コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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生協のアイデンティティを再確認し ―あいコープみやぎ― 

「寄稿」

[西村一郎]

Wa!わぁ祭り
 「ドドーン!ドドーン!」

 揃いの半被を着た若者たちが、会場内に太鼓の音を響かせた。老いも若きも参加した、閖上(ゆりあげ)太鼓保存会のメンバーであった。今回の震災では、大きな被害のあった宮城県の南東部の地で活動している。
 全体が太鼓で盛り上がり、次は「あいコープみやぎ」理事長の吉武洋子さんから挨拶があった。
 「みなさんの支援のおかげで、やっとここまできました。福島原発の事故は冷温停止になったのでもう収束したと思っている方もいるかも知れませんが、決してそうではありません。私たちは蟷螂(とうろう)の斧(おの)かも知れませんが、危険な原発に依存しなくて安心して暮らすことのできる社会のために、これからも元気に取り組んでいきましょう」
 次の挨拶は、取引先の協議会である共生会の橋英雄会長であった。
「私どもの3つの工場が津波でダメになり、もう立ち上がることができないと思ったこともありました。それでも各地の生協からご支援を受け、再スタートの目途がおかげさまで立ちました。生協が素晴らしい組織であることが、この震災で良くわかりました」

 10月30日(日)10時からの「Wa!わぁ祭り」である。「あいコープみやぎ」の組合員、生産者、職員が参加し、仙台市内にある産業見本市会館の一角で始まった。仙台市を中心とした組合員1万1000名へ、共同購入の商品を届けている地域生協である。祭りのテーマは、「あいコープ、出会えて繋がり、大きな輪に~みんなの力で一歩ずつ~」で、会場の内外にはこだわりの商品を中心として展示するブースが69カ所も並び、組合員たちがたくさん集まっていた。チャリティーオークションや福袋販売もあれば、一口千円の自然エネルギー基金のコーナーや、マイお茶碗やマイカップを持ってきた人には、1回につき1ポイントで景品を出していた。会場内でテーブルを並べた飲食コーナー横の衝立には、震災後の「あいコープみやぎ」の取り組みを写真などで紹介していた。
 またメインステージ前に、椅子とテーブルを並べた「ぶんぶんカフェ」では、組合員の自主組織である「子ども達の未来のために脱原発を進める委員会」が、テーマ別にコーナーを作って活動の紹介や質問に応えていた。
 
「あいコープみやぎ」のアイデンティティの危機
 祭りと別の日に本部を訪ね、専務理事の多々良哲さんから、震災後の取り組みについて話を聞いた。
 「私たちは設立以来、『地産地消こそが、食の安全・安心につながる』との信念で取り組んできましたが、今回の原発事故により地場の産地が汚染されてしまったので、大変な局面に立たされました。地産地消がそのまま安心・安全とは言い切れなくなったので、『あいコープみやぎ』のアイデンティティの危機とも言うべき事態です。
 本当に悩みましたよ。理事会で何度も話し合った結果、地元の農業や畜産や漁業を守りながら、消費する組合員の食の安全をも確保するという困難な途を進むことにしました」
 1977年に安全な食べ物を求めて仙台共同購入会が生れ、「安全なものを食べたい」との消費者の思いと、「ごまかしのないものを作りたい」という生産者のこだわりが結びつき、仲間の輪が広がり2004年に「あいコープみやぎ」に生まれ変わった。ちなみに「あいコープみやぎ」の「あい」は、私のI、目のEye、そして愛のLoveを意味し、組合員一人ひとり(I)が、自分自身の目(Eye)で判断し、人と自然に愛と敬意(Love)を持って暮らす、そんな社会を目指している。
 放射能で汚染されていない西日本や海外の食品を扱えばより安全かもしれないが、「あいコープみやぎ」としての地産地消へのこだわりは崩壊してしまう。そこで地場の生産物にこだわりつつ、自主的に放射能の値を測定して公表し、組合員に判断してもらい両立を図った。リスクやデメリットも伝えて、組合員の信頼を継続させることである。
 放射能の測定について多々良専務の話は続く。
 「ガンマ線を検出する専用の検出器を買い、担当者もつけて独自に放射能の汚染を調べています。一次検査で疑わしいとなると、二次検査として専門機関に出して正確なベクレル値を測っています。7月に干し椎茸で国の暫定規制値を超える数値が出たので、すぐ自主回収をしたこともありますね。
 ところで1kgあたり500ベクレルという国の暫定規制値は、国際的にみてもあまりにもあまいので、私たちは10分の1の50ベクレルに近くする予定です」
 あいコープでは、 農畜産物と水産物や、それらを原料とする加工食品まで、汚染を留意すべき約50品目を毎週測定し、具体的には以下の放射能自主測定の流れとなっている。
 一次モニタリングでは、核種ごとにいずれかで50ベクレル/kgを超えて検出したとき、供給を一旦停止し、組合員への知らせやデータを公開する。二次モニタリングでは、専門の検査機関におけるゲルマニウム半導体検出器で検査し、再び核種別で50ベクレル/kg超検出の場合は、引き続き供給停止してデータを公開する。生産者へ原因調査と対策を要請し、その結果を踏まえて供給の可否を判定する。
8カ月たっても原発事故収拾の目途がつかず、放射能汚染に対する組合員の不安は、ますます高まっている。より大きな影響を受ける子どもを持つ親であれば、そうした心配は当然のことである。食品添加物への理解が深まって食品を購入するときにチェックする消費者が増加したように、放射能の線量を購入の判断基準にする消費者は増えていくことだろう。
 そのため業務面では独自の調査をしつつ、他方で組合員の理解を高めるため「あいコープみやぎ」では、関連する学習会を開催したりしている。組合員の自主的な活動として、「子ども達の未来のために脱原発を進める委員会」を立ち上げて約50名が参加し、行政と同じ簡易線量計で地域の空間線量を測定したり、子どもの食生活を含めてどう対応すれば良いのかグループで学習して話し合っている。
 
生産者と共に復興を
 「協同の力で、人・食・環境を大切にする持続可能な社会をつくります」との基本理念を実現するため「あいコープみやぎ」は、生産者やメーカーとの共生を大切にし、この震災からの復旧・復興においてもそうであった。その1つである橋徳治商店を、甚大な被災地である石巻市に訪ねた。
 自転車で道路の端を走っていくと、アスファルトが津波ではがされている場所が何ヵ所もあり、また走るトラックなどで土ぼこりが舞い上がる。土台だけを残した空き地や、1階部分が大破した工場などが並ぶ一角に橋徳治商店の建物はあった。共生会の会長でもある社長の橋さんから話を聞いた。
 「ここは7mの津波が押し寄せ、建物は壊れるは、ヘドロも入って機械や冷蔵庫などがダメになり、施設備品関係で20数億円の損害で、在庫してあった商品でも2億円の損失となりました。
 どうにか立ち上がることができたのは、3ヵ月で500人にも及ぶ支援の方たちが来てくれたからです。青森から鹿児島までの取引先の方たちで、宿もそれぞれが確保して臭いヘドロの除去をしてくれました。その多くが生協の方たちで、トラックに支援物資を満載し、夜通し走って来てくれて本当にありがたかったです。
 1979年頃から、食品添加物を使用しない練り製品を提供してきました。震災以前よりも美味しい商品を作って、ぜひお礼をしたいと皆で取り組んでいます」
 全国の生協から水・食料・燃料・生活用品などの支援物資と同時に、激励の寄せ書きや手紙がたくさん届き、それらは工場の玄関の壁に何枚も貼ってあった。なお支援した生協及び団体は、あいコープみやぎの他に、関西よつば連合、あいコープふくしま、よつ葉生協(栃木)、なのはな生協(千葉)、生活クラブ連合会(岩手中心に青森から大阪や神戸まで)、常総生協(茨城)、グリーンコープ連合(関西から九州まで)、東都生協、やまゆり生協、オルタ-金沢、みどり共同購入会、コープ自然派連合(関西)、あいち生協(愛知)、パルシステム連合会(首都圏)、新潟総合生協(新潟)、ナチュラルコープヨコハマ(神奈川)、自然派くらぶ生協(東京)、大地を守る会、神戸消費者クラブ、大阪愛農食品センター、松戸有機の会、らでっしゅぼ-や、名古屋生活クラブ、安全農産供給センタ-、食品と暮らしの安全基金、カタログハウス、ヨシケイ埼玉などで、他にも個人で駆けつけてくれた人も少なくない。
 「あいコープみやぎ」は、取引先と一緒になってこだわりの商品を組合員に提供し、協同共生社会へ向かって確かに歩みつつある。

*写真 「あいコープみやぎ」Wa!わあ祭り

「あいコープみやぎ」wa!わあ祭り

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