コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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[haru3]

ふるさとの仙台を訪ねた折、  コープみやぎの人たちと歓談の席上、3・11震災翌朝にはコープこうべ・新潟、九州の生協の方がいち早く支援に駆けつけてくれた感激を語っていた。かって震災で塗炭の苦しみを味わった生協がいち早く駆けつけたのであった。もちろん他の生協からも救援支援部隊が入っていたことは岩手に足をのばしたとき現地で確認した。多くの生協も駆けつけた。
当時業務支援は緊急である。が私が合点したことは、支援とは何をおいてもであった。そして復興主役は被災地であり、被災者であることを踏まえる方向で展開されたこと、ここに心が注がれたことは、かって被災を受けた生協の経験が生かされたからだと思った。

又、支援関係は生協間だけでなく、田老の漁協であったり(コープこうべ)。三陸沿岸の宮古では  宮古市民、宮古の生産者みんなに店を解放した店活動が展開されていた。復興とは町づくりでありであり、福祉を追求していた。これは宮城の石巻のみせでも感じたことであった。
陸奥は私の故郷であり兄弟親戚の犠牲者もあった。、同時にかって  生協の現役時代に世話になった生協であった。
この地で生協が事業活動そのものが社会性を持って展開されていること、「お金を神様」にして規模拡大のみに終始する他の企業と対比できる存在であることをうれしく思いあえて一言述べさせていただいた
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