コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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賀川豊彦に関連してー「わが妻恋し」ほか

斎藤 嘉璋
賀川豊彦に関連してー「わが妻恋し」他

*先に掲載した「もう一つの賀川豊彦像」の記事について「賀川豊彦のご長女のお名前は、賀川富美子さんではなく、冨沢千代子さんです。結婚後の姓と名前がごっちゃになって記憶されているのではないでしょうか。」とのコメントをいただきましたが、その通りですので訂正いたします。手元にある賀川関連の本を調べ、記述の間違いを確認しましたが、困ったことになぜ間違えたかわかりません。訂正記事のついでに、賀川関連の2冊を紹介させていただきます。

*「わが妻恋し」(加藤重著、晩聲社)
賀川豊彦の妻・賀川ハルの伝記。賀川豊彦は1960年4月に亡くなるが、日本生協連の会長だったので、その年に日本生協連に入った私は機関誌「生協運動」の取材のため当時の幹部に連れられ松沢のご自宅にハル夫人をお訪ねし、いろいろとお話を伺いました。新川の貧民窟時代に結婚されたハル夫人のお話は、この人があって賀川ありの感を抱かせるものでした。ハル夫人はその後、日本生協連の顧問として総会などに出席もされましたが、ちょうど31年まえの1982年5月に逝去されました。ハルは豊彦がベストセラー「視線を超えて」を書いた年に自分も「貧民窟物語」を出版し、平塚らいてうや市川房枝などの「新婦人協会」に参加し、神戸で「覚醒婦人協会」を結成するなど、夫人としての内助だけでない活動を展開しています。この本はそのようなハルの生涯を書いた本で、賀川豊彦を知るためにも貴重な1冊です。
「わが妻恋しいと恋し・39年の泥道を・ともにふみきし妻恋し、
工場街の裏道に・貧民窟の街頭に・ともに祈りし妻恋し、
憲兵隊の裏門に・未決監の窓口に・泣きもしないでたたずみし・わが妻恋しいと恋し(中略)
財布の底をはたきつつ・書物数えて売りに行く・無口な強き妻恋しーー(後略)(1950年、賀川豊彦)

*「賀川豊彦」(隅谷三喜男著、岩波現代文庫)
コープ出版から賀川豊彦の著書「友愛の政治経済学」(2009年)に続き「協同組合の理論と実際」が出版されました。後者には「賀川豊彦・人と働き」があり、賀川と多彩な活動の概要がわかるようになっていますが、賀川の直接書いたものはその基礎に宗教性と主観哲学があるためなかなかわかりづらいと思います。私は賀川の協同組合論などを読むと「社会科学的でない」ということで理解ができきない、というか抵抗感をつよく感じました。
この本の著者・隅谷三喜男(東大教授、東京女子大学長など)は労働経済学が専門であり、この本は賀川についての「社会科学者の手になる本格的評伝として唯一の書」(解説)といわれます。賀川は救貧運動からはじまり労働運動、農民運動に力を注ぎましたが、それらから手を引いいたあとも協同組合については亡くなるまでかかわっていました。諸運動との関わりや決別、その思想的政治的背景など労働運動史に詳しい筆者の評価は賀川個人の歴史としてだけでなく勉強になります。ただ、協同組合に関する記述は少ないので、その点はコープ出版の前記2冊が参考になるでしょう。
 貧困や格差を憎み、反戦平和を願った賀川が現在の日本の動きをどうみているか?協同組合を社会改革の柱の一つとしその社会的使命・ミッションを強調してやまなかった彼の想いをどういかすのか?読みながら考えたいものです。
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