 と1日のビキニデーには全国から多くの方が集まり会場を埋め尽くす全体会や分散会が行われました。私は3分間ですが求められて全体会で発言しました。 以下私が出会った心に残る発言をメモから幾つか拾ってランダムに紹介しましょう。 
         
アバカさん(マーシャル、ロングラップ島からこられた島民)
1954.3.11、島の上に、ヤシの実や、バンの樹の上や、野菜の上や水の上に雪が降った。
しばらくしてみんな枯れていった。子供たちは雪のようにして遊んだ。口でなめもした。水も飲んだ。空気も吸った。2日後に避難命令が出され島を離れた。米軍基地に収容された。マーシャル諸島の島民の多くは置き去りにされた。聞いてさえもらえなかった。多くの人が苦しんで死んでいった。日本で闘っている人を知り、こうして会うことができて日本は希望となった。

マーシャル島で被爆した島民は爆心地(クレーター)から600km、何と広島で落ちた水爆が千葉県民の頭上に死の灰を降らせたと同じことである。島民への災害保障はない。裁判に訴えている。アメリカ人はマーシャル島で被爆の事実を殆んど知らないという。知らされてもいない。広島、長崎のビキニの被爆体験国の私たち日本人も殆んど知らない。
 彼女の父はロングラップ島の議員だった。日本に来て”助けてください”と訴えた。この声を聞いて運動に加わった日本人もこの会場に来ていた。)


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焼津市でのビキニデーに行ってきました。

[晴3]

焼津市でのビキニデーに行ってきました。

会場でコープしずおかの元理事長の上田さんや現専務さん、先輩の坪井さんや桑原さんらに、さらに大学生協(浜松)以来の加藤さんなど懐かしいメンバーに会うことが出来ました。上田さんは毎年のビキニデーでかっての生協仲間は集まろうよといった話がありました。会場には生協関係者が全国から35人集まったということです。みやぎや名勤やちばからの方がおられなんかほっとしました。

さて久保山さんの墓を見下ろすところに
原爆の犠牲者は私を最後にしてほしい・・・という久保山愛吉さんの遺言が記されたの看板が掲げてありました。 その下で2010-ビキニ被爆の墓前祭がもたれました。

「みんな久保山さんの遺言の執行者になろう。」
  
 続く焼香、献花の中 墓前祭の読経や 誓いの言葉を聞きながら私は「原爆の犠牲者は私を最後にしてほしい」と苦悶の中で息を引き取った 久保山愛吉さんの遺言の執行者たちを廻りに見ていました。1100人が参列していました。ここはヒロシマ、ナガサキについで56年前核廃絶を求める声が全世界に広がっていった発信地でした。私はやっとここにたどり着いた気持ちで身が引きしまる思いでした。


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東北ブロック九条の会交流会に参加して

[加藤善正]
 2月20日、仙台市で初めて「東北ブロック九条の会交流会」が開かれた。私も実行委員会(各県から1~2名で2回開催)メンバーとして参加したが、大いに盛り上がり成功した交流会といえる。参加者は約170名で、青森県12名、岩手県12名、秋田県14名、山形県32名、福島県21名、地元宮城県87名ほどであった。「憲法九条の会」主催の全国交流会は3回開かれたが、今年は各ブロックでの開催が提唱されすでに関西や中四国ブロックで成功裡に開催されたという。
 今回の東北ブロックの交流会は、1)九条の会事務局の高田健氏のミニ講演(最近の情勢とこれからの運動の基本視点、ブロック交流会の意義など)、2)各県からの活動報告(10例・実行委員会で特徴ある実践を組み立てた)、3)分散会での更なる交流と討論、4)全体討論、という盛りだくさんの内容が11時~16時の短い時間で展開された。また、終了後「市町村長九条の会懇親会」が開かれ、これもすでに結成されている宮城県、秋田県の元首長(6名)とこれから組織化をめざす4県の事務局担当者が参加し、東北6県での「市町村長・首長九条の会」の結成とその運動を全国に広める方向性が確認された。


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ハイチ大地震について

[吉永紀明]
 2月4日の12:15~45の昼休みに岡山市役所の大会議室で、市職労の主催で「ハイチ大地震支援・ランチタイム・チャリティーオカリナコンサート」が開かれた。500円で、ハイチコーヒーとフェアトレードチョコがもらえた。60人の予定が80人以上の人が参加してくれた。2人のボランティアによるオカリナコンサートの後、ユニセフの報告をして欲しいと頼まれ、私からハイチの状況について話をした。
 ハイチのあるカリブ海の島々を見ると、括弧して(仏)(英)(米)などの文字がある。1492年にコロンブスが今のハイチのあるイスパニョーラ島に上陸してから、アフリカから黒人の奴隷をつれてきて、大国の占領と搾取が始まった。ハイチもスペイン、フランス、アメリカの占領にあった。その後ハイチは1804年にラテンアメリカ最初の独立国となり、世界初の黒人による共和制国家となった由緒ある歴史を持っている。
 その国が、その後の大国の干渉から何回もクーデターが起こり、フランスから独立する条件として払った膨大な賠償金に長い間苦しめられることになる。
 そして今では、国民の8割以上が1日2ドル(180円~200円)以下の生活を強いられてきた。
 ハイチは、国の大きさは、27、750平方kmで、岡山県・広島県・山口県・島根県の広さと同じくらいになる。人口は4県では700万人だが、ハイチは1000万人が住んでいる。
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「映画・こつなぎ-山を巡る百年物語」鑑賞のお勧め

[加藤善正]

前にも情報提供していた「長編ドキュメンタリー映画・こつなぎ-山を巡る百年物語」の上映会が、いよいよ3月13日(土)に全電通会館(御茶ノ水)において3回上映される(シンポジウムも予定)。(11:00、14:00、17:00開始)
この映画は昨年秋に開かれた「山形国際ドキュメンタリー映画祭2009・特別招待作品」として上映されたが、これが「キネマ旬報・2009年度文化記録映画」の第2位にランクされ、作品の質の高さに賞賛が寄せられた。
私は昨年7の試写会を観て感動し、この映画に賛同する人々に名を連ね、2月下旬に「こつなぎ”上映を進める岩手の会」を結成する発起人(事務局担当)として目下力を注いでいる。
この映画は、岩手県北の小さな村落(二戸郡一戸町字小繋)の昔からの「入会地」(小繋山)を、明治政府が初期資本主義体制の原資とするため、「地租改正」として茨城県の資産家に売却し、部落民から取り上げていた。これを知らない農民は大正4年部落の大火復興のために、この入会地から木材を切り出したがこれを窃盗罪で訴え、「入会権」を主張する農民と地主側との長い間の裁判闘争を描いたものである。

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おもちを食べながら・・・

[吉永紀明]
 暮れから新年にかけて、3歳の孫が岡山に遊びに来た。
 夏に来たときは、抱いても嫌がるし、手をつないでもすぐに離されて、なついてくれなかった。
 今回は「おじいちゃん、おじいちゃん!」と言って、手もつなぐし、抱いても嫌がられなかった。少し大人になって、じいちゃんがどうすれば喜ぶか、機嫌をとることを覚えたのかもしれない。
 そんな孫と触れ合いながら、この孫が社会人となる頃の日本は果たしてどうなっているのかを考えると、心配事が多すぎる。良い社会にしなければと思う。
 今の世の中の動きに一言・・・
 ①戦後の圧倒的部分の政治の中枢を握ってきた自民党政権が終わり、民主党政権に変わった。
 小沢幹事長は「民主党に変わって、僅か3ヶ月しか経っていない。そんなに急に何でも出来るわけがない」と言った。もっと長い目で見て欲しいということを言いたかったのだと思う。それも確かにそうだが、あまりにもミスが目立ち過ぎるのではないか。
 この3ヶ月の間でも、官僚支配からの脱却ということで、「事務次官会議の廃止」「天下りのストップ」「事業仕分け」など、前進したこともある。
 しかし、鳩山首相や小沢幹事長の金を巡る問題は、自民党的体質がそのまま残って起きているように思う。
 庶民感覚と大きくかけ離れた金額が動いている。しかも「自分が関与していない」とは到底思えない。納得のいく説明が求められると思う。
 
 
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ハンド・イン・ハンド

[吉永紀明]
 先日12月23日に、岡山、倉敷の5箇所で「ユニセフのハンド・イン・ハンド募金」に取り組みました。
 ユニセフ岡山県支部の運営委員とその家族、ボランティアさん、ガールスカウトの子どもたち、おかやまコープの理事さん、そしてその日だけということで飛び入りで参加してくれた人など約100人が参加しました。
 今年のテーマは「1歳の誕生日を迎えることが出来ないで、亡くなる子どもたちが600万人」でした。
 ユニセフは、1989年に「子どもの権利条約」が国連で採択されたのを機会に、2000年9月にミレニアム宣言とミレニアム開発目標を決めました。
 1990年を基準に2015年までに実現することを目指しています。
 そのテーマは例えば、「飢餓で苦しむ人口の割合を半減させる」ということがあります。世界で約8億4000万人が栄養不良と言われています。地球温暖化による異常気象や砂漠化、サイクロンによる洪水、津波などで田畑が使えなくなり、食料が不足して飢餓が拡大しています。
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映画・こつなぎ―山を巡る百年物語  東京での試写会のご案内

9月ごろ、映画「こつなぎ―山を巡る百年物語」の盛岡での鑑賞に関する記事を書きましたが、この映画の東京での試写会の情報が入りましたのでお知らせします。是非、お知り合いの方やメールの転送などで、多くの方々にご覧いただきたいと思いお知らせいたします。

この映画は岩手県の県北の小さな村、一戸町小繋部落の「入会地」を巡って、農民と地主(国家権力)との百年にも渡る「裁判闘争」を描いた「ドキュメンタリー映画」です。幕藩体制の下、部落の「入会地」であった小繋山は、農民のくらしを支え、共有財産として長い間平和に利用されていました。しかし、明治政府の「富国強兵・殖産興業」政策により、日本資本主義体制を構築する手段として政府は大金持ち(資本家)にこうした山林を売却し、農民の財産を没収しました。この入会地がなければくらしが成り立たない農民は、部落の大火からの復興のために、長い間の慣習に従ってこの入会地の木を切り出しました。それを「窃盗罪」として訴えた地主とその地主を擁護する警察権力・司法との百年に渡る苦しい戦いの記録です。

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「加害の事実」

[吉永紀明]
 私が事務局として関わっている”宇野学区九条の会”が、先日「加害の事実を知ろう」と題してDVD上映会を開いた。
 「泥にまみれた靴で」(26分)と「日本鬼子のおきみやげー日本軍毒ガスの真実ー」(29分)の2本を上映した。
 第2次世界大戦が終わって64年経ったが、戦争中に何が行われたのか、日本軍は戦地でどんな行動を行ったのか。「すべて体験したことは墓場まで持っていく」として、真実を語らないまま多くの元兵士が亡くなった。
 そのなかで5人の元日本兵が、自ら手を下した捕虜の惨殺、拷問、生体解剖、軍隊の不条理などについて証言した。
 「人を殺したら人間が変わった。人間でなくなった」「突撃のときに、日の丸に遅れると卑怯者と言われた。日の丸の旗は日本兵を殺した」「共産党が天皇の軍隊にはむかっていると思うと、相手を可哀相なんて思いもしない。毎日毎日拷問をしていた」「武器を捨てた捕虜を見せしめのために殺す。その兵士は人間の目をしていなかった」
 「ある村を急襲したら、村には夫婦と赤ん坊しかいなかった。夫婦を殺した後、この赤ん坊も大きくなったら敵になるんだからこうやって殺すんだといって、泥にまみれた軍靴で踏み殺しました(涙声)」
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寄稿  「鳩」の字にごまかされまい

[谷川 宏]

 読書紹介をさせてもらいましょう。といっても、皆さん、すでにご承知かもしれま
せんが。
 8月6日現在絶版で、アマゾンでさがしたところ、古本で8000円の表示という
貴重な本です。PHP社刊行の「新憲法試案」。著者は、おなじみの鳩山由紀夫氏。
 友人から借りてみたのですが、帯にいわく。「憲法改正待ったなし。戦後憲法の限
界をつぶさに検証したうえで、新しい時代にふさわしい憲法を大胆に提示」と。

 内容の一部を、ご紹介しましょう。
 まず、はしがき。「私は、憲法改正をやりたい。・・・数年前、はじめて民主党代
表選に出馬したとき、公約のひとつに憲法改正をかかげた」
 以下、本文。「前文は、楽観的国際政治観であり、書きかえる。」「国民主権は明
記するが、天皇は元首とする。なぜなら、日本の伝統と文化の拠り所だから。」
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「冬の兵士」を読んで

[加藤善正]
10月10日の「ブログ・リベラル21」において、半澤健市氏が「冬の兵士」(岩波書店、09・8・18刊、¥1900)を紹介されているのを見て早速購読した。その内容は半澤氏が詳しく書かれており、初めて知った事実も多く、IVAW(反戦イラク帰還兵の会)に結集している方々の真実の叫びを胸が痛む思いで知ると同時に、大いなる勇気を与えられた。身近な人にこの本をお勧めしたいるが、是非皆さんもこの本を買って精読されることをお勧めしたい。
この本は「イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実」の副題が示すように、04年7月、ボストンでの「平和を求める退役軍人の会」の年次総会で創設されたIVAWが08年3月開催した「冬の兵士」と題した公聴会での約50名の告発・証言が生々しく綴られている。詳しい内容は半澤氏が紹介されているので、読後感的な私の若干の意見を述べてみたい。


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旧陸軍飛行学校桶川分教場の施設を見学して

[大友弘巳]

JR東日本が主催している「駅からハイキング」の企画の一つ、桶川市の史跡や文化財を巡るコースの中に、旧陸軍飛行学校桶川分教場の施設の見学が含まれていることを知り、10月11日に参加して見学してきました。
所在地は、桶川市の西端の荒川沿いの地域で、川越市に至る道路から少し入ったところです。
この施設は、昭和12年6月に開校され、同20年2月までの間には飛行学校として1,500~1,600名の航空兵を訓練し、その後は特攻隊訓練基地として使用され、同年4月5日には陸軍初の練習機による特攻となる振武第79特別攻撃隊12名を知覧基地に送り出しています。
現在も、兵舎、弾薬庫などだった建物が当時の形を保っていて、学校の面影を残しており、貴重な歴史的遺産となっています。

学校の構内 (画像をクリックすると大きな画像が表示されますのでお試し下さい)
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「核密約」と主権在民―主権者の怒りで「核の傘」を取り払おう!

[加藤善正]
 「核密約」があらためて明らかになり、自民党政府が50年もの長い間、わが国の主権者である国民を裏切り、馬鹿にして、ぬけぬけと虚偽の国会答弁を繰り返していたことが国民の前に晒された。ヒロシマ・ナガサキ・ビキニと繰り返された核兵器の地獄のような実相を知り心を痛め、粘り強く展開された「核実験反対・被爆者援護・核兵器完全廃棄」を求めた国民的願いと運動を無視するように、アメリカの核持込を認め、その密約を「存在しない」といい続けた基本的な政治姿勢は、憲法で明記されている「主権在民」の基本理念を完全に逸脱しつづけてきたものであることは明白である。一般にいう「外交交渉の内容はすべてを明白にできない」とは異なり、「あるもの」を「ない」といい続ける主権者を冒涜する確信犯による犯罪的政治行為である。さらに、狭い海峡の領海設定もアメリカの「核密約」を盾にした圧力で、短く設定してアメリカの核搭載潜水艦や空母の自由往来を保障していたことも明るみに出て、「核密約」の弊害、アメリカとの従属的関係が白日のもとに晒された。  岡田外相は「核密約の調査」を開始したが、どこまで解明できるか監視を強めたい。

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いのちの山河・日本の青空Ⅱ 上映運動始まる

[加藤善正]

 沢内村の「生命尊重行政」を指導した「深澤晟雄村長」を描いた劇映画「いのちの山河」が遂に完成し、10月1日から完成試写会が始まった。1~2日の西和賀町の上映は町民の約2割、1600名ほどが感動と賞賛の声を上げて鑑賞した。3日は盛岡市で700名が試写会に集まり、これからの県内での自主上映会の成功を誓い合った。
 「製作・上映運動を成功させる岩手の会」の事務局長を担当した私は、この1年半ほどこの映画の成功のために力を注いできただけに、西和賀・盛岡での鑑賞では涙・涙の連続で、大いに感動した。製作協力金も県内目標100口(1千万円)を上回り、115口を超え、全体の製作にも一定の貢献ができた。この映画の内容や制作・上映運動の意義などに関しては既にこのブログで発信してきたので、この映画のパンフレットに寄せられた、湯浅誠氏(反貧困ネットワーク事務局長)の言葉を紹介したい。

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「世界手洗いの日」

[吉永紀明]
 サモアの大地震、フイリッピンの大洪水、スマトラの大地震とこの間たて続けで世界で大災害が発生している。
 先日の国連での鳩山首相の演説で、日本はCО2の排出量の25%削減を公約したが、地球温暖化の影響は待ったなしの状況にある。地震は温暖化と直接関係があるとは思わないが、それにしても最近の地球はおかしくなっている。
 大洪水でも、大地震でもいつも被害にあうのは子どもたちだ。
 先の3つの災害に対してユニセフは世界に支援を要請した。日本でも緊急募金が始まった。
 世界では年間880万人の子どもたちが5歳の誕生日を迎えられすに命を失っている。その死亡の原因の多くは予防可能なものだ。「栄養のある食べ物」「きれいな水」「母親の健康な母乳」など。
 そして、せっけんを使った正しい手洗いは、子どもたちの命を奪う下痢や肺炎の予防に大きな効果がある。
 
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活かせ憲法!守れ9条!岡山のつどい

[吉永紀明]
 9月19日(土)岡山市民会館において「活かせ憲法!守れ9条!岡山のつどい」が1000名の参加で開催されました。
 最初に歌手のきたがわ てつさんが「憲法と平和をうたう」として、「九条」「憲法前文」「わたしをほめてください」「ケ・セラ・セラ」を熱唱した。途中で、全員合唱も入った。
 つぎに作家の藤本義一さんが「戦中・戦後・現在 人生を語る」の講演があった。
 『戦前、みなみで店をやっていた。長男で小学校3年生で戦争が始まった。絵描きになろうとしていたが、戦争が進むにつれて色鉛筆の色が少なくなっていった。昭和20年3月13日に大空襲。父45歳、母41歳。大阪は焼け野原で、黒焦げで小さくなった焼死体があちこちにあった。天皇の言葉は何を言っているのかわからなかった。最近の政治経済でも言葉に意味がなくなっている。日常的にもっと考えることが必要だ。父はうつ病になり、毎日コヨリを折っていた。そして結核になり療養所に入った。母はジープにひき逃げされ、頭を打って認知症になった。そのため私が働いて家族を養うしかなかった。天王寺の闇市で、連絡係をした。朝6時にヒロポン1本の値段を40箇所に連絡して回った。最近のマスコミもおかしい。日本はどう生きるのかを真剣に考える必要がある。その時々の情勢だけ、流行に追われている。
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