コラボ・コープOB

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ドイツドキュメンタリー映画「第4の革命」を観て思ったこと

「寄稿」

[大久保 厚(大学生協連 史料編纂室)]

 去る2月8日四谷主婦会館にて表記映画を観た。何の予備知識を持たずに映画を観た感想は、この映画が3.11フクシマを経験した私たちに何を問いかけているのかがよくわからないというのが実感であった。この映画は化石燃料や原子力から自然(再生可能)電源に転換し、持続可能な社会を築くことをすすめるものであり、積極的に肯定したい気持ちなのだが、しかし3.11以降に明らかになった日本の原発誘致プロセス(伊方原発訴訟など)とエネルギー政策の真実を知ってしまったものにとって、この映画が、製作者の意図とは大きく異なって見えてくるのはどうしてだろうと考えはじめてしまったのである。

 映画を見始めてからすぐに違和感を覚えて、自分の認識を振り返りはじめていた。

1)自然再生エネルギーは日本の開発技術のはず。
  この映画に出てくる再生エネルギーの太陽光、太陽熱、電気自動車(EV)、風力、地熱などの技術は日本メーカーが参 入して開発した技術ソースであり、ドイツを含むヨーロッパでは、日本製システムが使われていることは広く知られているはずである

2)自然熱源コストは天然ガスと変わらないはず。
 最近の発表(政府「コスト等検証委員会」2011年12月19日)によれば、自然エネルギーの電源コスト(円/kWh)に関する2010年試算モデルでも、風力で8.8円~17.3円、地熱で9.2円~11.6円であり、天然ガス(10.9円~11.4 円)と変わらない。太陽光(住宅用)も2030年試算モデルで9.9円から20円との試算だった。

3)上辺だけのコスト比較で再生エネルギー開発が阻害されていただけ。
 原子力発電の上辺のコスト(自然災害、飛行機事故、テロ、廃炉費用、なによりも核燃料廃棄コストを除外)だけで試算したコスト比較から、自然エネルギーへの政策的転換は阻害してきた。しかもこれまでの試算は推計試算であり、東電は原価計算資料の提出を拒否し、行政がこれを容認してきたものだ。

 日本で自然エネルギーへの転換を阻んできたのは、その技術の存在を知らなかったからでも、またコストが高いから、「できない」のではなく、国策故にまた電力会社の収益を支える原発故に自然エネルギーへの転換を「やらない」という政策意思があったという認識は疑う余地がないからである。

 そんなふうに映画を見ながら、次第に自分は何故脱原発を進め、自然エネルギーへの転換を唱えるのか、そしてどう実現すべきかについて考え始めていた。

1) 地球環境問題という言い方は、近代以降の人間中心主義の「自然観」である。自然をどうみるか、それは見られるべき自然の側ではなく、どう生き、どう暮らすべきなのかという私たち人間の側の問題として捉えること。

2) 人間は、自然エネルギーをもともと工夫してきた。ローマの水道橋、オランダの風車、蕎麦挽き用の水車などだ。この構図は蒸気機関からの産業革命以降に消失したこと。

3) 日本も、近世までエネルギー(薪:たきぎ)の管理は入会権を通じて住民当事者どうしの手に委ねられていたが、文明開化以降電源は「便利さ」と引き替えに電気会社への委任構図に変化した。

4) 原子力発電は、原爆開発の軍事技術からの転用(最初は原子力潜水艦)。そもそも事故を事故と思わせない体質でしか使えない。しかも格納容器外に放射能が漏洩したら人体への被曝を前提とする技術であり、制禦できない技術の民生利用はあり得ない。

5) 原発関連作業者は、体内被曝が前提。原発銀座と呼ばれる敦賀では、子供が産めないことを悩む女性が少なくないと聞く。曰く「子供の産めない身体になる犠牲をおしてまで、沢山の電力はいらない」

6) 自然再生エネルギーへの転換の過渡期には発電用タービンを廻す内燃機関から発生する廃熱(高熱蒸気)を再利用し、1度の動力で2度発電するコンバインドサイクルなど、熱効率の高い火力発電への転換をすすめること。

7) 日本は、原発に頼らずに自然エネルギーへの転換をすすめるには、まず、地域独占をやめて、発電・送電・配電を家庭消費までスマートグリット化しそれぞれ異なるセクターに分離すること。

8) 家庭にはPPS (特定規模電気事業者:Power Producer and Supplier)による配電ができない日本だが、EUは200社ほどPPSをもち、ドイツに限らず自分が利用したい電源を選択して電気を購入できるとのこと。東電の企業向料金値上げ申請と当時に企業・自治体もPSS採用が始まるとのこと。

 映画を見終わってなにか物足りなさを禁じ得なかった。そしてこの映画のメインメッセージは何なのかを考えはじめていた。会場で頂いたこの映画のチラシに「The 4th Revolution Energy Autonomy」を日本語では「第4の革命・エネルギーデモクラシー」とあった。普通「Autonomy」は「自治」とか「自律」と訳されるが、ここでは、「デモクラシー」と表記された。
 3.11を経た私たち日本人のアジェンダは、代理・代議・委任を含意する「デモクラシー」よりも、自らの「いのちと暮らし」を体現した当事者どうしの「自治」であり、代行を許さない参加にあるように思った。

 思えば、この映画は、現在の暮らしを支えるエネルギーについて考えさせ、新たな持続可能な社会への転換を促す契機を提供することが目的だったのかも知れない。
 この映画は、世界を震撼させた3.11「fukushima」をいまなお体験しつづけている日本人にいま何を問い、何をなすべきか、そしてどう行動すべきかを問いかけているのだと思う。

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