コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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自然エネルギー活用の先進国デンマーク 探究

[大友弘巳]

デンマークの自然エネルギー推進の主体は「風力協同組合」
 前回の投稿「脱原発・持続可能エネルギー活用への転換のための議論を」の中で、デンマークが風力を中心とする自然エネルギー活用の先進国であり、ドイツ政府の原発からの撤退の判断にも影響を及ぼしているものと思われることを紹介しました。
 その後、なぜデンマークが自然エネルギー活用の先進国になりえたのかを、少々調べて見ました。
 実は、元デンマーク日本大使館参事官だったベンツ・リンドブラッドさんからのお話の中でも、「デンマークはアンデルセンの時代から農民のための国民学校での教育を重視し、そこで学んだ農民が農協を作り、それが発展して、労組などとも協力して政治的にも大きな影響力を持つようになり、風力発電を進める上でも役割を果たした」ということも伺っていましたので、その中身をもう少し詳しく調べてみたいと思ったのです。

  また、5月18日に掲載した「自然エネルギー活用へ、ふくらむ期待」の記事の中で長野県飯田市の太陽光発電ネットワーク事業の事例として「おひさま進歩エネルギー株式会社」のことを紹介しましたが、その会社が参加している「おひさまファンド」のホームページの「『おひさまファンド』誕生までのストーリー」のページを見たら、その冒頭に以下のような内容が記されているのを見て、もっと知りたいという思いを深めました。
  「現在国民一人当たりの風力発電の導入がだんとつの世界一の風車王国デンマーク。世界に先駆けて1980年代にデンマークで風車の導入を担ったのが、自分たちの力で地域の風資源を活かして、クリーンな電気をつくりだそうとした“地域の市民”でした。」とあり、その「『風力協同組合』とは文字通り、風車を協同組合の方法で共有するものです。2000年現在のデンマークの風力発電のおよそ80%が協同組合もしくは個人所有という形態になっており、風力エネルギーが『一人は万人のために、万人は一人のために』という協同組合の理念と共に広がりました。」

 グルントヴィの思想と、農民のための国民学校(フォルケホイスコーレ)
 ベンツ・リンドブラッドさんのお話にあった、農民のための国民学校と農協作りが進んだアンデルセンの時代のこと、童話作家アンデルセンと哲学者キェルケゴールなど世界に名高い人物と並んで、彼らと友人でもあり、共に活躍していたもう一人の人物として、グルントヴィがいたことが分かりました。日本ではアンデルセンやキェルケゴールのようには知られてはいませんが、デンマークではグルントヴィが一番尊敬されているようです。
 牧師でもあり詩人でもあり歴史家、教育者でもあったグルントヴィは、学びたい者が自由に学ぶ学校としてフォルケホイスコーレ(民衆の学校=ベンツさんが言われた国民学校)作りを呼びかけ(1832年)、それが地方の農民に支持されたことにより、人々の協力によって各地にフォルケホイスコーレが作られていき、19世紀末には70校以上に及んだとのことです。(現在でも80校ほどが、社会人の自主的な学びの場として活動を持続しています。)
 この学校で学んで社会意識に目覚めた卒業生たちが農民協同組合を作り、農民政党を組織して、労働者と協力してついに政権を担うに至ったといわれ、デンマークが豊かで民主主義が浸透し、高度の社会福祉が整い、弱者に優しい国家となったのも、フォルケホイスコーレ運動があったからこそであり、それゆえにグルントヴィは、近代デンマーク精神の父として今も尊敬されているといわれています。
 グルントヴィの思想の核となっているのはフォルケオプリスニング(民衆の自覚)ということですが、民衆自身が自覚を高めて何かを達成する、勝ち取ることと理解され、原子力発電に反対する風力発電や環境保護の運動のバックボーンにもなっていると考えられます。
 そして、そのフォルケオプリスニング(民衆の自覚)こそ、協同組合の思想の源泉であることは言うまでもありません。

ダルガス親子の、植林の成功によって荒野を豊かな農地に変えた実践
 デンマークの国民の精神的伝統に大きな影響を及ぼしたもう一人(組)の人物として、エンリコ・ダルガスと、彼を手助けした息子フレデリック・ダルガスが挙げられています。
 父親のエンリコ・ダルガスは、グルントヴィより45歳年下ですが、グルントヴィが89歳まで生きて長寿でしたので、グルントヴィの晩年、そしてデンマークが敗戦による厳しい試練にさらされた頃、両者は同時代人として共に活躍していました。グルントヴィとエンリコ・ダルガスの間にどのような交流があったかについては、いまはまだ私には分かっていませんが、グルントヴィの思想フォルケオプリニングス(民衆の自覚)が、エンリコ・ダルガスにも影響を与え、受け継がれていることは確かではないかと感じられます。
 ダルガス親子の活躍については、内村鑑三の講演録「デンマルク国の話」で詳しく紹介されており、ご存知の方が多いと思われます。
 私には中学か高校の授業で習った記憶がかすかに残っていたのですが、今回改めて読んでみました。あらすじは以下のような内容です。
 1864年、デンマークはプロイセン(ドイツ)・オーストリア連合との戦争に敗れて、ユトランド半島南部の肥沃な二つの州を失い、残された北部の大部分は森もない荒れた土地で農業には適さない状態でしたので、デンマークの国民の暮らしは著しく困窮に陥りました。
 エンリコ・ダルガスは、工兵士官として戦場に橋を架けたり道路を作ったりする技術者だった経験を生かして、戦場から帰ってから、ユトランドの残された荒野を豊かな緑の野に変え、肥沃な農地を作り出す夢を持ちました。
 まず水を引き、木を植えることから始めたものの、なかなか木が育たず長年試行錯誤が続きました。それでもあきらめず、息子の協力を得て親子2代の努力によってついにモミの木の林作りに成功し、ユトランドの荒地を豊かな農地に作り変える夢を実現したのです。
 内村鑑三の講演では感動的に語られていますから、興味をもたれた方は以下のURLをクリックしてみてください。(無料で読むことができます。)
  http://www.denmark-mobile.com/denmark/denmark.html
 内村鑑三は、物的成果以上にさらに貴い成果として、デンマーク人の精神がダルガスの植林成功の結果として一変し、失望から希望を回復したこと、国を削られたが新たなよき国を得たこと、しかも他人の国を奪ったのではなく己の国を改造してそれを得たことなどを高く評価しています。
 ダルガスが「荒野を豊かな緑の野に変え、肥沃な農地を作り出す夢」を持ったこと自体が、優れた「民衆の自覚」そのものですし、ダルガスが夢を実現したことは、「民衆の自覚」に基づく熱意、困難にも耐える忍耐と努力が希望に繋がることを実証したことにもなり、グルンドヴィの思想に信頼を深め、広げることにも繋がったと思われます。
 かくして、デンマーク国民の多くの人々の中に、グルントヴィの「民衆の自覚」を大切にする思想と、ダルガスの「夢の実現」への希望、そのための熱意と忍耐・努力を惜しまない気風が根付き、現代の自然エネルギー活用への取り組みにも繋がっているのではないかと考えさせられます。
 日本の私たちも、敗戦によって焦土と化した国土を復興し、狭くなった国土の中で平和を守り、世界でも有数の経済発展を実現してきましたが、近年は経済も社会も様々な問題を抱え閉塞状況を深めてきており、それに加えて原発の重大事故を発生したことは誠に残念なことであり、どこで間違えたのか、何が足りなかったのか、デンマークと比較して検討を深めてみることが大事になっているように思われます。

デンマークの生協について
 グルンドヴィとダルガスの接点を探し求めてインターネットで検索を重ねてみたら、両者のことが同時に一つの文書の中で紹介されていたのは、何と「賀川豊彦献身100周年記念実行委員会」のブログの2008年9月11日の記事でした。
  「戦前、日本が一等国の仲間入りを目指していた時、賀川はヨーロッパで新たな地平線を見出していた。」とし、「欧州の一等国は軍備の拡張や外交上の軋轢で血眼になっているのに、二等国、三等国はいつの間にかちゃんと平和な楽園を築いている」とヨーロッパを観察し、「日本では(他の)誰もが決して考えなかった世界観」を賀川先生が描いていたことを紹介しています。 
 賀川先生は特にデンマークに注目して、ダルガスとグルントヴィの果たした役割を高く評価しておられたようです。
今日、デンマークは「世界で一番幸せな国」といわれていますが、賀川先生は戦前からデンマークがそのようになっていくことを見通しておられたものと思われます。
 賀川先生のそうした思いを知ることもなく今日まで過してきた自分の不勉強を反省すると共に、日生協刊行のヨーロッパの生協の調査研究書でデンマークの生協に関する報告を探してみましたが、2003年刊行の「ヨーロッパの生協の構造改革――生き残りをかけた挑戦」、及び、2010年刊行の「危機に立ち向かうヨーロッパの生協に学ぶ」のいずれも残念ながらデンマークの生協のことは取り上げられていませんでした。
 かろうじて探し当てたのは、今年1月に開催された生協総研公開研究会で、「北欧3国の生協概況」(報告者天野日生協国際部長)の中の一つとしてデンマーク生協連FDBと350の地域生協のことが紹介された報告(2ページ)と、日本生協連のホームページの「世界の生協MAP」の中のデンマークのページ(1ページ)でした。
 それによると、人口550万人(埼玉県の人口の4分の3)の国デンマークで、生協の組合員は160万~170万人(世帯で言えばほとんどが組合員と推定されます)、連合会が小売事業も行っているため組合員のうち100万人は連合会への直接加入、70万人は350の地域生協(1生協1店舗)に加入しています。生協の直営店は各業態合わせて680店、買収した子会社の店舗が2社で475店、それも加えたグループ合計では1,155店、総事業高では420億クローネ(1クローネ18.59円とすると7,808億円)と膨大な規模であり、小売シエアは42%ということなので、国内では断然1位の存在ですし、イギリス8%、スウェーデン22%、イタリア18%、などに比べてはるかに高いシエアを維持していることが分かり、世界で最も生協が高度に発達し、定着している国であると言えるように思われます。
 しかし、紙数が限られていることもあり、そうした到達点のもとで、デンマークの生協はどのように社会的役割を担っているかについては僅かにしか紹介されておらず、風力発電への関わりなどについては触れられていませんでした。
 デンマークの農協についても少し調べてみました。 農業生産は伸びていますが、大規模化が進み、農民は人口の6%に減ってしまっているとのことですので、農協の組合員も少なく、国民世帯の中で農協組織の影響力はかつてに比べると低下していると思われますが、環境問題についてダルガス以来の伝統で関心が強いのか、農民は、農業経営用と家庭用を合わせて電力を風力で確保することについて、熱心に進めているようです。
 都市住民、勤労者の家庭では、生協(消費=購買)と別に「風力協同組合」に加入して風力発電に参加しているものと推測されますが、消費(購買)生協とは全く無関係なのか、消費(購買)生協が何らか参画したり協力したりしているのかなど、さらに調べてみたいと思っています。

デンマークの研究を、広く、深く
 6月17日に開催された日生協第61回通常総会は、東日本大震災のもとで、全国の生協が、被災生協支援をはじめ、被災地支援、被災者支援の活動に立ち上がって奮闘し、生協の連帯の力と、生協が果たす役割の大きさに確信を深めた高揚の中で迎えた総会にふさわしく、出席率は70%を越え、日生協創立60周年を飾ることとなりました。
 戦後最大の大震災と原発重大事故の事態を受けて、組合員の暮らしも生協の事業経営も重大な困難を深めている中、特別に第3号議案「東日本大震災に関わる生協の取り組み報告と今後の課題決定の件」が提案されたことに注目しました。
 今後の政策検討課題として、①被災地の中長期的な復興に関わる件、②原子力発電とエネルギー政策のあり方に関わる課題、③全国の震災対策とBCP(事業継続計画)に関わる課題、の3つが掲げられており、今後の真摯な検討が期待されます。
 「2020年ビジョン(案)」ももう1年かけて議論し、見直し、補強したほうが今後10年間の活動にとってプラスではないかと私は思っていますが、今総会で「2020年ビジョン」を決定した上で、第3号議案で掲げている政策検討課題の検討、議論によって「2020年ビジョン」を補っていく方向が選択されましたので、その視点からも政策検討課題の議論を注目して行きたいと思っています。
 その一つ、原発とエネルギー政策検討に当たっては、脱原発、持続可能(自然)エネルギー活用についての積極的な議論を願い、その際、先進事例としてのデンマークの研究を広く、深く進められることを期待する次第です。

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