コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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Bさんへの手紙

[吉永紀明]
 お元気ですか。今年は例年に比べて寒さが厳しく、岡山の県北では大雪となっています。
 オーストラリアやブラジルでは大洪水が発生して、多くの方が亡くなっています。ラニーニャ現象のようですが、本当に地球環境はおかしくなっているのではないでしょうか。
 6434人の犠牲者を出した、1995年の阪神大震災からこの1月17日で16年が経過しました。
 震災の前年の12月に生まれた私の孫も今高校1年生です。
 当時、娘夫婦は生まれたばかりの孫を連れて、芦屋のマンションに妻と一緒に生活していました。マンションは高層の21階でした。
 私は岡山にいましたが、当日、下からドンと突きあがり、そのあとグラグラと横に大きく揺れました。
 あわてて飛び起きて、窓を開けましたが、外は真っ暗でした。テレビをつけると、しばらくして地震速報が出ました。京都が震度5でした。岡山は震度4でした。兵庫は出ませんでした。

 揺れも収まったので、テレビをつけたまま、また布団にもぐりこみました。そのうち、神戸が大地震で多くの死者が出ていること、火災も発生していることばアナウンスされました。
 あわてて、芦屋に電話しましたが「只今混んでいて、つながりません。またおかけ直し下さい」の声が何回かかけなおしても繰り返されました。
 電話がつながったのは、その夜の11時頃でした。妻の公衆電話からでした。
 「全員無事。家の中はメチャクチャ。エレベーターもストップ。沢山の人が電話を待っているので、またかけます」と言って切れました。とりあえずほっとしました。

 500億円近い損害を出したコープこうべは「復旧ではなく、創造的復興をするんだ」として、見事に復興を成し遂げました。そして、そのときに「対策本部」とは別に「ボランティア本部」を設置しました。
 地元の組合員だけでなく、全国各地の生協からもおおくのボランティアの希望が寄せられていたからです。私も2回参加しました。
 この95年が「ボランティア元年」と言われるようになりました。
 その後各地で地震や洪水など災害が発生すると、全国各地から沢山のボランティアが支援に入るようになりました。
 中学校でもボランティア活動をすると、高校入試の内申書に書かれるようになったということです。
 先月行ったユニセフの「ハンド・イン・ハンド」でも地元の中学生が30人ほど参加しました。
 しかし、このハンド・イン・ハンドが何なのかを知らないで参加した人もいました。1時間そこにいれば参加したことになるとでも思っているのか、積極的に協力するという姿勢ではありませんでした。先生も途中で見えましたが、出席を取っただけで帰ってしまいました。学校側にも生徒側にも問題があるのではないかと思いました。
 参加するからには「これは何の目的があるのか」「誰のためにやるのか」「やったことがどんな効果をもたらすのか」など事前学習するとかで、理解を得て取り組むことが大切なのではないかと思うのですが・・・。

 2週間後に、妻と娘夫婦と孫の4人が大阪空港から高松空港に飛行機で到着しました。高松まで迎えに行きましたが、孫の顔を見てびっくりしました。風呂に入っていないこともあったのか、顔が真っ黒でした。

 英語の辞書を引くと「Volunteer」とは「病人の世話、点字、教育などいろいろな仕事をお金をもらわないでする人」となっています。
 ボランティアとは、本来はお金を支払うべき仕事をお金をもらわないでする人のことを言っていたのですが、現在のボランティアはもっと広い意味で使われているように思います。またボランティアとして取り組む範囲も、もっと広がっているのではないでしょうか。
 自然災害時の家や道路の後片付けや炊き出しの手伝い、さらに募金活動なんかも入ってきています。
 一人ではできないことを、多くの人が力を寄せることによって、大きな力を発揮するという、まさに共助の活動だと思います。

 震災から16年が経過しましたが、災害援護資金の返済が続いている人が1万人もいること、震災で身体障害を負った「震災障害者」の救済が十分に進んでいないこと、復興住宅の自治体借り上げの住宅は20年の入居期限があり、4年後には転居しなければならないこと、ただ入居している人の45%が65歳以上の高齢者となっていることなど、16年経ってもまだまだ震災の後遺症が残っていることをしっかりと見て行くことが大切になっています。

 マンションも被害を受けましたが、何とか修理して今も住んでいます。当時21階から下を見ると、海のほうから六甲山の方へ、地面に大きな亀裂が走っていました。この亀裂が、マンションの下だったら多分倒壊していたかもしれないと思うとゾーッとしました。

 寒さが一段と厳しくなっていますが、風邪などを引かぬように元気でお過ごし下さい。
 またお便りします。

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