コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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事業連合・合併問題に関する私見・その2

[加藤善正]
最近の新聞などで、県域を越えた生協合併(事業連合も含む)がたびたび登場し、組合員や役職員の民主的な論議や検討が無いまま、既成事実化することは極めて憂慮される。これら報道は、県内の生協がこれまでの歴史的背景や協同組合としてあまり重要な問題でない事由によって、独自の運営を続けてきた生協がより組合員や地域社会の要請に基づいて「小異を捨てて大同につく」形の合併と、大型生協が規模拡大による生き残り戦略としての県域を越えた合併とを同じ次元で報道しているのは間違っている。
さて、こうした県域を越えた大型合併や事業連合の合併、それを推進する日本生協連などのリーダーなどの思考と論理は、ここ10数年にわたる日本生協連の路線転換(変質)を背景にしているだけに、我々のこのブログでの意見交換や問題提をきっかけにしつつも、もっと組織的な対応、たとえばOBだけでなく現役の役職員にも呼びかけた「有志懇談会」などの開催、全国の生協組合員へのアピールなど、大いなる議論・民主的論議を行なうことが求められるのではないか。そこで、この間、主として私と日本生協連との議論(私の批判が主で、常勤役員は真正面に答弁しないが)を中心に、その変質の経緯・歴史的背景を述べてみる。

第1は、80年代後半の自民党からの不当な「生協規制」に対して、組合員を中心とした反撃をしつつも結果的に「政府への批判・大衆運動の自己規制」が始まった。その後、組合員の学習と話し合いをもとにした切実な要求運動・大衆運動が後退し、「反対からオルタナティブへ」という路線が定着した。

第2は、70年~80年代の日本の生協の飛躍的発展、「日本型生協」と国際的にも高く評価された「運動と事業の一体的展開」を総括し、全国的な論議で確定した「90年代構想・第5次中計」を、95年以降「90年代後半の課題と目標」に転換した(斉藤氏が中心になってまとめた「現代日本生協運動史」にも、なぜかこの転換の背景や内容はあまり記述していない)。この「構想」と「課題と目標」は大きな違いがあり、路線上の大転換であったにもかかわらず、あまりその内容は知られていない。そして、21世紀ビジョン研究会(私もサンネット理事長として参加し激しく議論した)における「グローバリゼーション礼賛」「競争原理・規制緩和・構造改革への支持」が推進され、第7次中計(初めての5カ年計画)における「生協SSMチェーン構想」、事業連合結成と機能統合、「共同仕入れから卸への日生協」が推進された。また、このビジョン論議では「運動」という言葉さえ禁句になり、「活動」という言葉に統一され今日に至っている(今日総代会の議案書で「事業と活動」という表現を使う生協が大半で「運動と事業」という生協はわずかである)。第3はこの第7次中計に基づく大きな生協の経営危機が惹起し、事実上7次中計は雲散霧消したが、その総括をほとんどしないまま「緊急避難」として、経営構造改革・リストラと不採算部門の閉鎖・アウトソーシングなどを基調とした「第8次中計」が決まった。この頃の大きな路線転換は、日本型生協として飛躍的発展を遂げた「組合員主体の運営・組合員に依拠した事業展開を高く謳った「福島総会結語」を軽視し、ペガサス理論の導入・流通業界の一員としての生協・組合員・消費者の「購買」に対する最大貢献、「社会的・文化的ニーズと願い」の軽視、などが際立つ。そして、こうした変質を礼賛する「転換期情勢論」などが持て囃された(この頃からトップ層のゴルフ熱が盛んになる)。第4は、8次中計・9次中計(2010年ビジョン)・10次中計へと続く「事業経営偏重路線」の中で、「協同組合組織としての生協」の特色が薄れ、「消費者組織としての生協」が強調された。1992年のICA東京大会での「協同組合の基本的価値」論議や、19995年の「ICA声明」に基づく「定義・価値・原則」などを今こそ忠実に実践すること、そのための「全国的学習運動」などの私の提案を拒否続けた日本生協連常勤役員の意図はどこにあったのか。30年前、レイドロー報告で強く指摘されている「協同組合の思想の危機」は確実に進んでおり、コープ出版での「レイドロー報告」の復刊・増刷の要請に対しても応じない状況は、「自覚症状」の証か。私はICA原則のうち、特に現在のわが国生協の状況からして、第5原則=組合員教育、第6原則=協同組合間協同、第7原則=地域社会への貢献、を厳しい現状分析の上に、すべての生協が理論上・実践上の「厳則」として取り組むべきことを強調してきたが、こうした意見は排除され続けた。第5は、事業連合への機能統合・合同化が進み、日生協COOP商品への統合が急速に進む中で、単位生協の人材が枯渇し組合員からは当事者能力の弱体化が指摘され、組合員の意識の上では「生協が遠くに行った」「今の生協は私たちがつくった私たちの生協とは感じれない」という声が充満している。あくまで加盟生協とその組合員が主体であり、主体に貢献するための「機能的部分連合」を原則に結成されたサンネットも、事業連合の都合や便利さ・効率が前面にでる場面を見聞きする。こうして、単協PBがほとんど姿を消し地元生産者・事業者との提携・連帯が希薄になり、地域社会の変化やニーズに鈍感な生協が多くなっているのではないか。第6は、毒入り餃子事件に見られる「安ければ産地は問わない」という食料・農業に関する基本的政策の破綻である。先述した21世紀ビジョン研究会での「グローバリゼーションが進み、そのメリットを商品として組合員に還元するのが今後の生協の基本程課題である」という路線の結果が餃子事件の背景であることは明らかである。2005年の「日本農業への提言」は財界と小泉農政を賛美し支持する内容であり、私は真正面から反対した。今度の「提言」では、前回の理論的総括も無く全国的な論議を一定反映したものになったが、民主的運営の成果としてあらゆる場面で教訓にしてほしいものである。なお、現在進んでいる生協の新しい産直や農業参入に関しても、組合員の望む「日本農業を守る」という視点よりも、巨大スーパーとの競争戦略上、優良産地の囲い込み、MD戦略上の課題としての位置づけが見え隠れする。第7は、第10次中計・09年度総括における厳しい結果に対する評価は、数値的分析や消費不況など、表面的総括にとどまっている。しかし、先にも見たとおり、現在の生協の組織的弱点(事業連帯組織の弱点、組合員組織・組合員意識の後退、役職員の協同組合運動への理解と確信の揺らぎ・人材育成の偏在など)、協同組合運動としての原則的弱点を掘り下げなければならない。第8は、生協法改正問題である。私はこの法改正がアメリカと日本の保険資本が要求している日本の共済つぶしの一環として、生協共済規制をもくろむ厚生労働省と県域を越えた大型合併をもくろむ日生協と大生協の思惑がもたらしたものと、はじめから危険視していた。本来、自主性・自律性をを特色に民主的に運営する生協を、「消費者・加入者保護」「規模に見合った社会的責任」「営利目的の会社・企業と同列視する」いわば、国家による規制に自ら進んではまり込む路線を危惧していた。逆に言えば、今日の生協の実態がこうした企業の事業実態と同一視される状況を自ら作り出していることへの反省や評価は、まったく無いままの展開であった。

事業連合組織とその機能のあり方、極めて一部の組合員の理解と参加で進む合併への賛否、出資金に対する組合員合意のあり方(田辺氏の意見に賛成)、など、これkらもっと自分の見解を述べる機会を持ちたい。斉藤氏の「拠点生協・異端生協の都道府県内合併や事業連合会の協同・合併に対しても、基本的には賛成するが組合員・常勤役職員の人間としての「思いや情熱・エネルギー」が、生協運動前進の最大の力だとすれば、果たしてそのエネルギーが高まるかは簡単には判断できない。こうした点での論議を含めて、「有志懇談会」の開催を成功させ、より本質的な論議を深めたいと、事業連合会のままでよいか大型合併が必要か、という経営戦略上の問題に矮小化することは危険である。協同組合理論やICAの論議、新自由主義・金融資本主義・市場原理主義の破綻という「現代的危機と協同組合運動の役割」に関する理論的ものさし、組合員の現実の「経済的・社会的・文化的ニーズと願い」「くらしの基盤である地域社会・地域経済」を「視座」にした本質的論議が不可欠である。これまでの日本の生協運動に自覚的責任をもってきた我々OBと、将来の生協運動に責任をもつ人々が、真正面から闊達な論議をする場が無ければ、「上意下達」的進行が極めて悲劇的な結果を生むことにこころが痛む。

 

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