コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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脱原発をー三たびの被ばくへの悔恨

[斎藤嘉璋]

 3・11以降、大震災での被災地の状況、なか事故と放射能汚染の報道に接する日々が続き、気が重い。前にこのブログに報告したように生協OBの立場から何かできないかと東協連と東京災害ボランティアネットの取り組み(南三陸町の被災者支援)に協力するなど、ささやかな取り組みを続けてきた。最近は生協OBの絵の会(虹遊会)で被災地支援のチャリティーセールに取り組み5万円を超える募金を南三陸町での取り組みにカンパすることもできた。
そのようななかでもますます気が重いのは原発事故であり、その収束とその先―脱原発が見えてこないことである。どうしてこのような事態を許したのか、個人的な悔恨の念もあり、気が重い。

 今回の大震災での福島原発事故で改めて原発の実態や放射能汚染の危険性などを知り、長い間「安全神話」に身をゆだねてきた愚かさに気付いた。そして、福島原発の放射能汚染が止まらない事態に直し、原発依存はまずい、今後のエネルギーは脱原発で行くべきだと考えるようになった。ところが、私が関わりをもつ東京の生協や日生協などの総会に参加してみるとそこにはまだそのような危機認識は感じられなかった。原発問題は3・11の大震災が提起した最大の課題の一つであると思ったが、それは今後慎重に検討する課題にされていた。これが「気が重い」理由の一つとなった。
 たまたま、6月末発行の「週刊現代」に「鎌田慧=僕は原発を止められなかった」という記事が載った。ルポライター鎌田慧は学生時代に早大生協の組織部で生協ニュースの記事を書いたりしていた後輩であり「日本の原発危険地帯」や「原発列島を行く」などで原発の反社会性を告発し続けていた。「40年間取材し、書きつづけたルポライターの悔恨」を読み、後輩に「生協運動の幹部だった斎藤さんの悔恨は?」と問われている感じがした。その週刊誌を読んだ直後の東京都生協連総会のあとの役員懇親会では、東協連友の会代表挨拶で現職時代の反省を込めて生協としては脱原発をめざすよう期待をのべた。
 国策で進められた原発は電力会社・産業界と政治家、学者研究者による「原子力村」を形成しその結束で原発推進の世論形成も他に類をみないレベルで成功させてきた。今回の事故の危険性を認識していた国民は少数であり、生協関係者にも多くはなかったのではないだろうか。しかし、日本の各地に原発の設置がすすみ、スリーマイル島事故やチェルノブイリ事故もあった70年代から80年代に日本生協連の幹部であり、反核平和の運動なども担当して反原発の動きなども知っていた者としては、その危険性への認識と問題意識の弱さは問題だった。生協のなかには原発問題を重視していたグループもあり、個人としても自然エネルギーへの取り組みに熱心な人たちもいたがそのような動きに学ばなかった。
 日本では原発は電力の安定供給・安定価格、地球温暖化や資源問題などをふくめ総合的に見てその危険性さえコントロールされるのであれば良いのではと容認されてきた。消費者の立場からのエネルギー・電力の在り方には発言権をもつ生協でも「安全神話」には若干の疑義は持ちながらも、多数派世論に埋没し、結果として原発依存の現状を容認してきたといえる。今、その原発は資源や効率、低価格といった利点をいくらならべても人びとの命と健康、人々の暮らしと自然環境を破壊する現実から誰も容認し得なくなっているのではないだろうか。
ヒロシマ・ナガサキでの被爆、第5福竜丸での被爆、そして今回の福島での被曝――この被曝は人間だけでなく動植物と国土を長期にわたって犯すものであり、現在の人間の技術力ではコントロールしきれない原発の本質から来ているものである。「三たび許すまじ」と誓った原爆、それと同質の被害(現状ではその量は小さいが)を原発による放射能汚染というかたちで発生させたこと、私の悔恨である。

<追記>
① 大友さんがこのブログで2012年は国際協同組合年であると同時に持続可能なエネルギーの年でもあると指摘している。東協連友の会の幹事会では福島原発事故に関連し、「協同組合年に開催されるICAの会合などでは、日本の生協は今度は従来の被爆者の立場でなく放射能汚染の加害者の立場からキチンとした原発問題での考え方を示すことが求められよう」といった議論があった。
ICAの会長が大震災への支援カンパをもって被災地訪問までしたという。世界各国の協同組合人は地震・津波の被害、あるいはそれ以上に原発・エネルギーをめぐる問題に関心があるのではとおもわれる。生協内での議論ではそのような視点からも深められるよう期待したい。
② 毎月11日には中野駅でやることにしていた東協連と東京災害ボランティアネットの募金活動は7月もおこなったが、場所が工事のため8月以降はやり方を再検討することになった。南三陸町・登米市への現地支援には「若手の力だけでなく、年配の被災者の相手になれる年配者の力も必要」といわれているが、厳しい現地状況からまだOB仲間は行けていない。

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コメント


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その放射性物質を風評被害、被災地支援と称し、全国にはこび、必要のない被曝を広げているのは生協ではないか。
耳にいたい不都合なことは、なかったことにする生協の偽善には、あきれるほかない。
巨大組織と、1000万を遙かに超える報酬は、まさに人を腐らせると、言うことか。

とおりすがり | URL | 2011年07月23日(Sat)14:45 [EDIT]


震災からの復興、脱原発・・・

震災直後、原発事故直後には原子力政策推進派の方ばかりしか登場させなかったマスメディアが、世論の動きを風見鶏し、少しずつ批判的な立場をとる方も登場させていることに、さもありなんと思いつつ・・・・・・。
放射線防護学と平和学の安斎育郎先生がNHKにも登場され、すぐに著書の『家族で語る食卓の放射能汚染 増補改訂版』を買ってきて読み、拙ブログで紹介しています。特に最後の「食品汚染にどう対処するか?」で5点を提起しているのがストンと胸に落ちました。
トラックバックがうまくできたかわからないので、その記事のURLを名前欄に入れておきます。
また、震災からの復興、脱原発の話題ではホームレスの仕事をつくり自立を応援する街頭販売誌『ビッグ・イシュー』も興味深い記事が継続していることをお知らせしたいです。

ぴかちゅう | URL | 2011年07月26日(Tue)00:44 [EDIT]


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