コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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「異端派生協の逆襲ー生協は格差社会の共犯者かー」を読む

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「斎藤嘉璋」
 この本の筆者・下山保氏は東京下町の団地生協・たつみ生協(マイコープを経て現パルシステム東京)の創業トップであり、現パルシステム生協連合会の前身・首都圏コープ事業連合を創立しトップを務めた。すでに第一線を退いているが、生協関係者には知る人は多い。
 この本にパルシステム生協連合会の若森理事長は「下山保さんが怪しげな本を発刊されるにあたって」の一文を寄せている。確かに表題からして“怪しげ”であり、内容的にも論理の飛躍を感じさせる箇所など怪しさを感じさせる点がすくなくない。しかし、基本的には真面目な、生協関係者には考えさせるところも少なくない本である。
 この本は下山保氏が自ら語った生協を中心にした自分史の部分が基本になっているが、本人はプロローグで「どうした生協」、「生協は格差社会の共犯者か」と述べ、エピローグで「波風よ、立て」と議論を吹き掛けており、単なる自分史ではない。
 実は評者も下山氏との長い付き合いということもあり、「自分史的なものを出す」ということで取材に応じたが、その時点では「格差社会の共犯者」云々は聞かされなかった。推測すると、彼は個人的な自分史を出すのではなく、彼が関わったパルシステムグループの歴史をそこに彼の想い込めて書きたかった、過去の歴史よりも現在と将来にむけて発言をしたかったのだと思う。

 この本の大部分をしめるⅠ「落ちこぼれ生協」、Ⅱ「『ダメ生協』の逆襲」、Ⅲ「異端のDNA」は下山氏の学生運動、政治運動から始まる生協運動史であり、パルシステムグループの歴史である。
 早稲田の学生時代に共産党に入党、その学生細胞が中央と対立、徐名、ブント(共産主義同盟)が主導する全学連中執として安保闘争に開け暮れ、大学も除籍、その後社会党書記局に入るが除名、70年に団地自治会長として生協の設立―が下山氏の活動前史。
 その下山氏が「落ちこぼれ生協」というのは60年安保前後に社会党や共産党から離れた新左翼や70年前後の全共闘運動などの活動家がリーダーとなり、70年代から80年代にかけて創立された生協。彼がいう「主流派」の大学生協が支援した市民生協が各地で基盤を確立しつつあり、日生協は中小の生協が競合するのではなく「連帯・合併をすすめ拠点生協づくりを」呼び掛けていた。そこでの新しい生協づくりであり、その多くは既存生協から「異端」視された。
 彼は主流派とは「政治的経歴からも当時犬猿の仲」であり、「暴力生協」等と非難されたと書いているが、合併推進など組織整備の時代になってからの新生協づくりが軋轢の背景にあった。「なぜ、新しい生協が必要だったのか」―この本では触れていないのは残念。政治的には多くの潮流があったようであり、それらの各リーダーがどんな生協を造ろうとしたか思いを知りたかった。
 Ⅰ、Ⅱ章は「異端」で「ダメ生協」のそのグループが生き残りのために主流派生協との競合のもとでどう連帯、共同を進めたかの歴史である。
彼の分類では私は「主流派」の大学生協が支援した地域生協でトップを務め、のち彼らを「いじめた」日生協の役員だった者であり、反論したい箇所がないわけではない。しかし、「異端」とか「主流」とか彼が対立的に描いている事柄は、生協の外からみればそれほどのことではないので、ここではふれない。だが、生協陣営内部では、関係者が論議しあうことができれば、それはのぞましい。意見や認識は一致しないであろうが、その違いの確認ができれば有意義ではないか。
 生協運動の歴史としては、その時代に生協のリーダーやその集団がどんな思想や政治信念を持っていたかを書き残すことは必要なことであり、筆者の率直な記述は評価したい。下山氏は彼らの集団がDランク、ノン・エリートのダメ生協であったとして、そのダメさ加減をあれこれ書いている。そのようなマイナスを率直に認めプラスに転化する発想が、パルシステムグループの力になっているが、この本の歴史書としての側面での面白さでもある。
日本の生協運動史において60年代以降の学生運動の分裂・対立が大学生協に影響し、地域生協にも大きく影響したのは事実であり、生協関係者のなかには個人的にも忘れられない思いを持つ人が少なくないと思う。そのような人びとが彼のような率直さで、遠慮なく自己主張、反論したら生協運動の「現代史」は充実したものになると思う。「現代日本生協運動史」の執筆・編纂に携わったが、そのような踏み込みができなかった者としての期待でもある。
  Ⅱ「『ダメ生協』の逆襲」は首都圏コープ事業連合が結成され、試行錯誤をへて「個配」事業で先駆的な役割をはたし「大化け」したことが、Ⅲ「異端のDNA」ではそれらの歴史の教訓を下山氏がどうとらえているかが書かれている。
  08年度、全国の事業経営をめぐる状況は大変きびしく、餃子事件いらいの生協への信頼の揺らぎに続き、新たな経済悪化は多くの生協の供給をダウンさせている。そのなかでパルシステムグループは依然としてコープネットグループなどをしのいで健闘している。「大化け」したあと、このグループは事業伸長では全国をリードしているが、そのことが「逆襲」の意味らしい(怪しげな標題のつけかたが「異質」だ。)
 以上が「歴史」部分の紹介・感想である。次回、「生協は格差社会の共犯者か」という問題提起の部分の感想を書く。(発行元「同時代社」、1800円)

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