コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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映画「東京五人男」と生協

「斎藤 嘉璋」

終戦直後につくられた映画と生協
 いまNHKでは「山田洋次の選んだ名作100選」の放映を続けている。その喜劇映画シリーズで7月に「東京5人男」が放映された。先日、日本生協連のS君から「終戦直後の生協の様子がわかる映画ですから、ぜひ見てください」と録画DVDを渡された。それを見て驚いた。
 まず、その映画が1945年8月の終戦直後に企画・製作され、11月にはクランクインし、46年の正月3日に日本劇場で上映されているということ、焼け野原になっている東京の実景の映像からもその映画づくりの素早さに驚いた。そして、そこに「桜ヶ丘生活協同組合」が誕生し、不人気な食糧配給所にかわって住民の希望の星になる姿をみて嬉しいショックを覚えた。
続く

 私は30年前に編纂した「東京の生協運動史」(東京都生協連発行)のなかで終戦直後の生協の再生の様子を書いているし、昨年はロバアト・オウエン協会で「戦争体制崩壊と生協運動の再建」と題して、主に東京を中心に終戦後の混乱期において「雨後の竹の子のように」設立された生協づくりの状況について報告した(同協会年報36号、参照)。
 そこでは戦前の城西消費組合の関係者などが終戦直後から生協の再建に取り組み、中央線沿線の武蔵野、久我山、荻窪などの組合が初めて「生活協同組合」の呼称を使い、12月に「東京西部生協連合会」を結成したことを書いた。また、11月に賀川を会長に日本協同組合同盟が結成され、日協同盟の指導もあり新しい生協づくりが全国的に展開されたとも書いた。この映画をみて、その私の認識以上に終戦直後の生協づくりの動きは素早いものだったのではないか、「生活協同組合」という呼称も終戦直後に西部生協連のブループ以外にもひろがっていたのではないか?と考えさせられた。
 映画は横山エンタツ、古川ロッパ、花菱アチャコなど喜劇役者5人の出演で闇市と買い出し部隊、官僚的な配給所と悪徳業者の横流し、隠匿など生協誕生の背景が風刺的に描かれており、なによりもロケ地だったという渋谷周辺の焼け跡の状況が、当時の実景として貴重に思われた。
 NHKの解説で山本晋也監督は「東京の実景は歴史的資料でもある」と言われていたが、特に生協人にとっては「貴重な生協運動史の資料」でもあると思った。S君から預かったDVDはコピー禁止のものだったが、インターネットで調べてみたら「ユーチューブ」の映像のなかで視聴可能なことが分かった。ぜひ、皆さんが「東京五人男」を鑑賞されることをお勧めします。
 この映画の原作者・本木荘二郎がどうして「生活協同組合」を取り上げたのか、演出(監督)・斎藤寅二郎はどうか?この話をS君から聞いた時、世田谷の東宝・砧撮影所で映画を撮っていた山本嘉次郎監督とその夫人を思い出した。山本監督の夫人が砧生協・祖師谷の理事長(砧生協・成城は石黒武重理事長)だったからである。しかし、考えてみたら砧生協は戦前の家庭購買組合を引き継いで再出発した生協であり、終戦直後は「購買組合」であって「生活協同組合」ではない。
 映画に出てくる「桜ヶ丘生活協同組合」の桜ヶ丘は世田谷区にもあるが、ロケ地が渋谷だったということから、渋 谷区の桜ヶ丘と考えるのが妥当のようだ。しかし、実在したか否かは不明。
 この映画をみて「なぜこんなにいい生協PR映画があったことを先輩たちはだれも教えてくれなかったのか」と思ったが、このころ東京で営業していた映画館は少ないし、少ない観客のなかに生協関係者はいなかったのではと考え、納得した。いまは日本生協連も各生協もTVや映画、各種マスコミに取り上げられた諸資料を保存されていることと思いますが、ぜひ、将来の生協史のためにそのことを心していただきたいと思います。

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コメント


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元木→本木莊二郎が正しいようです

「元木莊二郎」でネット検索したら「本木莊二郎」が正しいようです。たどっていったら「東京五人男」についての情報にもいきつきました。
http://www.weblio.jp/content/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E4%BA%94%E4%BA%BA%E7%94%B7
戦後史と生協運動の歴史を勉強することはこれからを考えていく上で欠かせないことだと思っています。まさに「温故知新」をきちんと踏まえてビジョンをつくることが大事ですよね。

『現代生協運動小史』の愛読者 | URL | 2012年10月15日(Mon)23:12 [EDIT]


間違いご指摘に感謝

「東京五人男」の演出(監督)の名前「本木」を「元木」に打ち間違えたこと、ご指摘ありがとうございました。「現代日本生協運動小史」はあまり読まれていないようなので「愛読者」にお会いできて感激です。
生協にかかわる役職員はじめ多くの人に生協の歴史についてはもっと知ってもらいたいのですが「小史」は面白くない本のようであまり売れておらず反省しています。映画「東京五人男」のような現代版の面白い生協物語が書かれ(映像になり)、歴史にのこればいいなと思います。

斎藤 嘉璋 | URL | 2012年10月16日(Tue)09:28 [EDIT]


「東京五人男」に立川談志が言及していてびっくり!

久しぶりに飛行機に乗り、JAL国内線の機内オーディオサービスのJAL名人会11月の番組で、昨年11月に亡くなった立川談志を偲んでということで2005年1月収録の落語「死神」をやっていたので聞きました。
そうしたらアドリブのところで、戦後すぐの「東京五人男」という映画で古川ロッパが砂糖をたっぷり入れた珈琲(だと思いましたが)を飲んで「こんな甘いもんが飲めるか」と言ったんだ・・・甘いものが全くなくなってしまった時代があったんですよとしみじみと語っていて驚きました。生協についての言及ではありませんでしたが、戦後すぐの時代状況を痛烈に描き出した作品だったんだなぁと思い知りました。
BSで「東京五人男」の放送は残念ながら録画に失敗して観ることができませんでしたが、機会があったら是非観てみたいと思っています。

『現代日本生協運動小史』の愛読者 | URL | 2012年11月13日(Tue)21:12 [EDIT]


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| | 2013年02月09日(Sat)18:56 [EDIT]


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