コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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なぜ「3生協合併」に賛成しないか      ~その5

5、巨大化に対応するガバナンスとマネジメントの飛躍は可能か?
①生協のガバナンスはまだ不十分、不徹底
《ガバナンス(企業統治)とは》
 「ガバナンス」とは、日本語では「統治」と訳していますので、トップマネジメント(経営者)による企業統治のことを意味するように受け止められがちですが、現代の経営用語としては「組織・共同体が自らを健全に統治すること。法令を遵守し、円滑に業務を進めるメカニズムを組織の中に確立すること。不祥事を起こさない組織作り。」など、トップマネジメントへの監視の意味を含んで使われています。
 欧米では、企業の巨大化、社会的責任の増大の下で、企業はどう統治されるべきか、経営者の重大な失敗や専横、腐敗、不祥事などを防止するため、株主による経営監視の仕組みをどう確立するかという問題として80年代から検討され、90年代に制度的確立が進められてきました。
 2002年に刊行された「コーポレート・ガバナンス」(田村達也著、中公新書)によれば 日本では、欧米に比べて、一般企業でもガバナンスの確立が遅れていると言われています。

 80年代の日本では、メインバンクが取引先企業を監視、企業グループ内の企業同士が相互に監視、行政指導の形で行政が企業の監視、などがまだ機能していた中で、日本的経営に自信持っていた経営者たちの反発もあり、株主による監視としてのガバナンスの検討は立ち遅れていました。90年代に入って上記三つのような監視が機能不全になってきたこと、また、海外の投資家からの批判など外圧もあって、2000年代になってから確立を図る企業が広がってきているものの、まだ十分とはいえない状態と思われます。

《生協のガバナンスの検討の経過》
 生協のガバナンスのあり方については、90年代後半、コープさっぽろはじめ北海道の3生協の経営破綻、大阪いずみ市民生協のトップの不祥事などを契機として検討が始まり、生協法改正要求の内容検討の中でも一定に議論され、さらにギョーザ事件が発生してから、日本生協連、事業連合、会員生協が連携を強めて、商品問題での失敗を防止できる仕組みづくりを進めてきたところですが、つい最近も、ユーコープ事業連合グループの二つの生協でトンカツでの不祥事が起きており、まだまだガバナンスの確立に向けた取り組みは不十分、不徹底な状態のように感じられます。
 日本の生協は、組合員からの出資金が多く、銀行からの借入金に頼ることが少ないため、銀行が監視機能を果たすことはほとんどありませんし、行政指導も国(厚生労働省)から都道府県の消費者行政に委託されていますので、指導体制も限られており、大規模生協の経営への監視機能を果たせるとは考えられません。 結局、連合会及び会員生協相互の監視の役割が重要ということですし、何よりも、各生協の理事会と監事会が公認会計士はじめ経営の経験者などの力も借りながら、十分な監視機能を整えることが大切になっています。
 一般の企業と違い、生協においては、組合員は単なる出資者ではなく、利用者でもあり、運営に参加する主体者でもありますので、生協においては、一般の企業以上に重く捉えて組合員によるガバナンスの確立に努める必要があると思われます。 
 生協が発展し、事業規模も大きくなり、さらに事業連合に事業を委託する部分が増えてきているなど複雑化が進んでいますので、事業経営や、社会的諸関係への対応などの経験が不足がちな組合員理事・監事を補完する機能の強化が大事になってきており、この間、各生協では、学識経験者理事・監事の増員、常勤監事の配置、公認会計士による監査の実施などが進められていますが、十分に監視機能が確立しているといえるかどうか、更なる検討が必要な状況と思われます。

《コープネット3生協が言う「ガバナンスの二重性、三重性」というのは?》
 コープネットグループの首都圏3生協が「組織統合を選択肢の一つとして協同のあり方を検討」している中で、「事業連合では困難」という理由として、「ガバナンスの二重性・三重性」が問題の焦点とされているようです。
 その意味は、会員生協それぞれと事業連合に理事会があり、それぞれから常勤トップが出てきて集まって協議するだけではなく、投資その他重要な案件に付いては持ち帰ってそれぞれの理事会で承認を得なければ決められないことがあり、意思決定のためにそれなりのエネルギーが必要で、時間もかかることを指しているように思われます。
 そうだとすれば、そこで言われている「ガバナンス」の意味するところは、現代の経営用語として使われている「ガバナンス」の意味とはいささか違っているように感じます。
 冒頭の《ガバナンスとは?》でも紹介した通り、現代のガバナンスの本来の意味は、単に理事会のことではありませんし、ましてや常勤トップのことではありません。
 もともと事業連合は会員生協それぞれが独立していることを前提に協同組織を作り、委託・受託の関係で事業を共同化し、責任を分担し合う組織であり、単一の生協に比べて意思統一に時間がかかるのは当然のことであり、それが問題だということであれば、事業連合という連帯のあり方を全面的に否定することになってしまいます。
理事会承認が必要な事項はそれほど多いわけではないはずなのに、現状で意思統一にあまりにも時間がかかっているとすれば、その原因をもっと具体的に究明すべきです。
 原因としては、㋑組織構造を複雑にしている、㋺事業連合では無理なことをあえてやろうとしている、㋩会員と事業連合事務局との間に意見の違いがある、㊁会員相互、あるいは、会員と事業連合事務局との信頼関係が足りない、㋭事業連合事務局の調整能力やリーダーシップが足りない、などが考えられます。
 ㋑について、コープネットでは、首都圏3生協と残りの5生協に区分して会議を持っており、コープネットと3生協だけでは決められず、5生協も含めてコープネットと8生協でもう一度同じことを意思統一しなければならないということから、「二重性、三重性」とされているのかもしれませんが、それは3生協が望んで作った構造のはずであり、5生協でも機能統合が進んで来ているようですから、見直すことも可能ではないのかと思われます。
 ㋺については前回も指摘した点ですが、会員生協のトップマネジメント機能をサポートする事業の運営指導機能をコープネットへ集約していることに関連して起きているマネジメントの二元性から来ている問題です。責任区分が明確にできず、事業成果も上げにくく、利害相反も生じやすいため、調整は当然大変なはずです。
 ㋩、㊁、㋭に関わることは、常勤トップ同士で議論を深めたり、事業連合が力を付けることで解決すべき事柄であり、ガバナンスのせいにしていて良いことではありません。
 事業連合の運営の中で解決困難になっている問題を、合併することで決着付けようということは、乱暴であり、真の問題解決にはならないものと思います。

《巨大化は組合員によるガバナンスを困難にする恐れ》
 3生協がもし合併するとなれば、日本では最大規模の生協となります。
 事業高ではコープこうべでほぼ匹敵する前例がありますが、組合員数255万人、しかも1都2県にまたがる広域でということは日本の生協ではこれまでに経験したことのない巨大な規模です。
 そうした広域で大規模の生協でどのようにすれば十分なガバナンスが可能なのか、もし合併を検討する場合は、最重要の検討課題と思われます。
 理事会や監事会はどのような構成にするのか、その中でガバナンスの確立をどう担保するのか、実際にガバナンスの主体として参画する人の立場で、その立場の人(組合員理事や、学識経験者理事)自身が自分の問題として検討してみることが必要と思われます。
 事業経営についてはアマチュアであり、ボランティア参加である組合員理事にとっては、規模が大きくなり、活動区域が広くなるほど監視機能を果たすことが難しくなります。それをサポートする学識経験者理事にしても、監事にしても、よほどの人材を見つけ出すことができなければ、これまでのような役割を担うことは困難になるものと思われます。
 巨大化は、組合員によるガバナンスを飛躍させるどころか、これまでよりも困難にし、相対的に弱めてしまう恐れがあり、結果として、意図するとしないに関わらず、常勤理事の権限と責任を飛躍的に強めることになることが予想されます。
 問題は、それで本当に21世紀の生協の理念「自立した市民の協同の力で 人間らしいくらしの創造と 持続可能な社会の実現を」が達成できるのだろうか、ということです。
 組合員によるガバナンスが弱まっても組合員からの信頼と支持を高めることが可能なのか、常勤役員集団が請負って強力なチェーンストアとの同質的競争に突き進んで行くことで、本当に事業経営を守り、社会的役割発揮を高めることが可能なのか、という問題です。
慎重に検討を深め、この問題への回答を検証することが求められると思います。

②マネジメント力への懸念
《新店舗の失敗に観られる店舗事業への力量不足》
 ギョウーザ事件や不況、デフレなどの困難が続いていることは確かですし、競合が一段と激しくなっていることも困難さを加えていると思いますが、それだけではなく、主体的な力不足があること、失敗があったことも真摯に見詰めるべきことと思われます。
 特に危惧を強く感じるのは、ここ数年で10店舗ほど作られた新店舗が、1~2を除いては大幅に計画倒れで大きな赤字となっていると聞いていることです。
 競合が激しくなることは十分予想可能なことであったはずであり、店舗事業に関わるほとんどの機能を受託しているコープネット事業連合事務局の総合的力量が不足していることを感じざるを得ません。
 3生協が合併しても、力量が飛躍的に強まるとは信じられませんし、もし、合併を進めて、後のことは後輩に託すということなら、それも責任ある態度とは思えず、それこそガバナンスの視点で捉えれば大問題です。

《これまでの成功体験の限界性》
 コープとうきょうがコープネット連帯に参加して10年ほど過ぎたわけですが、この間の様子を見聞きしていると、コープネットの理事長、専務理事はじめ担当の役員まで、店舗に関わる常勤トップ集団の主軸はコープとうきょう出身者が揃って担う体制になっており、コープとうきょう主導というか、請負い的傾向が強まっているように思われます。
 これまで東京で成功を重ねてきた体験をコープネット会員の全域に広げようと懸命に機能統合を進めてきたものの、どうも壁にぶつかっているのが現状のように感じます。
 東京は圧倒的に人口密度が高く、地価も高く、これまではスーパーマーケットとの競合が限定的だったわけで、本部統制型、上意下達の組織運営で成功してきたのでしょうが、埼玉や千葉で同じやり方で進めようとしても無理があり、変化の速さや競合への機敏な対応ができない、という現実に直面してきているのではないでしょうか。
 これまでの成功体験の限界性を自覚し、抜本的に考えを改め、変化と競争に対応できるようなマネジメントを身に付けなければ、3生協、さらには8生協での店舗事業の成功は難しいのではないかと思われます。

《一人のトップへの集中志向はリスクも大》
 昨秋ヨーロッパの生協視察に出かけたトップたちの頭には、国内小売シェアNO1となって成功しているイタリアの生協が、9つの拠点生協をさらに3つに合併することを検討しており、そうすることで意思決定のスピードを速め、変化や競争への対応力を強めることが必要だと語っていたことが印象に残っており、コープネット3生協の合併を進めることを急ぐ論拠になっているのではないかと推測しています。
 イタリアの9つの拠点生協が本当にこぞって合併推進に賛同しているのかについても、一つの生協で聞いた話だけではなくもっと確かめるべきと思いますし、イタリアの生協では店舗事業での成功体験が積み重ねられてきていますので、事業戦略についてはトップ間の共通認識が深いと考えられること、競争相手に打ち勝ってきた実績はマネジメントレベルも高いことを示しており、合併によるリスクが少ないと考えられることなど、日本の生協とは事情が大きく違う中での議論であることを見詰めるべきと思います。
 コープネットの3生協は組合員からの出資金に大きく依存しており、組合員の生協離れが進んでいくことになれば資金的にも大変なことになると思われること、SM店舗事業での成功体験が少なく、店舗事事業を成功させることができると信じるに足る実績をあげているわけではないこと、巨大化した生協をマネジメントできる人材が育っているようには見受けられないこと、などなど、イタリアの生協とは大きな違いがあり、3生協を合併して一人のトップに絞ってしまうことのリスクはイタリアよりもはるかに大きいわけで、失敗の可能性が大きいと懸念せざるを得ません。
 今は合併の検討どころではなく、まずは経営の建て直しにそれぞれのトップが全力をあげ、とりわけ店舗事業の赤字克服を実現することに全力をあげるべきときです。
 その成功の見込みも立っていない状況では、合併を検討する資格はないと考えるのが常識ではないでしょうか。
  
 5回に亘って3生協合併に賛成できない理由を述べてきました。 いったんこれで締めくくりとしますが、今後も引き続き「検討」を見守り、また気がついた点は随時意見を述べて行きたいと思っています。

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