コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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日生協総会への期待 

[田辺準也]

今年も、日生協総会が近づいてきました。といっても、現役をリタイアーした者にとっては,縁遠い会になりました。参加など普通できません。
私は、たまたま、生協運動久友会(日生協連理事OBの会)に属しているために、総会を傍聴する機会があります。今年もぜひ参加したいと考えています。

傍聴して何の意味があるのか、何の役にも立たないのに貴重な席を埋めるのは迷惑か、とも考えますが、生協運動の今、どういう状況なのか、知りたい気持ちは抑えられません。
生涯の大半を生協運動と共にすごした者として、東日本大震災、原発事故という、暮らしを根本から揺るがした事態に生協運動はどう対処したのか、これからどう対処していこうとしているのか、ぜひ知りたいと思うのです。
さらに、今年は、国連の提唱する国際協同組合年です。協同組合運動の歩み、あり方、これからの展望が論議される,のだと思います、それも大きな関心です。

そんな中で、とりわけ関心を持つのが、首都圏の生協の合併の問題をめぐって、どんな議論がされるのか、です。
合併は、広い意味で連帯のテーマだと思います。日生協は連帯の場であり、この数十年、ここでの真摯な連帯議論が、各地の生協の発展、そして日生協自身の発展の源泉だったと思います。その意味で、このテーマが総会の場で、どのように論議がされているか、是非知りたいと思います。〔短時間の総会のようですので、何処まで議論があるかとも思いますが〕、
状況については、このブログでの大友さんはじめ諸氏からの報告以外は何も知りませんので、日生協総会ではどういう議論がされるのか、まったく予測もできませんが、この問題では、かつて、県域を越えた活動制限の是非、合併の是非をめぐって、生協のあり方論として、喧々諤々論議し、結果として生協運動発展の大きな推進力になったのではないか、と考えると期待が高まります。
とりわけ今回は、これまでにない大型合併であり、これまでとは質的に異なるような気がします。それだけに、これからの生協運動を展望する積極的な議論が展開されるのではないか、期待したいと思います。

かつて、この問題の議論が生協運動発展の推進力になったのは、議論の焦点が、単協の自立、ひいては組合員の自立、にあり、結果としても夫々の自立の促進、ひいては協同、連帯を強める契機になったからではないか、と私は思います。
たとえば、今日ではまったく話題になりませんが、その時期には、不振生協問題があり、その再建活動の一環としての合併がありました。その時、何よりも先ず連帯の力で、経営の建て直しをして、その上で合併をする、という構えがありました。それは組合員、職員の中での徹底した議論と一体であり、それが困難克服の頑張りを促進し、結果、合併後の生協の発展の力にもなった、と思います。
内外の状況はまったく異なりますが、ここには今でも汲み取るべき教訓があるのではないか、と思います。

かつての議論では、生協運動は地域の中でどういう存在なのか、が一番大きなテーマではなかったか、と思います。
そもそも、生協運動、とりわけ地域生協は、地域住民の中から、住民運動として、地域住民に評価されてこそ今日がある、その地域住民の暮らしとどう関わるか、という議論だった、と思います。そのためには、生活圏をどう捉えるか、地域産業との関係、行政とのかかわり、等々を生協運動はどう考えるか、その際、県域制限条項は、ある種の生協規制条項だったことを前提にしても、活動のあり方を考える上でひとつの基準になるのではないか、などなどが論議されたように思います。これは今でも論点だと思います。
然し、今日、より重要な論点とすべきは、その頃、あまり深い議論はされませんでしたが、生協運動の担い手は消費者なのか、生活者なのかということです。
最近、斉藤嘉章さんが書かれた、「戦争体制崩壊と生協運動の再建」を読んで、日本の最初の生協作りが西南戦争後の物価騰貴を背景にする、ことを知りました。第二次世界大戦の惨禍から、今日に至る生協運動が誕生したことはいうまでもありませんが、生協運動が、暮らしの全面的危機に際して、生活そのものを守る協同組織であることを再認識させられます。
この面から見れば、生協運動は明らかに生活者の組織と言うべきではないか、と思います。
同時に、現実的、或いは実践的に見れば、生協運動はもっぱら消費を協同する組織であり、消費者の組織であると思います。

実際,第二次世界大戦後を見ても、暮らしの全面破壊とはいえ、最大の課題は食糧の確保であり、消費物資の確保でした。消費者の運動として始まり、それ故に発展してきたことは明らかです。
食糧不足、物不足が解消された後も、戦後の生産の復興から高度経済成長期を通じて、消費は拡大を続け、消費ブームがあり、消費者被害があり、いづれも生協運動発展の契機になってきました。この間、消費者の運動、事業として、まとまりの力の発揮が原動力であったことは必然的であり、大いに意味のあることだった、と思います。
消費の協同、消費者の協同には地域の制約はなく、生協運動は、何処までも広がることを可能にします。他方、県域制限の是非を議論していた頃、生協運動は規模も小さく、事業的には弱く、ともかく規模の拡大、事業の強化を計ることが何よりも先決でした。この頃、生活者という視点,は自ずと後景に退かざるを得なかった、のは当然だったともいえます。

然し、今日はどうでしょうか。
高度成長の終焉は、これまでの流れを大きく変えつつあるのではないでしょうか。
消費ブームは既に過去のものとなり、限界を迎えています。にもかかわらず激化する販売競争、流通事業者にとっては大も小もなく生き残りの瀬戸際に立たされています。生協運動を取り巻く環境も例外ではありません。
その一方、今日では、生協運動は全国にくまなく広がり、事業も格段に強化されました。もはや小さいが故の弱さは必ずしも焦点ではなくなっていきつつあるのではないでしょうか。流通業の中での競合はいっそう激しくなっており、これまで以上に、事業そのものの拡大、強化、効率化を図る努力が必要であることは言うまでもありません。又、今も尚、消費をめぐる課題は山積しています。安心、安全、環境などの課題はこれまで以上に重要になっています。消費者の組織として、消費者運動としてこれまで以上の役割緒発揮が期待されていることも論を待ちません。
同時に、消費者の願いが、これまでの延長線上にだけあるのではないことも次第に明らかになっているように思います。
地域では、実に多くの住民が、多彩な試みをしています。ボランテイア活動の広がり、NPOの広がり、自治体のあり方への関心、などなど、現状に飽き足らなくなった人々の自主的、自発的活動の広がりです。
生協運動の視点から見れば、消費者は、今や生活者として、多様な側面から、安心、安全な暮らし、より良い暮らしを求めている、ともいえます。
生活の場は地域です。地域は、何よりも多様な人と人の関係からなりたっています。そこでは一定のエリアが前提にされます。何処までも広がる消費の関係とは自ずと異質であるといわなければならない、と思います。
かつて十分議論にならなかった、生協運動の担い手は消費者か、生活者か、というテーマ、漸く、或いはいよいよ、現実味を帯びてきているように私には思われます。
このテーマ、かつて規模の小さい時代、人と人の関係といっても、地域住民としてではなく、消費者として独自の関係を築くことしかできなかったと思います。生活者、地域住民とはいささか距離があったように思います。
然し、今では、組合員は地域住民である、生活者である、と自信を持っていえる段階に到達しつつあるのではないでしょうか。
かつて、発言する消費者から、行動する消費者へ、が生協運動推進のスローガンであったことに比して言えば、発言する生活者から、行動する生活者へ、といっても良いのではないか、などと考えるのですが。

何よりも私は、東日本大震災、原発事故が象徴する、今日の生活の全域に亘る危機的状況がこのテーマを切実に求めている、と思います。
長年議論してきた、地域の問題と生協との関わり、住民、生活者としての組合員が生協運動の主役、主体になる意義は、ますます鮮明になりつつあると思います。
今回の大震災、原発事故は、かつて戦争がもたらした暮らしの危機とどこか似ているような気がしてなりません。生協運動の原点が問い直されているように思われてなりません。というより、生協運動の新たな始まりが予感される,といったほうが良いでしょうか。
合併論議に期待する、私の一言です。

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