コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

原爆と原発

「晴3 」  
ノーモアヒバクシャ  
四街道に「集い」の手伝いに来られた被爆者の手記の紹介

日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)事務局次長児玉三智子さんは、当時7歳(国民学校2年生)、爆心から3,6㎞余りにあった国民学校の木造校舎の中で被爆しました。以下、要旨を紹介します(原水協通信より)

今、私が一番つらいのは、娘のことです。彼女は昨年11月に突然がんに襲われ、手術すればよくなると信じ、なめだしながら決断し、13時間にわたるつらい手術をしました。いつ再発、転移するかわからない状態で手術後、体も心も痛みの中、治療、リハビリをしておりましたが、突然逝ってしましました。病を発病して4か月でした。

 この子を授かった時放射能の影響が出ないか迷い、決断して出産した娘を苦しめ死に至らせたことは、つらくて、つらくて悔やんでも悔やみきれない大きな痛みです。
 被爆者は、被爆者であることだけで、人生の節目、節目で悩み、苦しみ、嘆き、怒りを覚えるのです。
 原爆の被害は、被爆者の命、からだ、こころ、くらしのすべてにわたり、66年を迎えた今も被爆者を苦しめ続けています。
 みなさん、高齢化が進む被爆者に残された時間は多くありません。できる限り被爆者の証言に耳を傾け、そして胸に刻んでいただき、それを回りの人に話してください。今日の聞き手は、明日の語り手です。特に若い方たちに期待します。

ノーモアヒバクシャ(原発 
 福島原発事故の真相隠蔽は何故行われてきたか。その解明のために.  問題提起 その1       

Ⅰ初めに
1 原発をなくす道を選択し始めた世界


痛ましい災害や事故にはそれにいたる経過があり原因があります。福島原発事故は単なる偶発的発生ではないことは今やだれの目にも明らかです。この「人災」の解明抜きに日本の未来は暗澹たるものになるでしょう。地震は、いかに自然に傲慢な「原子村」でも止めることはできません。しかし人災なら普通の私たち人間がただせるはずです。福島原発事故を契機にドイツに続いてイタリヤが国民の圧倒的賛成で原発をなくす道を選択しました。世界の流れは、追い風です。

2 しかし日本は原発事故に直面する危機下にあります

沖縄を除いて 日本人のほとんどは原発から半径100キロ以内にあります。欧米の2千倍の地震発生国に住んでいます。福島原発は収束していません。今も余震下にあります。福島原発は「安定してきている」と最近情報しきりですが、実際は「安定して」高濃度汚染水が蓄積しつづけています。5か月過ぎても収束のみとうしは次々に先送りです。あのチェルノブイリ原発も1か月で石棺で覆われました。ただただ収束を願うばかりですが手をこまねいて傍観するわけにいきません。

私たちが住む千葉も地震発生率87%地帯の東海地域に連動し、また発生率70%の首都圏県直下型地震の関東地区にあります。また郷里に思いを馳せてみるとぞっとします。私の場合は100万人口都市仙台が近い女川原発が気がかりです。女川原発は震源地から120キロにあって福島原発よりも東日本大震災の震源地に近く3・11の地震では1時電源が止まったと言われています。調べたいと思っています。
(注 沖縄の核。日米密約がそれを進めた元外務省幹部によって公になっています、米軍の核持ち込みは公然の秘密です。)

3 原発容認の強引なすすめ方に注目したい
「脱原発はエネルギー危機に陥り国家の存亡に直結する」と

政財界の権力者たちは、まるで偶発的発生であったかのように「1000年に1度の、想定外のことだった」としたうえで原発施設の津波対策をやれば再び原発を推進できるとしていることです。(浜岡原発再開を巡ってのときの中部電力会社社長の主張ほか)。

政財界の権力者たちは、目先の単純な「脱原発は」
――「日本の国際競争力に響く」
――「脱原発はエネルギー危機に陥り国家の存亡に直結する」としています。
・・これは脅しの論法です・・。

つまり、目先の原発是非論は「日本経済や国民生活を根底から壊しかねない」…という大上段な論陣を張り、国力を落とさない「解」、つまるところ国民に原発容認を求めていることです。これはあなたの今の生活は壊れますよという脅し以外何物でもありません・・・

4 核燃料の最終処分のめどもない。
世界には放射性廃棄物の処理技術がなく、その見通しも全くありません。・・・しかしアメリカがしているように本当は日本でも原発使用燃料プルトニューム生成で原爆製造、転用を狙っていたという指摘をする人もいます・・・放射性廃棄物を宇宙空間に飛ばすこと、地下深く埋めることを本気で志向しているから驚きです。・・・・・・

こうした中で日本政府、役人、財界、学者、報道が1体となって原発を推進してきました。原発公聴会はやらせでした。佐賀県知事が九州電力とともに自ら手を染めていました。つぎ次のぜんこく各地のやらせが判明していきました。その根深さは「想定」を超えます。

5 高いコスト

日本は原発廃棄物を抱えトータルではすでに何兆円の高いコストがかさんでいます。
原発による発電コストは安いとされていますが、廃棄物処理にかかる青森六カ村、原発地行政への多額な交付金、補助、賠償なその何兆円の高いコストは事実上国が負担してきました。国民の税金です。又電力会社は料金の値上げでコストを賄う仕組みになっています。日本の原子村の企業にとっては高コストは基本的に痛くもかゆくもない仕組みになっていたというわけです。専攻する経済学者はそのからくりのべています。昨日登場した新内閣は「国民経済や国民生活を根底から壊しかねない」消費税増税を政治目標にしています。

結局「脱原発は国家の存亡に直結する」「国際競争力に響く」「日本経済や国民生活を根底から壊しかねない」は、「原子村」の利得を守るため手の込んだすり替えの論理でした。これを克服するためにはどうしたらよいのでしょうか。みんなで知恵を集めるときです。

Ⅱ これまでの原発推進経過を知ること―歴史は安全な未来運転のバックミラー(早乙女勝元)

原発推進の為政者ないし論者は、「石油・石炭の化石燃料が枯渇する」「地球温暖化対策のため」原子力の平和利用が必要であり、無資源の日本だからという名目で「エネルギーの50%を原子力で確保」を目標に膨大な国家予算を使い、法律を作り進めてきました。

それに沿って学校での原発必要の教育も進めました。テレビなどマスコミの宣伝も大々的に行われました。さらにヨルダン、ベトナム、などへ原発の輸出に乗り出そうとしています。一方ウランは有限資源であること、50年で枯渇すること。核燃料廃棄物の処理が全くできないことを事実上隠したままでした。まさに東京電力など政財界の目先の利得のために「お金と権力の真綿」で中央・地方を問わず日本社会をしっかりしばりつけてきました。その中で「安全神話」を振りまいてきました。

2  3月11日、ついに起こるべくして福島原発事故が起きました。
        後手に回る対応、不安の増大 事実隠蔽


隠蔽はすぐに始まりました。何故でしょうか。ことの経過を追っていくと原発を廃炉にしたくない。原発開発を進めるためだということが見えてきました。(注2経団連会長会見、地震直後の3月15日)

3月11日、事実隠蔽がすぐに始まりました。政府などは、水素爆発3回の世界最悪レヴェルの事態なのに、「単なる事象のレベル3」「直ちに体に影響はない」と強弁したのです。
事態を掌握した世界各国、とりわけ米軍は80マイル以遠にすぐに避難し、各国は自国民に帰国を促しました。3月20日会う予定だった私の知人も帰国しました。5か月の間にご承知のように隠されてきた事実が次々に小出しに出てきました。今では外国がとった措置が正しかったことが判明したといえます。犠牲は福島県中心に顕在化し始めましています。

「日本の原発は安全」

「日本の原発は安全」であるという自己呪縛も重なり、対策は後手後手に回り、原発周辺の人はヨウ素も服用させないまま、故郷を追い出されました。又にわかに食品の暫定の基準を設け 基準値以下であるとの発表を始めました。1ミリシーベルトまでとする日本の法律に違反する20ミリシーベルトに上限を広げました。こともあろうにそれを子供に適用しました。これに対し原発推進派と目されていた東大教授が内閣府の委員を涙の抗議で辞任会見し、又外国の研究者などから内外から山のような抗議に晒されました。原発で働く人には250ミリシーベルトに広げました。セシュウム対策が不備で牛肉、牛乳、に広がっています。土壌除染が必要な地域は福島だけでではなくなっています。

 この1週間でも重大事実が出ています。目が離せません

8月17日  18日付朝日新聞1面トップ
甲状腺の内部被ばく検査で45%の子供が・・・

検査から3月たって、福島県の子供の1150人を対象にした甲状腺の内部被ばく検査で45%の被爆が確認されていたことを明らかにしました。なぜ3か月遅れた発表だったのかの疑問が出てきます。かくしきれなくなったのでしょうか。

8月28日  30日付朝日新聞5面トップ
土壌汚染濃度調査2200地点、大熊町1地点3000万ベクレル
チェルノブイリは55万キロ超えた地域は強制避難でした。この値を超えた地点は2200地点中8%、

 「汚染度が高い地域は、原発から北西方向の半径40キロ圏内に集中していた。もっとも高い大熊町の1地点では、セシウムの合計値は1平方メートル当たり約3000万ベクレルに上った。チェルノブイリ原発事故では、55万5千ベクレルを超えた地域は「強制移住」の対象となったが、今回の調査では、この値を超えた場所は約8%に上った。」・・・と

8月31日 
朝日新聞  紙面下段1段 21行。
福島第1原発 急性白血病で作業員が死亡

以上3つの記事の特徴は
事態を軽く描く政府見解が附してあることです。
○こどもの甲状腺の内部被ばくに対して3段抜き見出しで
政府担当者「問題ないレベル」だと書き添え、

○土壌汚染濃度調査では検査経過にとどめ、

○福島第1原発 急性白血病で作業員が死亡 原発との因果関係不明で死因がわからない。

3 以上から 共通なのは人命軽視と事実隠しです。

3・11以前から原発の現場で働く2、3,4次の下請者は陰惨を極めていたこと、安全軽視と働く者への抑圧的な施策の情報がもれ出ていました。

唯一の被爆国、その政府の被爆者たちへの対応のむごさ

放射能に対する人命の軽視の根っこは広島長崎の40万人もの内部被爆者に対してでした。原爆による癌などの疾病に対して、政府厚労省は放射能と因果関係証明を被爆者に求めてきました。次いで因果関係不明として被爆者救済を退け、やっと成立した救援法の適用もヒバクシャのたった1%にとどめました。やむなく救済適用を拒否された被爆者は裁判に訴えました。長年被爆者の診療に当たってきた全国の医師たちの弁護、弁護士の被爆実相からの追及によって裁判官を動かしました。30以上連続した国側の敗訴でようやく政府が原爆投下後広島に入った人たちも含む「内部被爆」者の救済を認めました。今から2年前、麻生内閣辞任時でした。なんと60年以上事実上「内部被爆」の事実を認めてこなかった被爆国日本。多くの被爆者は無念をかみしめてこの世を去って行ったのです。

4 結論 内部被爆の軽視は国策としての原発の推進と無関係ではなかった。この解明が今こそ必要

政府のむごい被爆者たちへ対応を許したわたしたち。そのつけは放射能にまみれた国土を次の世代に大きな負の遺産として残すことになります。耐えられるだろうか。課題として引き続き追及していきたい。    続く

附  先日、東日本大震災に立ち向かっているある生協の責任者にであった。長期に腰を据えた方々の取り組みに敬意を持った。生協があって本当によかった。

付記   独り言 
1  マスコミの報道への疑問
  例えば「甲状腺の内部被ばく検査で45%の子供が・」・
政府、原発関係から出る「事実報道」とそれに対する政府のコメントだけの報道は読者を不安を与え あまたかという食傷気味の無関心にしてしまう。「甲状腺の内部被ばく検査で45%の子供が・」について識者によって追求し、あるいは自ら調べ読者に知らせるべきだ。ただ取次の記事になっている。結果として御用新聞の道に入ってしまわないかと危惧する。戦前の大本営発表と似てきているという人もいる。

附記2 事実を隠す体質と人命の軽視は表裏一体

今の人命の軽視の根っこは第2次大戦前迄さこのぼる。
あの時代ほど人命が失われたことはなかった。日本軍240万人(広島 長崎のぞく)、アメリカ軍41万人が死に 中国人の犠牲者は1000万人 家屋を失ったもの4200万人という(河出書房 死者が語る戦争1983年刊) 。この途方もない人類史的犯罪について日本では戦後責任は不問にされ、あるいは曖昧にされたことが戦前の人命軽視の体質を新たな形で継承し、発展させる土壌となったのではないのか。
最近判決が出たJR西日本の事故など連綿として起きる人災はその土壌の中で起きた氷山の一角にすぎないと言っていいのではないか。戦争責任をあいまいにしたツケともいえる。

そして今 福島原発事故に見られる人命軽視と事実隠蔽にその根深さを見る思いだ。どうすればよいのだろうか。平たくいえば気づいたときには遅かったと悔やまないようにいま目の前にあることに向き合うことなのだろう。

しかし小生 加齢にくわえて、時代の推移に追いつけない、もどかしさはいかんともしがたい――日本を見れば、近代の市場万能がもたらしたよろこびのない「豊かさ」、地域の紐帯の崩壊、格差、貧富の拡大  社会心理の崩壊  バブル崩壊以降小泉内閣登場で加速した――一方目を世界に広げた時――かって5度ベトナムを訪ねたときストリートチルドレンの存在や戦争の残した傷跡の大きさに気の遠くなる想いをした。爆弾投下で穴ぼこだらけの国土 枯れ葉剤によるはげ山のような森,山。丘陵。その影響によるといわれる多数の奇形児。ベトちゃん、ドクちゃんがいるツヅー病院ではおびただしい奇形児 おおくの生き証人の子どもたちに出会いました。私はベトナムに惨禍をもたらしたアメリカ、そして国際社会が人類の犯した最悪の犯罪の責任としで出来うる限りのことをすべきだと思いました。ベトナムに仲間とともにカンパを集め5つの学校をおくりました。
―――---時移りそのベトナムが日本から原発を輸入しようとしています。---一体どう考えたらいいのか。

幸いにして目の前に日本国憲法がある。憲法前文には「――われらは平和を維持し専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めている国際社会において名誉ある地位を占めたいと思ふ。 ―――全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和の内に生存する権利を有することを確信する。―――日本国民は国家の名誉をかけ、全力を挙げてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。」

微力でもこのささやかな実践者の一人として終わりたいものだ。

しかし憲法を守れと叫ぶだけではこれまでもそうだったように憲法の空洞化をふせぐことは出来ない。幸いにして身近な四街道には子どもの居場所づくりや福祉関係の市民活動に熱心な方がおられる。地元農産物を大切にする会、不当な産廃や放置ゴミをなくす会、よい芝居を見る会、身近な自然を大切にする環境関係、さらにはサークル熱心な方がおられる。この方がたのつながりの中で去る8月13日お盆の入り日の中で450人で「原発から健康を守る集い」をもつことができた。子供を育てた、育てている主婦は熱心だった。老骨にムチ打って、といえばかっこよすぎるが一生懸命だった方々がおられた。それぞれによりよく生きることの価値を実感する土台に平和があることを感じ取ることができた。私もみんなの知恵と私も力を寄せ合って進める活動に、気張らずにしばらくの間、年相応(邪魔にならないよう)にお付き合いを願うことにしたい。
( 高橋晴雄)                               9月1日      

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。