コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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「くらしと協同」合併特集を読んで

斎藤 嘉璋
「くらしと協同」合併問題特集を読んで
くらしと協同の研究所の「くらしと協同」秋号が「生協の合併―是か否か」を特集しました。このブログでは大友弘巳さんが首都圏3生協の合併の是非について何回も投稿し、その主要な主張は「生協の持続的発展を願って」(あけび書房刊)に収録されています。多分、この特集の内容については大友さんが大いに意見があるところと思いますが、彼は今体調を崩しているので、同じようにこのブログに合併問題で見解を書いたことのある私が感想を述べることにします。
このブログの主宰者である大友さんがしばし休むということで私の投稿が続いており、少し気が引けていますがお許し願います。
特集「生協の合併是か否か」は「争論・協同を語る」ということで関西大の杉本貴志教授が司会進行にあたり、まず京都大の若林靖永教授が語っています。
杉本教授は総論で「日本の生協運動は地域に密着した組合員中心の組織と事業をつくりあげてきた」が、それは生協法の県域規制に「やむなく対応した結果でもあった」と述べています。「県域規制や員外規制がなかったら地域に密着した組合員中心の組織と事業を展開できなかった(しなかった)かもしれない」という評は他でも聞くことがありますが、市民生協群の誕生と発展期にその現場で事業と運動に携わったものとして異議があります。「地域に密着した組合員中心の組織と事業」は私たちが望ましいと考えた姿・理念であり、生協の誕生、発展期は区や市を超えることでも激論があったものです。人々のくらしと協同は地域社会にあるもので、協同する人々は多いほどいいー地域での組織密度が高いほどいいという考えです。規模と密度がたかまり県域規制が現実問題となるのは「地域に密着した組合員中心のー」が弱くなったのではといわれる、最近の10数年前からだと思います。

生協法が改正され県域規制が緩和されたので県域超えの合併が可能になったのは事実ですが、その合併の是非を論じる場合も「地域に密着した組合員中心の組織と事業」がどうなるかは、私にとっては重要な論点であり、合併に賛成できないとしてきた理由の一つです。この特集ではその視点での論述が弱かったのが残念です。
杉本教授はユーコープとコープネット3生協の合併という事態をむかえ「いま生協はあらたな段階にはいりつつある」とし、比較的小さな単独運営の生協―A、事業連合に参加の生協―B、さらに合併する巨大生協―Cの「3つの段階」があると述べています。「段階」というとAからB、BからCへの発展段階がある印象をあたえます。教授はそうは考えていないと思いますが、「事業連合での連帯が進むと合併が必然になる」と単純に理解する人もいるので「段階」表現は拙いと思います。

若林教授の争論と疑問
この企画が「争論」となっているためか、若林教授の語り口は断定的、挑発的な印象です。その挑発にのって私も疑問を一方的に述べさせていただきます。
① 日本の生協が都道府県ごとに活動してきたことについて「何の意味もない」、「たまたま規制の強い法律」があった「お上サイドの都合」で「事業をする市民運動の見地からするとどうでもいいこと」と述べています。生協は組合員の消費生活だけでなく、子育てや福祉、環境問題など暮らしとそれを取り巻く地域社会の諸問題ととりくんでおり、当然、市町村や県の消費者団体やNPOなど諸団体・組織、市や県行政とも強い連携を持っています。県域といった考え方は「何も意味がない」との発言には驚きました。商品や消費性向に県境はないといったマーケット論を述べるのは結構ですが、それを生協のあり方論にするのは乱暴だと思います。
② 「大都市圏では(都県内に)複数生協があっていい」という説は一般論として私も同意します。しかし、事業規模を拡大する手法として、物流など経費節減などのための「県内統合については必然性がない」としているのは理解できません。
 東京ではコープとうきょう、パルシステム、東都、生活クラブなどの生協がそれぞれ規模を拡大し、私の住む多摩地区では組合員組織率が6~70%となっています。宅配中心のため我が家の周辺では4つの生協の車が入れ替わりに行き来しており、近くに各生協の配送センターもあります。これが合併し、物流施設と車が整理されればそのコスト削減は大変大きな額になります。毎日どこかの生協の配送車が来ているので排気ガスが減るだけでも社会貢献という状況です。
複数の生協があることは消費者にとって悪いことではありませんが、それぞれの組織切り崩し合戦など東京ではそろそろ限界です。それではと県域を越える合併が事業連グループごとに進んだ場合は県内競合が激化し、協同連帯が後退するのでは?というのが私が今回の県域超え合併に賛成できない大きな理由です。
③ 生協の適正規模については専門のマーケット論からの展開で、組合員組織として民主的な運営の視点で考えてどうか?はのべられていません。生協の民主主義は(総代会で選ばれた理事が)「理事会で文句が言える民主主義だ」とし、「ひとことカード」などは補完的なものとしています。組合員からの民主的運営への期待は自分たちの声がいかに反映されるか(商品や事業、諸活動に関して)だと思いますが、それが数百万の規模や数県にわたる広域になった場合どうかという論議はなされていません。この号の「くらしと協同」では、コープみやざきの大久保前理事長が「私の生協人生」で組合員の声を聴くことの大切さを強調していますが、そのような視点からの論議が必要だと思います。組合員が生協を自分たちのものと考えなくなり、顧客化していく状況はすでに発生しており、それは必ずしも大規模化のせいだけではないと思いますが、大規模化、広域化はそれを促進する要因になっています。
④ 事業連合について若林教授は「事業の一部だけの共同化」の事業連合はいいが、「統合を次々と高めている」事業連合は「百害あって一利なし」で単一化の方がいいと述べています。機能統合を進めることは「分権的なシステムが前提になって中央集権化を進めるのは、事業体にとってはしんどい」ことを理由にしています。
 事業連合は主体の単協との業務委託契約で諸事業機能の共同化―統合を進めています。主権を持つ単協(理事会)と任された業務を効率的にすすめたい事業連合(理事会)の運営は確かに「しんどい」ことです。単協のトップは連合の運営と執行にもかかわり「単一化―合併してシンプルな運営をしたい」と思うのは当然で、今回の首都圏3生協の合併の動機の一つでもあったようです。私はそのような「しんどさ」は覚悟していたはずで、それを上回るメリットがないなら機能統合をやめればいいという意見です。また「生協の民主主義は理事会にある」論でいえば、3都県に3つの理事会がある方が民主的です。
教授は諸外国には全国単一の生協が多いのは「それは、そもそも事業体だからです。事業体は『規模拡大がゴールだ』という幻想が生じやすい。」とし、上手にやれば幻想でなくなると述べています。そして日本でも全国単一生協もありうる、分権化を上手にやれば京都の組合員も東京の組合員も好きなことがやれ「組合員活動にとって何の問題もない」と語ります。
私もイギリスはじめヨーロッパの生協は何回も訪問していますが、組合員活動はあっても限定的ですし、組合員が主人公といった運営ではないのが実情です。「事業体だから」と思われるので、日本では単純に参考にすべきではないと考えます。
⑤ 「争論」の最後の方で教授は「合併は同時に不都合な問題をたくさん産みます。」と語り、「『県域を越えた統合がどんどん進めばいい』と単純に思っているわけでもありません」と述べています。最近の県境全面撤廃などの動きに関連して、規制のあるなしではなく、それぞれの生協のポリシー、組合員がどんな生協をつくりたいかによる、と述べています。
また「合併、するもしないも問題への対策は必要」とし、ローソンやセブンイレブンが「地域に根差す」という点でどのような工夫をしているかを紹介し「生協の関係者はもっとマネジメントを勉強すべき」としています。教授が強調したかったのは、その辺のことかと思いますし、その点は私も同感です。
(次回、田中秀樹教授の「争論」に触れます。)

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