コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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ブタのいた教室

[吉永紀明]
「ブタがいた教室」の映画を観た。
 6年2組を担任する新米教師が始業式に子ブタを持ってきて「卒業までの1年間、この子ブタを飼って、大きくなったらみんなで食べよう」と提案する。
 26人の子どもたちは校庭の一角に自分たちで小屋を作り、Pちゃんと名づけて世話を始める。
 親からは「汚い」「くさい」と苦情が来るが、校長が「星先生に対する子どもたちの不満はありませんよね」とかばってくれる。
 1年がたち、いよいよ卒業式が近づき、Pちゃんを食べるかどうか、クラスで議論が始まる。
 1年間育ててきたブタに対する愛情から「家族のようにしてきたのだから食べられない」「約束だから食べるべき」「他のクラスに引き継いでもらったら」「他のブタが食べれて、Pちゃんが食べられないのはおかしい」と涙ながらの議論が続く。多数決をとると「食べるべき 13票」「食べたくない 13票」となった。
 

 仕方なく学校放送で「引き継ぐクラスがあれば応募して欲しい」と伝えたところ、3年1組の生徒が飼ってもよいと名乗りを上げた。
 しかし、3年生が扱うにはブタは大きくなりすぎていた。「3年生に怪我をさせられない」「今まで飼って来た責任が自分たちにはある。自分たちで結論を出すべき」などの意見があり、また投票をした。
 「食肉センターに引き渡す 13票」「3年1組に引き継ぐ 13票」とまた同数になった。
 そのやり取りの中で、喧嘩を始めた男子生徒に、ある女生徒が「ブタは食べられるために生きているの? 人は何のために生きているの?」と問いただす。議論の中で、ここまで小学生も成長するのだと感じた。
 「いのち」について考えることから始まった取り組みの中で、人は生きているものを食べることによって生かされている。だから「いただきます」「ごちそうさま」と感謝しながら食することが大切なのだと考え、ブタを飼うことで子どもたちが確実に成長していく姿を見て、これこそ生きた教育なのではないかと思った。
 私も小学校4年生のときに、家の裏でニワトリを飼っていた。
 毎日学校帰りにハコベを採ってきたり、貝殻をつぶして食べさせたりして可愛がっていた。
 それが12月30日に、ニワトリの姿が見えなくなった。親に聞くと「エーッ、逃げたのでは!」と私が毎日世話をしていることを知っていたので、心配顔で言った。
 家の周辺を夜遅くまで探したが見つからなかった。親は「そのうち帰ってくるかもしれないので待っていたら」と言う。しかし翌日も見つからなかった。
 元日の朝、雑煮が出た。餅のほかに鶏肉が入っていた。
 親は私に「紀明には可哀相なことをしたが、それが飼っていたニワトリだよ」と言った。私は「ワーッ!」といって、雑煮を食べずに部屋に行って泣き続けた。
 その時の気持ちを思い出しながら、画面を見ていて涙が出てきた。
 教育基本法が改正され、愛国心や公共心が強調され、「ゆとり教育」の見直しということで、授業時間数の増加、教科書を厚くするなど、形だけ変えようとしている。
 形を変えるのではなく、教え方を変えていかなければと思う。
 全国に一杯「ゆとり教育」の中でも成果を挙げている学校が沢山ある。それらを普及することも必要だ。一方で、先生が授業以外に行う作業が多すぎると言う話を聞いている。もっと授業やそれ以外のことについて、子どもたちと正面から向き合える時間を作ってあげることが必要だと思う。
 それと、やはり子どもたちが日常垣間見る世の中がおかしいと、子どもたちの気持ちも萎えてしまうのではないか。
 政治が混迷し、トップがコロコロ代わり、大臣が自らの失言で辞任する。商品の偽装が毎日といいほどマスコミ報道され、テレビを見るといつも誰かが頭を下げている。親が自分の子どもを痛めつける。ひき逃げ事件があとを絶たない。
 こんな世の中をみて、子どもたちが将来に明るい展望を見つけ出すことが果たして出来るだろうか。
 愛国心や公共心を子どもたちに言う前に、私たち大人が今の世の中を変えていく必要があると思う。
 子どもたちが「僕たちの未来のために、大人たちが真剣にがんばっているんだ」と思える社会をつくっていく責任があるんだと思う。

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