コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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日本の生協の2020年ビジョン(第1次案)へのいくつかの感想と提言

[加藤善正]
みなさま、新年明けましておめでとう御座います。ここ盛岡は12月の3度の大雪のひどさは、私の50年間住んでいる中で初めての経験でした。老体に鞭打っての除雪は厳しいものがあり、将来に不安を感じる大雪で新年を迎えました。
さて、「2020年ビジョン」に対する率直な意見交換や評価、具体的提言などは、このブログを視ている後輩のためにも必要なことと考え、以下、いくつかの感想や提言を試みたいと思います。
 

 (感想)
① 検討委員会の様々な立場の意見や外部有識者の提起、各地の会員論議での意見を文書に集約しまとめたものだけに、第1次案を読んでの率直な感想は「書かれている言葉」と「その意味するもの・状況」が曖昧なままに記述されており、「考え方」「視座」「理念」「決意」「プロセス」などが良くわからないというものでした。いろいろ書いているが生協運動としての「意思・覚悟・決意・方向性」が良くわからない、結局多くの生協の常勤役職員や中心的な組合員リーダーは、「いままでの課題を一生懸命にやるしかない」ということになるのではないか、「総括・反省・ギアチェンジ・発想の転換」などにたどり着けないままに、このビジョン論議が終わるのではないか、ということが危惧されます。

② 「いまなぜビジョンなのか」の情勢分析や生協事業の分析に関して、「現象」が羅列されていますがこうしたいわば「厳しい状況」の原因や本質、因果関係(原因と結果)がほとんど掘り下げられていないために、これからの「ビジョン」においてこうした状況・課題の「問題解決」の方向が見えてこないという感想です。たとえば、「08年の世界的な経済危機は、利益追求型の市場競争原理主義の歪みや矛盾を露呈しました。日本社会でも、格差や貧困が広がり、自立すら難しい人びとが増え、共助、協同なくしてはくらしが成り立たない状況が広がっています。」という記述も、極めて表面的・一面的見方であり、こうしたつくられた社会的・経済的弱者が、憲法で明記されている国や行政の責任・義務を曖昧にしたまま、「共助・協同」で解決出来るかのようなとらえ方は、そのことの大切さを強調したいとはいえ極めて空想的な問題の認識です。また、生協の今日的危機的状況に対しても、かつての発展した70~80年代との違いを「社会的条件」が失われたことに求めるのであれば、「主体的な生協陣営の弱点・課題」が曖昧になり、店舗事業の展望が曖昧ままのビジョンになってしまうのも、「むべなるかな」と感じます。昨年は「レイドロー報告30年」であったことからも、彼の厳しい指摘、とりわけ「思想の危機」を掘り下げずして、「家族主義・地域のつながり・福祉国家」などの社会的条件に求めることすら、「思想の危機」の深刻さを示しているというのが率直な感想です。こうした「社会的条件」の変化は指摘するにしても、もう一度こうした「社会的条件」を再構築するための課題が、「2020年ビジョン」そのものとして位置づけられるべきではないでしょうか。

③ 「ビジョン」を「10年後のありたい姿」としてよく言えば主体的に描いていますが、組合員といっても、地域社会の中でくらし生活しており、地域住民であり働く職場(第1~第3次産業)とその収入で労働再生産のための購買を行なっており、家族(子供や大人、高齢者)の一人ひとりも社会の一員としての繋がりの中でこれから生きていくという「事実」を基本に捉えるべきです(内橋克人氏の提唱する『生きる・働く・暮らす』の日常的統合視座)。いわば生協の外側、「社会が求め期待する生協の姿」を明らかにして、そのような生協の「運動と事業」をいかにして「構築・創造」していくかが、求められる「ビジョン」ではないでしょうか。たとえば、すでに地域社会で大きな組織・事業となっている(損益的にはまだ弱点が多いが)生協が、人口減少・購買力減少・競争激化の地域社会(大都市以外)において、住民過半数を組織して事業連合で規模拡大を進めるときに、地域社会の人びと、とりわけ商工事業やそこで働く人びと、事業連合への結集の結果次々取引を切られる地場の事業者は、真に生協に対して「つながり・笑顔・信頼」を寄せる事が可能というのも、私は自己矛盾の論理に陥っているという感想さえもつのです。

(提言)
① 「ビジョンをひとことでいえば」として3案が提起されていますが、私は次のように提言します。
 「地域に根ざし役立ち・信用され・サポートされる生協の運動と事業をめざします」
新しい時代は協同組合としての理念・ロマン・価値とその共有化が求められます。特に地域社会・経済の厳しい変化の中で小さくても新しい協同の実践がたくさんつくられ、それらの連帯・提携・協働が大切です。みんなでここまでつくり育ててきた生協運動への期待が膨らんでいます。「生きる・働く・暮らす」をひとつに結びつけながら、地域に貢献し新しい時代の生協の運動と事業を地域の人びとと共に発展させましょう。
 日本生協連はここ15年ぐらい生協の「運動」という表現を遺棄し、「活動」と言い換えてきました。しかし、ICAの協同組合の「価値」にもあるように、この大転換期においては「創業者の伝統を受け継ぐ」ことが必要です。そもそも「運動」とは「目標・目的・めざすもの」を達成するために、みんなが力を合わせて活動することです。「情勢分析」の中で述べられているような大変な時代において、このビジョンに基づくあるべき社会・あるべき生協を少しでも実現するために、この2020年ビジョンの確定にあたり、再び「運動と事業」の一体的展開に「転換」したいものです。

② 事業連合一辺倒の路線を改めて、「単位生協の主体確立と建設的事業連帯」の方向性を提示すべきです。事業連合への一体化、MD機能の結集、コスト削減が進む中で参加生協の現場で起こっている「現象・現実」をいまこそ直視すべきではないでしょうか。店舗事業に対する組合員の支持は「生鮮4部門(青・魚・肉・惣菜)」の力によって一番左右されます。ところで、この4部門の魅力はなんといっても「地元の食習慣に根ざした地場商品の品揃えと鮮度、職員のサービスと提案」が不可欠です。これが強化され続けている店舗や企業は、競争上も優位に位置し、若干コストがかかっても損益を維持し成長しています(大手のスーパーもローカルスーパーも生協の路線とは反対に地域密着を基本戦略にしています)。ところが事業連合への結集が基本的ベクトルになった生協では、この4部門のMDを継続的に改善し積み上げる課題が、どうしても「後景」に追いやられ優秀な人材確保や育成に対するトップ政策が掛け声に終わる危険性がいつもあります。店舗だけでなく共同購入のMDも同じことが言えるでしょう。また、組合員の参加や生協は自分たちのものという「意識・自覚」も、自ら参加してつくった(PB)商品、生鮮や日配商品の開発・改良・普及への活動の中からつくられることが一番です。こうした商品を組合員と共に開発・管理するためには、優秀でかなりベテランの職員が必要です。事業連合への結集を優先させるベクトルからはこうした会員生協の「主体性」を確立することは難しいといえるでしょう。事業経営は人財であり、コストがかかっても組合員の利用結集、競争店より優れたサービスと商品力で供給高・GP高を拡大・維持することこそ基本です。現場のコスト削減第1主義は「縮小再生産」「競争力低下」「組合員離れ」「職員のモチベーションの低下」と同意語といえるでしょう。産直運動の強化・地産地消の強化も会員生協の主体性の中で強化するのが基本です。勿論、こうしたベースの上に事業連合でのより大きな産地との取り組みも大切ですが、ややもすると大スーパーの「取り引き」に変質することが危惧されます。こうした事業連合への商品結集は、これまでの単協PBや地域の中小零細事業者との関係を壊し、生協が地域からサポートされるような状況を弱めます。
 したがって、あくまで生協の主体は組合員であり単位生協であり、その生協が地域社会に根ざし役立ち・信用され・サポートされるような状況をつくる課題が、新しい時代の生協運動の戦略課題にならなければなりません。そして、その主体をより強化するために事業連合があり、事業連合はこの主体を弱めるような位置づけは、長期的に、理論的に厳しい総括が必要でしょう。目先の3~5年の損益改善だけでこの戦略的課題を位置づけるような政策は正しくありません。
 この私の理論と実践は、いわて生協とサンネット事業連合との関係で貫かれており、いわて生協のPBは170アイテムになっております。私は現役を辞するまでの10年以上は、店舗事業の黒字を維持し、この路線を推進してきました。現在は競争条件やS&Bでのコストアップで若干損益を崩していますが、やがて回復ものと売り場の現状、働く人びとの表情から感じております。

③ 新しい時代における生協運動の社会的役割やミッションを、「ふだんのくらしに役立つ商品供給事業」と政治や社会改革に直接関係しない「活動」に偏重する必要性がどこにあるのでしょうか。先にも述べた「生きる・働く・暮らす」人間としての組合員や地域の人びとの「経済的・社会的・文化的な願いとニーズ」を組合員自身の運動とその自覚的利用結集力で経営を維持する生協が、私企業の大スーパーと同じ「領域」でしか発想できない傾向をいかに脱却することが出来るか、これが2020年ビジョンの最大の課題ではないでしょうか。そして自覚的な組合員はそのことを願っており、生活が苦しいとはいえ一部買い物難民といわれる地域は除いて、完全な「オバーストアー」時代において、また、過食と肥満、食品廃棄、浪費社会において、「経済的利益・売り上げ至上主義・顧客満足」よりも、社会的・文化的願いとニーズにもっと目をむけ、これら課題を地域の諸組織や運動、行政などと力を合わせて取り組む「運動」こそ、新しい時代の生協のミッションではないでしょうか。

とりあえず、私の問題意識を書きましたが、是非多くの皆さんのご意見の開陳、ご批判をお願いします。

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コメント


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私は、ある地方で生協の仕事に携わっているものです。日生協の2020年ビジョンに対する見解を興味深く拝読いたしました。厳しい経営状況にさらされ続けている生協ですが、そういう中で事業連合の動きを強めることが、果たして正しいのかどうかは今の私にはわかりません。しかし、そのこと以上に新卒の頃には見えていたはずの“なぜ私は生協で働いているのか?”が、今の私にはもう見えなくなってしまいました。その理由は、生協の経営理念、生協運動の理念、現在の経営トップの経営哲学への不信(そもそも哲学があるのかどうかも怪しい)にあると感じています。そのことはまさに加藤様が指摘されていることに通ずるなぁと思った次第であります。私は、今「日本で一番大切にしたい会社」という本を読み、その作者である坂本教授の推奨する“理念経営”という考え方に共感を覚えております。理念だけは立派な生協ですが、その実が伴わない実態は何なんだろうと日々悩ましいわけであります。20年ビジョンの論議には、私自身も積極的にかかわっていきたいと考えております。これからも鋭いご指摘、ご指南をお願いいたします。

ガンバれファジアーノ! | URL | 2011年01月07日(Fri)18:08 [EDIT]


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| | 2011年01月24日(Mon)11:53 [EDIT]


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