コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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「2020年ビジョン」への私の意見と提言

[加藤善正]
 例年にない寒さと大雪に悩まされた盛岡も春の訪れを感じるようになりました。26日(土)は「世界の平和を願う市民のつどい」(イラク侵略戦争以来毎年開き、今年は9回目)に前宜野湾市長・伊波洋一氏を招き「沖縄の証言」を600名で聴きました。実行委員会の責任者として2日間いろいろお話が出来、私も大いに学ぶことができました。来週3月5日は、「TPP反対県民会議」主催のフォーラムがあり、内橋克人氏の基調講演が楽しみです。講演後「2012年国際協同組合年・岩手県実行委員会準備会」を開き、ここでも全国実行委員会委員長でもあられる内橋先生の協同組合への思いをみんなでお聞きできます。
 さて、「全国の生協2020年ビジョン」の第2案ができ、22日に仙台市で「北海道・東北ブロック討論会」がありました。その場で、次のような「意見と提言」を参加者へ配布していただきました。長い文書でかつ拙文でありますが、このブログは若い現職の方々も読まれるようですので、ご批判を覚悟で掲載します。
  

 

1、はじめに

 「日本の生協の2020年ビジョン」(以下新ビジョンという)は策定検討委員会メンバー(15名)の熱心な取り組みと、かなりの日本生協連会員生協の役職員・組合員の参加した論議が進み、第2次案が発表され引き続き地連別討論会が開かれ、また、HPなどへの意見の反映が行なわれるという。

 私もこれまでこの新ビジョンに対する意見や提言を開陳してきたが、第2次案を精読するも依然、しっくりいかない状況である。そこで、もう一度、このペーパーで私見をまとめて、組合員のためにより良い新ビジョンが出来ることを願ってこの策定論議に参加したい。 私は自らの50年にわたる生協運動の実践を通じて学んだことや、多くの先輩や先駆的リーダーの教えや理論化された著書、ICAなどの諸文献や「日本協同組合学会」などでの論議を活かして、現在も非常勤とはいえ岩手県における生協運動や社会的諸運動に携わっている。したがって、これから開陳する意見や提言はより「本質的・戦略的・実践的」なものであり、わが国の生協運動が原則的で持続的な成長を願う以外の何ものでもない、と自負しつつ拙文を記すことにした。

 

2、「2010年ビジョン」や各「中期計画」の「総括」不足のままの新ビジョンづくり

 

  ― 「総括・立脚点」なくして役立つ「ありたい姿」がつくれるのか ―

①「論点整理・資料集」に書かれているように、「2010年ビジョン」は2005年に決定した、「構造改革の長期的指針」という副題がついているが、「ビジョン」という名にふさわしいもではなかった。また、その内容は、1)生協事業の革新、2)生協の社会的役割発揮、3)時代の変化をのりこえ強靭な生協づくり、を掲げ「2010年までの日本の生協運動の改革の方向を全国レベルで共有化するもの」としていた。しかし、このビジョンはそれまでの日本生協連の路線や政策を「総括」して、その実践や結果を活かした全国生協の「指針」とはいえないところに最大の特徴点があった。

  日本生協連は1996年の「第7次中期計画」(5ヵ年計画)以来、2001年の「第8次中期計画」(以下3ヵ年計画)、2004年の「第9次中期計画」、2007年、「第10次中期計画」、2010年の「第11次中期計画」と中期計画を積み重ねてきた。しかし、この7次中計はそれまでの全国の生協の着実な発展の路線や政策を一変させただけでなく、結果的には全国ビックスリー生協の経営危機や多くの生協の事業経営を困難に陥れ、無慈悲な「リストラ」が横行し、経営トップの責任問題も浮上した。そして、「生協経営支援機構と連帯基金」を創設し経営危機の生協を救済し、大きな生協の倒産を回避した。

  そしてこの貴重な経験を総括することなく、「緊急避難」として8次中計が決定され、「事業連帯での生き残り策」がクローズアップした。第9次、第10次、第11次中計づくりにおいても、7次中計の総括は行なわれず、さらには、各中計作成においても、それまでの路線や政策、実践の本質的な「総括」は極めて弱く、「緊急避難」としての8次中計の路線・政策・計画の上にほとんど同じようなものを積み重ねたものになってきた。

  そしてこの新ビジョン作成においても、前ビジョンの「総括」や第7次中計以来の「総括」は極めて弱く、皮相的なレベルに終始している。「総括」抜きに「10年後のありたい姿」を描いても、その実効性は極めて憂慮され新ビジョンの効果や役割が危惧される。

 

   ― 「前ビジョン」と「新ビジョン」はどうつながるのか ―

     前ビジョン(らしきもの)の最大の柱は「構造改革の長期的指針」であり、「生協事業の革新」であった。そして、500店規模のSMチェーンづくり、生鮮・惣菜とCO・OP商品の強化、リージョナル事業連帯と日生協との共同事業の拡大が最優先課題として、「強靭な生協づくり」をめざして10年近い実践が展開された。確かに、個配を中心とした共同購入(宅配事業と名称も変更)の革新やリージョナル事業連帯の促進、COOP共済などの広がりは前進したが、肝心の組合員の生協への利用結集や運営参加は大きく後退し、店舗事業の赤字の拡大、損益構造の悪化は顕著に現れている。「強靭な生協づくり」は失敗に終わった、という厳しい「総括」抜きにして、2020年をめざすかつてないような厳しい環境変化に打ち勝って、新ビジョンに描くような「ありたい姿」が実現するのであろうか。

   こうした極めて厳しい状況を打開するとしたら、厳しい主体的な自己分析、文字通り構造的な弱点や体質的な欠陥など、科学的な手法も活かしながら何よりも組合員目線での厳しい「総括」が求められる。日生協の体質ともいうべき「総括」を軽視・回避したままでは山積する問題の解決はますます難しくなる。そしてその「総括」は、路線や政策そのものまで掘り下げ、「レイドロー報告」で指摘された「思想の危機」や「ICA諸決議」、かつての「日本型生協」の発展の教訓など、「出直し的改革」が必要ではないか。それは、かつての発展期との「社会的条件」の変化や、餃子事故や競争の激化など、いわば外的・偶発的要件にその真因を求めるだけでは、新ビジョンは「絵に描いた餅」に終わることを心配する。

 

     ― 「21世紀理念」へ向けてのこの間の実践は?

「運動」なくして接近できない「理念」、この総括を! ―

     1997年に決めた「生協の21世紀の理念」との関係性についても掘り下げてみる。96年から1年半ほどを費やして「21世紀理念研究会」がつくられ、私もコープ東北サンネット理事長の立場で参画した。この議論の結果、「自立した市民の協同の力で、人間らしいくらしの創造と持続可能な社会の実現を」が、生協の21世紀理念として97年の通常総会で採択された。そして先述の「第7次中期計画」も決まり、わが国の生協運動は路線的にも理念的にも大きな転換を遂げた。

   この研究会での私と日生協常勤役員との最大の対立は、「グローバリゼーション」に対する評価の問題であった。私は当時ベストセラーになっていた内橋克人氏の「規制緩和という悪夢」を紹介しながら、グローバリゼーションは「市場競争原理」「アメリカンスタンダードの押し付け」「弱肉強食の規制緩和」など、協同組合の視座からはマイナス面を注目すべきである、ということを主張した。日生協は「グローバリゼーションは人類の長年の希望であり、世界平和に貢献し人びとを幸せにする」と言い、グローバリゼーション礼賛に終始した。そして、「グローバリゼーションによりもたらされるメリットを組合員に提供するのが生協の使命」とまで言い切り、安価な海外商品のCO・OP商品化に大きく舵を切った。私は、冷凍餃子事件はこうしたグローバリゼーション礼賛路線の中で生じたものであることを指摘してきた。

   さて、全国生協の21世紀理念とした「自立した市民の協同の力で、人間らしいくらしの創造と持続可能な社会の実現を」の追求は、この15年近い実践の中でどのように評価できるのであろうか。新ビジョンにも指摘されているように、この間の社会状況は「真逆」の様相を見せている。「自立した市民」は中流階層の貧困化、生活保護世帯の急増、医療・介護制度の崩壊による行き場の失った高齢者、子供の貧困や自己責任論に押しつぶされる社会的弱者の増大など、「自立した市民の協同の力」は後退を余儀なくされているのではないか。また、「人間らしいくらし」も憲法25条で保障されている「生存権」すら脅かされている人々が増えており、毎年3万人を越す自殺者の増大、人間の尊厳や基本的人権を脅かす事件やニュースは後を絶たない。さらに、「持続可能な社会」は、地球環境の悪化や投機マネーや市場原理主義の横暴で大きく揺らぎ、地域コミュニティの崩壊や「限界集落」の広がりなど、閉塞社会は持続不可能な社会へと突き進んでいる。

   こうした我われが高く掲げた21世紀理念が遠くに去り行くような社会状況は、すべてが日本生協連の路線や政策の責任とはいえないが、この15年間の路線・政策がこの理念に近づく実践をどこまで提起し運動化したのであろうか、という「総括」は回避することはできない。とりわけ、小泉・竹中「改革」政治は、アメリカからの「年次改革要望書」に基づく「グローバリゼーション・金融資本主義・市場原理主義」への「規制緩和・構造改革・小さな政府」政治そのものであったが、こうした政治の結果もたらされた社会の崩壊・変質に対する「社会運動組織」としての生協の役割をどのように位置づけていたのであろうか。即ち、こうした理念を実践するためには、「内向き発想」や「商品供給事業偏重」ではなく、社会の構造的変化や組合員の「経済的・社会的・文化的ニーズや願い」を直視して、社会運動組織としての生協のミッションを掲げなければならない。しかし、この間に提起した路線は「ふだんのくらしに役立つ商品事業」「生き残りをかけた事業連帯と規模拡大」「事業体を通じた生協のミッション」「『運動』という言葉は使わず『活動』といい、政府や資本に対する批判は避ける」というものであった。

   私は、こうした21世紀理念との関係で、また、国の最高法規である「日本国憲法」との関係を活かして、協同組合の価値・使命を実現する社会運動組織として今日的な生協のミッションを重視した路線を求めてきたが、こうした指摘に対する謙虚な対応は存在しなかった。

   新ビジョンにはこれからの10年の厳しい時代を掘り下げており、そのためのアクションプランを提起しているだけに、この21世紀理念を実現するためのこの間の路線・政策を「総括」することの大切さを改めて強調したい。

 

3、新ビジョンで重視すべき視点、課題、アクションプランに対する提言

 

     ― 「自立」あってこその「連帯」が力、生鮮・惣菜強化は現場力こそ力 ―

 ① 「事業連帯・連合、県域を越えた合併による生き残りベクトル」から「自立と連帯、組合員の力の総和、常勤者の主体性とモチベーション・単協の主体性と地域に根ざしたベクトル」への転換を提起したい。21世紀理念の実現をめざす社会運動組織としてのミッションを否定もしくは軽視して、「事業優先・経営構造改革のための戦略・ふだんのくらしに役立つ事業連帯・連合、生き残りをかけた商品ロットの拡大」を優先して進めたこれまでの実践、そして今日の全国生協の到達点、とりわけ組合員の利用・参加の後退・損益構造の悪化をどのように捉えて「総括」するかが、新ビジョンにおいて最大の課題ではなかろうか。

   そのためには、「まず事業連合ありき」ではなく、全国の生協(地方の中小生協に目立つ)の中で、比較的事業の革新や経営的な安定、組合員の参加や常勤者のモチベーションが高い実践から、謙虚に学ぶ視点が必要ではないか。さらに、事業連合への機能統合を進めた生協の現場や組合員・常勤者の本音・モチベーションを詳しく調査することもそろそろ必要になっているのではないか。

   事業連合を結成する時点においては(少なくてもコープ東北サンネットにおいてはそうだった)「生協の主体はあくまで組合員であり、事業連合においてもそれを重視し、会員生協の主体性・自立を大切にして、事業連合はあくまで組合員・参加単協を支援するものである」という「原則」が出発点であった。即ち「自立を重視した連帯」こそが力を発揮する、という視点が強調された。しかし、事業連合への機能統合、日本生協連との共同開発や一体的MDが進む中で、「自立」はことばの世界になり「連帯優先」「事業連合マネジメントが参加生協のガバナンスを支配」するような傾向が強まってはいないか。

   とくに、組合員が参加して開発した単協CO・OP商品(PB)が姿を消し、事業連合PBから日本生協連CO・OP商品への結集が強まり、単協の商品部機能が崩壊しそれが産直や地産地消運動の後退へもつながっていないか。参加生協は組合員の商品や事業運営に対する意見に対しても「責任ある受け答え」の力が弱体化していないか。店舗における生鮮・惣菜部門の強化、地域に根ざした決め細かな組合員との受け答えや提案などがどこまで強化されたのか。事業連合本部からの指示やマニュアルに対する受動的な職員、予算数値管理や効率優先のマネジメントではパートも含めたモチベーションが高まることは難しい。

   組合員が主体でオーナーであり、その組合員に喜んでもらう仕事に力を合わせるチームマネジメントへの改革、生協らしい人間の組織としてのいきいきした職場を構築しない限り、商品の仕入れコスト削減優先の路線からは持続的な成長、強靭な生協づくりは生まれない。また、事業連合優先のロット重視のMDからは、地場の商工業者との連帯や信用関係の後退が必然でもある。かつて生協のPBを作っていた地場のメーカーは、生協に切られた取引関係をどのように感じているのか、産直農家からも同じような生協批判がよせられているのではないか。

   いわて生協はサンネット事業連帯を行ないながら、アイコープ商品の開発・普及・改善を組合員が中心になって展開し、その数は200アイテムを超えており地域の事業者との信頼関係は年々強化されている。また、産直や地産地消運動は年々強化され、協同組合間協同の実績や信頼関係も多面的に広がっている。

   店舗事業の損益悪化や組合員の利用低下、競合スーパーとの競争力の後退など、こうした「自立」を軽視した「連帯」強化路線がもたらした「負の作用力」も、勇気を持って「総括」することが求められる。生鮮・惣菜・産直などを飛躍的に強化するためには、「生き残りをかけた連帯・連合強化のベクトル」を転換し、単協の「自立」「主体性」を重視するベクトルに重点を置き、最も実力なる人材の配置や職人的技術者の育成、パート常勤者の主婦としての生活者感覚・いきいきとした働きが可能な「売り場から買う場」への転換、「組合員を顧客視する思想」との闘いなどがない限り、店舗事業の改革・赤字体質からの脱皮は難しいといえる。

    ― 組合員の力の総和こそ生協最大のエネルギー、「自覚的消費者」の養成こそ ―

       かつて「生協の事業力・経営力・運動力は組合員の意思と参加と活動、即ち組合員の力の総和である」という言葉が説得力を持つ時代があった。生協の強さや発展力はこうした自覚した組合員のいろんな思いや運動や活動への参加・参画、結集力などの総和であり、それを軽視してあれこれの資本主義経営企業の真似やテクニックに目を奪われると、時間の経過の中で墓穴を掘る危険性があるとよく言われたものである。また、かつて日本生協連会長は「事業は運動の具体化であり運動(理念)を実現するのが事業である」とも強調された。

    こうした先人たちの多くの困難を乗り越えた実践的な教訓は、今こそ謙虚にふり返ってみたい。この間、いろんな困難や課題を克服する上で、こうした「組合員力・組織力の質的強化」を優先した路線や政策はほとんど見られない。確かに、組合員のくらしや意識の変化は目覚しく、組合員の力・力の総和を引き上げる課題は「困難な課題」であることは確かである。しかし、いくら困難であろうとこの組合員の力の創造的構築を軽視して、強靭な生協・原則的で持続可能な運動・事業をつくり上げることは出来ない。まして、組合員を「顧客」として捉え「顧客満足度」などというフレーズが安易に使われる現在の生協に、組合員の自覚的な結集は不可能である。

    こうした組合員組織の創造的強化は、生協運動への理論的確信や戦略的位置づけ、また、常勤者の主体的関わりなど、あらゆるベクトルを統一的に政策化しなければならず、かつ一定の時間が必要である。したがって、中期計画や単年度、単月の経営予算必達のための「近視眼的トップ政策」では消化できないことも確かである。

    今日の巨大メーカーや商社が最大利潤を求めて寡占的支配力を発揮し、IT技術を駆使してコマーシャル・マーケティング技術で消費者を巻き込む商品経済社会で、組合員を「ものを買いそれを使う消費者」として捉える生協の視座こそ見直さなければならなくなっている。組合員は「生きる・働く・くらす」という生活者・人間であり、こうした「自覚ある消費者」を育て、その力で社会的役割を発揮する生協(内橋克人氏の生協論)こそ、われわれの立つ位置であり視座ではなかろうか。

    こうした点でも、私はこの10数年間「協同組合らしい生協の構築」、「福島総会結語などの歴史的文献・レイドロー報告・95年ICAメッセージなどの総学習運動」などを提唱してきた。新ビジョンにおいてこのことの重要性が指摘され、「新しい時代の要請に応え協同組合の役割を発揮すべきとき」と謳っていることに大いに賛同する。しかし、この視点での生協の総路線の見直しや組合員・常勤者の一大学習運動の提起がなく、「まくら言葉」に終わる危惧も禁じえない。

    生協は『教育に始まり教育に終わる』という名言もあるように、今日の時代において「教育広報の強化」というICA第5原則の実践こそ、今後の生協運動の命運を決めるという覚悟が求められているのではないだろうか。同様に第6原則(協同組合間協同)、第7原則(地域社会への配慮)も、新ビジョンの中にかつてないような形で強調されていることに賛同する。

      ― 岩手の生協路線=運動と事業の一体的展開、地域社会への役立ちこそ ―

       岩手の生協運動は、「レイドロー報告」で指摘されている「思想の危機」をたえず自覚し、「協同組合の価値」の普遍化、ICA原則の忠実な実践を心がけてきた。そして、「全国の生協の21世紀理念」を実現するためには、事業経営組織と社会運動組織とを一体的に捉えて(事業と運動の一体化)、とくに、組合員の「経済的・社会的・文化的ニーズと願い」を実現するため、90年代後半以降全国的に軽視されてきた「社会運動組織」としての生協を確実に発展させてきた。

  岩手の生協のスローガンは「地域に根ざし役立ち・地域から信用され・地域からサポートされる生協をめざして!」である。先述したアイコープ商品運動や産直・地産地消運動だけでなく、いのちの暮らし地域を守る運動、憲法を活かし九条・二十五条を守る運動、文化鑑賞会や映画の制作上映運動などの文化活動、環境や福祉住みよい地域づくり、など、いろんな分野でネットワークづくりを進め、県連などがその事務局機能を果たし、このスローガンに基づく実践を展開してきた。また、「信用生協」「宮古映画生協」などユニークな生協運動も展開している。

   小泉改革以降の10年余、「行き過ぎた規制緩和・自己責任論」やリーマンショックによる「新自由主義・市場競争原理の破綻」などが叫ばれ、「政権交代」もあり少しは社会の変化が期待されたが、菅内閣の最近の動向はこれまで以上の「財界・アメリカ言いなり政治」の色彩が強く、マスコミがこれを煽り「21世紀理念」で我われが掲げた社会の実現がますます困難な状況が憂慮される。最近、突然持ち出されたTPP問題も、アメリカのような国、社会にわが国を作り変える危険性をはらんでいる。

   新ビジョンに示された「人びとがつながり、笑顔があふれ、信頼が広がる新しい社会の実現」をめざすならば、どうしても「政治の革新」「共助よりも公助」「政治の信頼」が不可欠であることを避けて通るわけにはいかないのではないか。21世紀理念を掲げながら「ふだんのくらしに役立つ事業」に埋没して、理念とは「真逆」な社会に陥ったことを阻止する上で、社会運動組織として、全国2600万名組合員を抱えるわが国最大の市民組織として、いかなる役割を果たしたかを、今一度真剣に考えてみることを提唱したい。

   「政治・政党の機能低下」「官から民への流れと小さな政府」「財政危機を口実にした地方や社会的弱者の切り捨て」が進み、地域経済・社会の衰退と社会保障制度の崩壊など、「公」の責任と役割が今こそ求められるときはない。「共助」や国民の協同・連帯、地域での信頼や暮らしの助け合いの必要性を自覚して、その社会的実態を少しずつ構築していく生協の事業や運動は極めて価値のある取り組みとはいえ、最高法規「日本国憲法」に明示されている国の責任・義務を軽視するような社会的風潮に対する国民的運動の側に立った、生協のミッションを抜きにして、この新ビジョンは「幻に終わる」危険性を自認する必要がある。

 

     ―「言葉」としてのビジョンから「理念・道筋」が見えるビジョンへ ― 

 最後にいくつかの補足意見を列記する。

1)P5 「かつてなくきびしさを増す時代」の中で、なぜこうした社会状況に陥っているのか、その原因をもう少し掘り下げ、P6の「事業や活動(運動とすべきだが)を通じて、生協の強みを活かし、くらしに関わる課題に積極的に取り組んでいきます」をもっと前面に打ち出し、「21世紀理念と新ビジョンに基づく、みんなが願い協同組合の価値を実現する社会をめざす『運動組織』=『社会運動組織』であることを共有化すべきである。

2)P9「アクションプラン4・5が基盤」としているからには、これを1・2に繰り上げて、組合員の主体的取り組み、自立と連帯を強化することから導入すべきである。「ふだんのくらしに役立ち」から導入すると、経営・事業優先のこれまでの路線の延長線上になり、新しいビジョンとしての注目度が落ち、結果としてこれまでの仕事や活動を延長することが「新ビジョン」であるという理解になることを恐れる。

3)P13「収益性あるSMチェーンの確立」は、すでに詳しく述べたように、「事業連帯ベクトル」からの脱却、単協の「自立と責任」「組合員と常勤者の責任」「人材育成」「地域からサポートされる店舗」への道筋を明確にすべきではないか。そして、そのための連帯、商品だけでなく人事交流なども含めた連帯を打ち出す方がよい。とくに「組合員の力の総和」を高める戦略・戦術・戦闘にいのちを賭けるトップ集団の責任を明記すること。

4)P18「日本国憲法の基本原則(国民主権・平和主義・基本的人権など)を大切にしながら、地域で学ぶ場づくりを広げます。」に賛同しますが、もっと積極的な位置づけが望ましい。現在のわが国の閉塞状況や社会的弱者へのしわ寄せ、いろんな矛盾の最大の要因は、国の最高法規としての「憲法」が機能していないことである。これは長い間、「憲法改正を党是」とする政党の政権が続き、国民も「闘い取った憲法」とではないこともあり、憲法を十分に理解できず、これを活かした要求運動や大衆的闘いを十分構築できなかったからでもある。今日の社会的・政治的閉塞状況を打破するためには、国民が憲法を改めて学び活かす運動が、生協の21世紀理念を実現する上でも不可欠である。わが国最大の市民組織であり崇高な21世紀理念を持つ生協陣営が、この憲法の一大学習運動を展開する歴史的意義はきわめて大きい。

5)P22「さらなる連帯の推進と活動基盤の整備」の中で、これまで繰り返し述べてきた「自立と連帯」の価値や必要性を明示すべきである。私は生協の連帯はICA第6原則からも重要であり、組合員と単協の主体性と自立を確立し、その構築度合いと連帯の推進はコインの両面として計画的・戦略的に進めることを主張します。

   また、県域を越えた合併はその主体性と自立の下に単協が組合員の民主的合意を得て行なうこととはいえ、日本の生協運動や日生協の商品事業や運営にも多大の影響を与えることが明らかである以上、全国的な生協陣営のあるべき組織体制の中で、議論すべきと考えます。

 

   

 

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