コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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枯れ葉じーさんのひとこと

[晴3」
枯れ葉じーさんの一こと

 もみじマークを車につけた。世では枯れ葉マークといわれている。(写真)

人に枯葉を冠”すればそれこそ失礼な”という響きになる。でも僕にはあまりそうは感じない鈍感さがある。若いころから “紅葉”が好きだったせいかもしれない。

紅葉がやがて枯れ葉そして朽ちた葉になっていく。枯葉もいろいろに変貌する。大小、中小、形も形態も種類も様々だ。茶褐色からくろずんで行く移ろいもいろいろだ。落ち葉を拾って並べてみればよくわかる。

やがて葉っぱは地面一面をおおい、落葉樹から木漏れ日が射し込み、緑に隠れていた小鳥たちも見えるようになる。枯葉もいいではないか。

さて本当かどうか知らないが高齢者に予算をつけることは枯れ木に水をやるようなものだといった大臣がいたらしい。確か「女性は生む機械」といってのけた厚生大臣も最近までいたなー。生み終えたらお役ご免。高齢者や障害者と同じく強い国にするには役立たずということになる。こんな方は枯れ木の効用すらしらないのではないか。枯れ木がやがて朽ちて土になっていくときはやはり水が必要なのだ。テレビに映る砂漠にある枯れ木を見ればよくわかる。 s-2008-9-30 川越 027


まっ水はともかくとして日差しの方もほしい日本ではないだろうか。日差しがあれば老男性なら白髪や頭の地肌(わたしの場合)でお互い反射しあえる。女性なら優しく微笑むだろう。枯葉がなければ若木が育ち、太陽を浴びることもありえない。高齢者に眼差しがいかない国や組織には希望も未来もーーーイヤそんなこという資格はないな。そんな社会を許してきた一般の責任があるのだから。

生きるって素晴らしいといえるメッセージだけが役割になるが果たしてーーーー。




修行が足りない枯れ葉じーさんー

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