コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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あなたにとって大切なのは電力ですか?

Untitled福島ならば子供計測
[haru3]

――小出裕章氏の提起にこたえて
思うこと――。
あなたにとって大切なのは電力ですか?
それとも愛する人の命ですか?  
今を生きるすべての人はこの小出さんの提起の選択を迫られていると思います。「命が大切だからこそ、命を支える原発の電力が大切なのだ」として、この二者選択を一笑に付する方もおられることでしょう。そんな方から本心をききたいものです。
「確かに原発の安全神話は崩れたことは認めよう。でも原発は経済成長のため不可欠なのだ」必要悪といいたいのでしょうか。「日本の成長は電力がふんだんにあったからだ。だから生活もよくなった。これらの成長も原発あってこそ、なくせば国際競争力で負けてしまう」。「蒸気機関車(SL)が日本に導入された明治期だって危険視された。原発だって技術が開発されて安全なものになっていくはずだ、そんなもんです」これは私の周りで実際にあった会話です。私にとっては「技術の後先に人間がない自然への畏敬を欠く」いわゆる近代文明謳歌の言葉でした。

3月11日以降、故郷が東北なので東北三県の被災地に5回足を運びました(宮古から南相馬まで)。行くたびに巨大な悲劇の進行を目の当たりにして心が凍てつきました。と同時にそこここに耐えに耐え、支えあい、頼りあう人々の営みと温もりに感涙しました。未曾有の不幸をともにしながら、温もりがあり、ときに明るさもありました。「安全」を信じ込まされた挙句、家族や仲間をバラバラにされ、故郷を失い、途方に暮れる方たちが、四街道の身近にも避難してきました。心で泣き、顔で笑う故郷を思う優しい人たちでした。
いま経済か命か 。
いま日本は歴史的分岐点にたちました。
東日本震災がきづかせてくれたもの

内部被爆によって将来にわたって命を傷つけるのはフクシマ原発事故です。そして収束の見通しがないまま命を奪いつつあるのが、フクシマ原発です。
何の罪もない子供たちの未来を奪い、苦しみをもたらすのはフクシマ原発事故です。
福島(日本)の5年後、10年後は 広島、長崎、ビキニ、チェルノブイリの放射能災害が先例となるでしょう。世界最悪の放射能事故のレベル7の意味です。そのうえ

{写真 放射線の中でそよぐ4匹のこいのぼり。放射能の風の中でそよいでいた。人ひとりいない。静寂。生き物の気配一切ない怖さ。―福島原発から22キロの地点、南相馬。5月19日撮影。}

地震がヨーロッパの2000倍発生する日本国土に54基の原発があり、さらに使用済み核燃料を抱えたまま、東海沖地震、首都直下型地震、房総沖地震がこれから30年以内に87%の確率で起きると地震学者が警告しています。東日本大震災で日本の国土、地層が大きく横ずれしました。世界のプレートの10のうち、4つが集中するのが火山国日本です。太平洋、フィリッピンプレート、北米プレイト、ユーラシアプレートの交錯する東海沖地震原の真ん中に浜岡原発があります。しかし株主への社会的責任上、浜岡原発を稼働させると中部電力会社の社長が言っています。
11メートルの津波堤防を作って。

活断層が全国土をおおっていている世界でもなれな国日本。20万人が家の下敷きになった阪神淡路大地震はその活断層が原因でした。死者6500人中88%が下敷き圧死でした。明日にでも起こりうる首都圏直下型地震(三浦半島活断層)も活断層型地震です。

それでも原発推進ですか、
今なお原発は「資源の乏しい日本には必要」だというのが政財界の多数です。命の価値よりお金の価値を大事する為政者たち。それを選んだ国民。
放射線の危険性は
「広島、長崎で死ぬべきものは皆死んだ。現在放射線のため苦しんでいるものは皆無だ。」というアメリカの1,946年公式見解は日本政府に受け継がれてきました。ビキニ被爆、チェルノブイリ事故後もヒロシマ、ナガサキの被爆者の放射能被爆の悲惨さを「軽く」「少なく」「狭く」しか認めようとせずつい昨年まで全国各地30の地裁、高等裁判所で被爆者勝利の判決を待たなければなりませんでした。生協にあって私のスタンスもとわれます。

その間に歴代政府は安全神話を作り原発建設が推進し、外国にも輸出することを国策にしました。そしてついに、数々のトラブル、事実隠蔽のあげく福島原発事故、(史上最悪7レベル事故)が起きました。セシュウムは宮城を超え岩手に 千葉を含み静岡へそして関西県にも広がりました。全世界に広がっていくでしょう。明るい未来

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コメント


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その言葉が届きますか

「命の価値よりお金の価値を大事する為政者たち。それを選んだ国民」。
地震の巣である日本に原発が54基もあるのは確かに正気ではないでしょう。何万年という管理が必要な高レベル放射性廃棄物の最終処分場のめどは立っていません。地震の危険性が殆どないフィンランドでの最終処分場を描いた「十万年後の安全」は、日本より遥かに安全性の高い国でさえ、それだけの期間、放射性廃棄物の管理が出来るかということを問うた力作です。

ただ、いくら正論でも、「命か経済か」という二者択一論での脅しは、脱原発運動の内部での合意になれても、一般の市民・・・国民には届きません。小出氏や、あるいは広瀬隆氏でもいいですが、長く原発に反対してきた人たちの言葉が、外部になぜ届かなかったかを考えてみてください。チェルノブイリ事故以降の“運動”がなぜ、失敗したか。

結局、この人たちが言ってきた、二者択一の言い回しが受け入れられなかったからではないですか。僕も23年間、お世話になり、一年前まで生協職員でした。反対運動をしていた生協ではなく、拠点生協の一つでしたが(呼びかけ人の一人は、かつていた生協の理事長です)。脱原発社会に向けて、自分が出来る範囲のことはしますが、僕は自分で伝わる言葉で模索していきたいと思います。非礼をお許しください。

日日不穏日記 | URL | 2011年07月27日(Wed)22:09 [EDIT]


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