コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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続き  焼津市でのビキニデーに行ってきました。

「晴3」
続き

会場を埋め尽くす全体会や分散会

28日 と1日のビキニデーには全国から多くの方が集まり会場を埋め尽くす全体会や分散会が行われました。私は3分間ですが求められて全体会で発言しました。 以下私が出会った心に残る発言をメモから幾つか拾ってランダムに紹介しましょう。 
         
アバカさん(マーシャル、ロングラップ島からこられた島民)
1954.3.11、島の上に、ヤシの実や、バンの樹の上や、野菜の上や水の上に雪が降った。
しばらくしてみんな枯れていった。子供たちは雪のようにして遊んだ。口でなめもした。水も飲んだ。空気も吸った。2日後に避難命令が出され島を離れた。米軍基地に収容された。マーシャル諸島の島民の多くは置き去りにされた。聞いてさえもらえなかった。多くの人が苦しんで死んでいった。日本で闘っている人を知り、こうして会うことができて日本は希望となった。

マーシャル島で被爆した島民は爆心地(クレーター)から600km、何と広島で落ちた水爆が千葉県民の頭上に死の灰を降らせたと同じことである。島民への災害保障はない。裁判に訴えている。アメリカ人はマーシャル島で被爆の事実を殆んど知らないという。知らされてもいない。広島、長崎のビキニの被爆体験国の私たち日本人も殆んど知らない。
 彼女の父はロングラップ島の議員だった。日本に来て”助けてください”と訴えた。この声を聞いて運動に加わった日本人もこの会場に来ていた。)


紙芝居を作った身延山高校 佐治さん。
北は礼文島から沖縄の波照間まで250回 幼稚園児から98歳のおばあちゃんまで

 私は小学校6年のとき「禎子」の話を聞きました。私は身延山高校で青少年赤十字ボランティア活動をしている中で、たくさんの子供に禎子さんの平和の祈りを伝えたいと思い、紙芝居を作り、保育園園児から98歳のおばあちゃんまで、北は礼文島から沖縄の波照間まで250回、紙芝居をしてきました。広島の平和公園では聞こうが聞かれまいが11年間やってきました。中国やテニアン・サイバー島にも行こうと思います。
アメリカはイラクから撤退しない。アフガンからもしない。私はオバマ大頭領に正義の心をよみがえらせたい。だからニューヨークに行きます
 私たちは戦争を知らないからこそ、今を生きるものとして、被爆者の心を受け止めて伝える責任があると思います。折鶴の心を持って殺人兵器に立ち向かいます。
一人の命を尊重することほど、すばらしいことはありません。お互いに思いやりを認め合うことを「折鶴」にこめて訴えていこうと思います。(会場全体を包む拍手が続いた。私は必死にメモを取ったが途中欠けています。多くのひとたちに聞かせたいと思いました。上田さんから彼女の絵本をいただきました。)

大石又七さん(福竜丸船員 昨12月四街道で講演された。)の全体会でのうったえ (広島県の1000倍の威力を持つ)水爆実験による放射線を頭の上に、毛の中に降り注いだ。放射能は骨に蓄積していった。・・・保障はなく、保険もおりず、ただ差別だけ残った。多くの被爆諸氏は沈黙することが唯一の選択になった。私も焼津を離れ、わが子の死産のショック、がん手術もしたが被爆者だということを約20年隠し続けた、しかし、沈黙を強いられ苦悶の中で一人欠け、二人欠け、三人欠けていく中で無駄死にさせてはならないという内側からの声に押されて明らかにした。調べるうちに私をはじめ被爆者にこれまで言われていることがうそであることがわかった。本は4冊になった。もうまっぴら、再びあってはならない。戦争さえなかったら原爆投下はなかった。戦争につながるものはなくそう。自衛隊は世界への災害救助隊に変える。全世界に貢献し日本が尊敬される道はこれだと思う。
(来日しているNPT ニューヨーク行動の全体責任者のジョセフ、ガーソンさんは大石又七の功績をたたえていました。四街道で40冊売れた大石さんの本は英訳されています)

結論
いまだ世界と日本の多くの人々は  核兵器がもたらすむごさ 恐ろしさから目隠しされ
実相を知らないままに核被害は風化しようとしている。この先に何が待っているのか背筋に寒さが走る。しかし人間ならひとたび知ることによって核廃絶の願いを強く持つことも事実。
「水爆に福竜丸が盾となり」(小林修 視覚障害者、四街道 )、ことも可能だった。解決を阻む唯一の障害はブラインドであろう。イラク。アフガン。マーシャル、原水爆の実相がアメリカ人に(日本人にも)目隠しされていることだ。5月のニューヨーク行動を転機にしたいものである。
私が住む市で 全世帯数の署名を取ろうといま必死に取り組んでいる。3,5万の署名達成不可能でもやり遂げたい。かってICA総会で廃絶を提起した田中俊介会長の思いを想像しつつ、 

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