コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

皆さんのメッセージを拝見して、大震災に思うこと

[田辺準也]

 地震発生直後の、加藤善正さんの悲鳴のような状況報告を受けながら、加藤さんはじめ、現地の皆さんへお見舞いの一言さえさし上げないまま一ヶ月余、今日を迎えてしまいました。何をどうしていいのか全く分からなかった、では弁解にもなりません。今も心境全く変わりませんが、ともかく、このブログをお借りして、一言お見舞いの気持ちと私の思いを伝えさせていただきます。
 加藤さん、その後どのように対処されておられますか。想像を絶する奮闘をされていることと思いますが、体調にはくれぐれもお気をつけください。
 一昨日、高橋晴雄さんの現地へ行かれての、心のこもった感想読ませていただきました。加藤さんの生々しい報告、みやぎからの報告と合わせて、生協運動の仲間ならではの思いを持って読ませていただきました。
 然し、どんなに具体的な情報に接しても、想像をたくましくしても、現地の実情、被災者の皆さんの気持ち、決して本当には理解出来ないと思います。高橋さんの最初の感想にも、斉藤さん、大友さん、吉永さんのメッセージもそんな思い,心情が吐露されていたと思います。ただ、皆さんが私と違うのは、街頭募金など、即行動を起されていることです。学ばなければと思いつつ、何もしていない、出来ない自分を情けなく思います。阪神淡路大震災に際しても、結局何も役立つこと出来ずなかった,ことが思い起されます。しかも、今回、あの時以上に何も出来そうにない、なんとも歯がゆいことです。

 全国の生協の仲間が、生協らしさを発揮して救援、再建に奮闘している姿を知り、又、何より被災者の皆さん自身の頑張り、助けあい、協同する姿、テレビ新聞にその一方、加藤さん、宮城からの報告、日生協連からの報告で、現地は勿論、見るボランテイアの活躍ぶりに只頭が下がるばかりです。

 然し、それにしても私にも何かできることあるのではないか、と考えたとき、そのひとつとして、これまでのことについて反省すること、があるのではないか、との思いが湧いてきました。今日、大友さんは、想定外云々と言う言い逃れについて批判されていましたが、二度と再び同じ過ち起さないためには、どれだけしっかり反省するかが鍵だと思います。
 ともすると天災については、仕方がなかったとされて反省が二の次にされがちですが、想定外云々を反省することは実に重要なことだと私も思います。
 それにつけても、先日の石原都知事の、今回の大災害を国民に対する天罰とする反省の弁、暴言についてはあいた口がふさがりません。
 只、この石原発言、決して許されるものではありませんが、こと原発事故に関しては、ある意味全くの暴言で片付けられないものがあるのではと思います。原発事故の第一次的責任が政府、電力会社、広く財界にあることは明らかです。 
 然し、それだけでしょうか。そもそも原発事故、想定外云々の前に、原発そのものが本当に必要だったかが問われているのではないか、と思います。
 とすれば、想定内外を問わず、絶対安全でない限り決して容認すべきでなかった原発を、なぜ国民は容認してきたか、も問われなければならないのではと思うのです。そこには無尽蔵な電力を前提にした産業、生活のあり方があったこと、その根本的見直しが出来なかった、ことがあると思います。
 更にその背景には、高度経済成長一本やりの社会、生活のあり方の見直しがとうとう出来なかったという経緯があります。
 第一次石油危機で、その根本的反省をした国民だったはずが、その後どうなったか、が問われているのではと思います。そしてその意味で、見直し、反省の先頭に立ってきた生協運動の経緯も問われていると思います。
 最近の復興会議で、菅総理は、創造的復興を提唱しています。若し、これが本ものなら、その第一の課題に、こうしたこれまでの高度経済成長一本やりの社会のあり方を根本的に見直すことが追求されなければならないと思います。
 何時発生してもおかしくない東海,東南海地震を考えると、静岡県の浜岡原発を近傍に抱える私にとってはどうしても避けられない、しかも緊急な反省テーマと思えてなりません。 
 ところで、復興会議の菅総理の、ただ元に戻すだけでない、創造的復興をめざす、と言う発言ですが、これを盲目的に信じていいのか、これまでの経緯を振り返って、反省をしっかりしながら受止めなければならないと思います。
 為政者のいう綺麗ごとは、どうしても眉につばつけて聞かなければという意味です。必要な反省のもうひとつです。
 再建、復興が国民的課題であることは誰にも異議はありません。そして、膨大な費用がかかる、国民的支援、負担が必要という点も、善意の圧倒的大多数の国民に異議はないはずです。然し、かつてこういう言い方で、どれほど国民は騙されてきたか、既に、復興債発行の担保として、10年後10%の消費税をあらかじめ決めておくなどという政策が公然と唱えられています。
 消費税には国民の声が全く二分されていることは明らかです。その賛否の当否は別に、こういう非常時、分ち合いの精神こそが第一だと思います。貧富の差を度外視した消費税の出番はないはずです。今、若し消費税を云々するとすれば、まさにドサクサ紛れの火事場泥棒と言われなければならないと思います。          
 かつて、常に危機を逆手に、私的利益を追求してきた人々の流れがどうしても思い起こされます。そんなこと許されてならないと思います。 
 何より、今国民みんなが総力を挙げて復興、再建に当たらなければならに時、大事なのは、国民的合意です。ちょっと手前味噌になりますが,こういうとき、参加、民主主義を一貫して追及してきた生協運動の経験、しっかり活かされて良いのではないか、こうしたこと許さないことが求められていると思います。
 もう一言、反省とは少し意味が異なりますが、この時期、生協運動の役わりとして、高橋さんが発言しておられる、人間のすばらしさ、それをしっかり確信できる生協運動というテーマも今こそ是非考えたい、深めたいことですが、高橋さん、引き続く発言宜しくお願いします。

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。