コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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映画で街に元気を!子ども達に夢を! みやこ映画生協  

「寄稿」

[西村一郎]

黄色いハンカチで飾った巡回上映100回記念  

「アハハハハ!」
「ワー!」
 映画「クレヨンしんちゃん アッパレ!戦国大合戦」の上映会場である集会所は、子どもたちの笑い声や歓声で何度も一杯になった。
 「ーみんなでみっぺす!ーたろう映画まつり」が、約400世帯の被災者の暮らす岩手県宮古市田老町のグリーンピアで開催されていた。2011年5月7日からスタートした被災地の巡回上映会が、2012年5月27日の今日で100回目となり、それを記念して丸1日を映画の日としていた。
 子ども向けのキッズシアターでは、他に「ふたりはプリキュア Splash Ster」、「仮面ライダー電王 俺、誕生!」、「ポケモン ディアルガVSパルキアVSダークライ」、「ワンピース エピソード オブ チョッパー−+冬に咲く奇跡の桜」を上映し、テーマソングが流れると子どもたちは一緒に大声で歌うなどし、延べ115名がテレビとは異なる迫力を楽しんだ。また賛同者から届いたクレヨンしんちゃんのグッズや、ポケモンとかプリキュアなどは映画館にあるグッズを提供し、映画の後で大ジャンケン大会をしてプレゼントしたことも盛り上がった。

 別の集会所では、大人向けの懐かしシアターがあり、「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」、「男はつらいよ 第1作目」、「鉄道員 ぽっぽや」、「ALWAYS三丁目の夕日」が上映され、仮設住宅から足を運んだ被災者で延べ77名が大いに笑い、そして涙をぬぐっていた。
 この日のためみやこ映画生協の支配人である櫛桁一則(くしげた かずのり 40歳)さんが、インターネットで呼び掛けたところ、温かいメッセージを書いた実に340枚もの黄色いハンカチが全国から届き、高いポールに掛けた5本の綱や横のフェンスにも飾り、海からの風にゆれ青空に映えた。その中のいくつかである。
 「人生という映画は、まだ始まったばかりです。笑えるエンディングになるように、ともにがんばりましょう」
 「いっぱい感動して、いっぱい笑って、いっぱい元気になってください」
 「映画を観て、たくさん泣いて笑いましょう。涙と笑いは心を元気にしてくれます」
 準備は前日から始まり、当日の朝8時半には全員が集合し、映画生協の役員6名だけでなく、宮古短大や遠くは神奈川や東京からもボランティアが駆けつけてくれた。黄色のハンカチの取り付けもあれば、上映機材のセットや、提供するお茶やたこ焼きやポップコーンなども準備した。会場の入り口には、黄色地に赤で「映画で地域を元気に!」と、茶色の布に白い字で「巡回映画会」と書いた幟(のぼり)も立てた。
 なおこの企画は、生協法に基づき1996年に設立し、DORAの2階へ85席のシネマリーン1と62席のシネマリーン2を持つみやこ映画生協が主催し、松竹株式会社、東宝株式会社、東映株式会社、岩手県立大学宮古短期大学部、一般社団法人SAVE IWATE(東日本大震災復興支援チーム)、災害復興支援活動チームの宮古アクション・ディベロップメント(MAD)が協力して実現した。

巡回映画で「街に元気を!子ども達に夢を!」
みやこ映画生協の震災後の取り組みについて、櫛桁さんから話を聞いた。
「映画館自体は被災を逃れましたが、町の大変な災害を見ると、こんな状況で映画を楽しんでもらって良いのか悩みました。ところが『子どもが映画を待っています』との声がいくつも届き、被災したこんなときだからこそ映画が求められていること知り、『街に元気を!子ども達に夢を!』を目標にし、3月26日より上映を開始しました。
また映画館に来ることが被災者はできなければ、こちらから映画を持っていって、たとえ2時間でも映画を楽しんでもらいたいと思いました。すでに全国からの食料品は、被災者に充分届いていましたので、映画ではお腹でなく心を満腹にしてもらいたいと考えたのです。
そこで『私の地域でも上映して欲しい所がありましたら、お気軽にご相談下さい。経費その他は一切かかりません。会場設営等のお手伝いをして頂ければ幸いです。被災地域であれば岩手県内のどこまでも行きます』。そう案内しました」
 こうした結果、宮古市だけでなく釜石市や山田町などの仮設住宅などからも、上映したいとの連絡がありそれぞれ実施した。
 同時にスタート当初は、活動費も無く巡回上映にあたっては費用もかかるので、インターネットを通して櫛桁さんは全国に支援の要請をした。それに対して全国から活動支援金や、子どもたちへプレゼントする文具類が多く寄せられ、映画会社からは作品を無償で提供してもらうことができた。
 2011年の12月末に櫛桁さんは、震災からの振り返りを次のようにまとめた。 
「あっと言う間の1年でした。暑い最中に巡回上映会の準備をし、スクリーンに汗が滴り落ち、慌てて拭いていた頃がついこの前のように感じます。未曾有の大災害に意気消沈しましたが、皆様からの励ましや応援でこれまで活動することができました。改めて心から厚く御礼を申し上げます。
皆様からのご支援で被災地巡回上映は、これまで野田村から陸前高田市までの8市町村70カ所で、2900人の方々に映画の素晴らしさを感じてもらいました。来年からも引き続き『映画で地域を元気に』、そして『映画館の灯を消してはいけない』という二つの大切な光に向かって、映画の力を信じて活動していきます。来年もよろしくお願いたします」
巡回による上映を通して、引き続き復興に貢献しようとする櫛桁さんの想いがよく伝わってくる。

宮古のフラガールも応援
 被災地支援特別上映会として、映画「フラガール」を2012年3月13日に2回とも無料で鑑賞してもらった。キネマ旬報邦画第1位や日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝いた名画で、日本映像職能連合(映職連)の共同企画の第2弾であり、前回は「蒲田行進曲」だった。福島県いわき市にあった常磐炭鉱が閉山となり、炭鉱で働く人々を中心にして町興し事業として設立した、常磐ハワイアンセンター(現スパリゾート・ハワイアンズ)誕生の苦難の多い実話を、ハワイアンミュージックとフラダンスで明るく描いている。同センターは、この震災のためしばらく閉館していたこともあり、「フラガール」の上映会によって、同じ被災者同士で元気になることも目的であった。
 映画生協シネマリーンの劇場PRだけでなく、宮古市広報や災害エフエムなどの宣伝もあって通常以上の方が来場し、補助席まで出して約100人が入った。上映前には、群馬から駆けつけた「ウクレレユニットりす」によるフラガールのテーマ曲など3曲が披露され、また地元宮古で活動している「ハーラウ・フラ・オ・ミヤコ」の女性5名が、カラフルな衣装で激しいフラダンスを披露して盛り上げてくれた。さらには「フラガール」の李相日(イ・サンイル )監督や、日本映画監督協会理事長でもある崔洋一(チェ・ヤンイル )監督が、遠路駆けつけて挨拶をしてくれた。
 
多様な協力関係を築き
 櫛桁さんは、巡回上映のために多様な協力関係を育んできた。避難所と協力し、その一角で上映したし、夕食を終えてから夜の映画会もあった。
 重茂(おもえ)、野田村、釜石市では、若手の噺家(はなしか)に来てもらってのココロ寄席を開き、落語と映画の共同企画を実施した。
 岩泉町にあるスローフード岩手、いわて生協、ふらいパンダ、JR東労組などとの共催では、上映会場の外で炊き出しをするなどして好評であった。
 2011年の大晦日(おおみそか)には、災害復興支援活動チームであるMADとの年越しイベント「暖々に」の会場で、竹下景子さんがマドンナ役の「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」と、子ども向けの「クレヨンしんちゃん」を上映し、その後でNHKテレビの紅白歌合戦をスクリーンに映して皆で楽しんだ。
 またエンターテインメントに携わる人たちが、人間として自分に出来ることを全力でしようと決意して立ち上げたKizuna311の主催で、「はやぶさ はるかなる帰還」をシネマリーンで上映したときは、瀧本智行監督と主演の渡辺謙さんも来場して交流してくれた。
 日本でただ一つの映画生協が、震災の中で映像文化を通した新たな助け合いの輪を広げつつある。 

みやこ映画生協巡回上映100回記念

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