コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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「反貧困」(湯浅誠)を読んで

「齋藤嘉璋」 
たまたま先輩に誘われて参加している大学の同窓生の集まりで、2か月ほどまえに雇用・労働問題を勉強した。その時「雇用融解」(風間直樹)などを読んで、日本の若者等をめぐる現状の厳しさとそこまで追い込んだ構造改革路線のすごさを考えさせられた。
今回は「反貧困」(湯浅誠-岩波新書)を読んで、「ではどうするか」について考えさせられた。
27日の朝日新聞の「秋の読書特集」で森永卓郎氏が「貧困と格差社会を生き抜くための全集」として10冊の本を取り上げていた。経済アナリストの森永氏は「格差社会は構造改革の副産物ではなく、構造改革の目的そのものだったと考えている」と立場を明確にしながら、10冊の本を紹介している。

「反貧困」はその4冊目に取り上げられていた。筆者は95年からホームレス支援活動をし、現在NPO「自立生活サポートセンター・もやい」の事務局長など「反貧困」の活動をしている。

 森永氏も「今の社会を冷静に分析し『すべり台社会』と評した」と書いているが、日夜、ホームレスはじめさまざまの困難を抱えている人々の相談に乗っている人とは思えない「冷静な」分析と説得力に感心した。

 第一部では非正規雇用者1726万人、年収200万以下の給与所得者1022万人、年収129万円の全世帯の20%を占める所得の低い「第1・5分位」の人々などの貧困の実態を分析している。

 その貧困は雇用、社会保障、公的扶助の3つのセフティネットワークが穴だらけで、一度滑り落ちると救われなく、日本は「すべり台社会」になっている。さらに刑務所が4つ目のセフティネットになっているーー。

 筆者によると現在の「貧困」は単なる経済的「貧乏」ではなく、それは教育から、企業福祉から、家族福祉から、公的福祉から、そして自分自身からも「五重の排除をうけている」貧困だという。社会からも家族からも排除され最後は自分自身からも排除ー自殺殺志願になる、それは人間社会の崩壊といえよう。

 とくにこのような社会にした「自己責任論」など新自由主義の思想的攻勢の意味については考えさせられた。そしてこの現状を打破する「反貧困」の社会的取組をどうするかが、実践に基づいて述べられている。

 今日の宿、明日の食事に展望のない人々にとって、まず必要な「互助の仕組み」づくりの実践が紹介されている。また、「反貧困」のいろいろな取組において弁護士などが果たしている役割、労働運動の役割、多くの市民の協力などが紹介されている。筆者たちが創った「反貧困たすけあいネットワーク」の共済制度などは生協のそれと通じるものであるが、筆者は一言も生協とか協同組合とかの言葉を使っていない。

 歴史的にみると生協運動は貧しい労働者とその家族のためにいろいろな取り組みをしてきた。「反貧困」のため生協は何もやれないのだろうか。

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コメント


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  反貧困

「反貧困」のため生協は何もやれないのだろうか。斎藤さんの指摘を考えた。
高度成長下で成長した多くの生協は 反貧困というと絶対的貧困対策とうけとめがちで、救貧は生協の直接的課題になりえないとさけてきたと思う。しかし現在はどうだろうか。新しい貧困は絶対的貧困を含みながら多くのひとの社会的排除の様相を濃くしている。子どもと老人 障害者に向き合わない組織は時代に取り残されていくのではないか。30年前福武直は生協の役割を助け合いの仕組みを作ることにおいていた。

晴3 | URL | 2008年11月01日(Sat)19:31 [EDIT]


湯浅氏が言われる「五重の排除」のうちの一つ「自分自身からの排除」が広がっているのは、何でも自己責任で片付けてしまっている社会の風潮によって、追い込まれていっている結果だろうと私も思います。
特に、子どもやお年寄り、障害者、母子家庭家族など、社会的に弱い立場に置かれている人々はハンディキャップを負っているわけで、自己責任を問うているだけでは追い込まれてしまうばかりになっていくと思われます。 格差が拡大していくばかりの近年にあっては、失業者やロストジェネ―レーション世代の若者たちにも同じことが言えるのではないでしょうか。
こうした状況を打開するためには、国や自治体による公助の抜本的な充実と併せて、互助、共助の再生や強化が大事になっていると考えられ、互助、共助を理念とする生協の役割は大きいと思います。
 今や全世帯の3分の1が組合員になっている地域住民の最大組織として、互助、共助の再生、強化のために積極的に役割発揮に努めなければ、生協の存在価値を問われることになりかねません。 湯浅さんが、生協のことに一言も触れていないのは、期待もされていないということの表れのように感じられ、気にかかります。

少老朋友 | URL | 2008年11月07日(Fri)10:26 [EDIT]


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