コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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見直したい賀川

[田辺準也]

  教えて頂けませんか、賀川豊彦について、

 先日、この欄で紹介のあった、映画、” 死線を越えて“を観、賀川生誕100周年記念出版「友愛の政治経済学」を読みました。映画では改めて、救貧活動に献身する姿に感動すると共に、その賀川が生協運動の先駆者であることの意味を考えました。
 本音を言うと、これまでの私は、救貧活動の賀川には心からの尊敬をしつつ、他方、生協運動の先駆者と言うイメージがもう一つわかなかったのです。
 今回、「友愛の経済学」を読み、発刊に寄せて、と言う野尻先生の解説に接して、何か目を開かれた思い、これまでの不見識を恥じる思いがしています。
 真のキリスト者は、自身のために祈るだけでは駄目、他者のため、且つ現実に経済的改善、改革を実践しなければ駄目、と言う賀川の姿勢を知り、加えて、野尻先生の、救貧活動から防貧活動へ、が賀川の生き方だったという解説ですっきりしました。
 賀川について余りにも何も知らなかった、或いは誤解していたこと残念です。お会いできなかったことも残念です。 〔亡くなられた1960年は、私が始めて生協に関わった年でした〕

 もっと勉強しなければと思うのですが、なかなかです。岡本さんはじめ、造詣の深い方がおみえです。できれば教えて頂けませんか。少し横着ですが、宜しくお願いします。とりあえず二つほどお願いします。
 その一つは、私がどこか賀川に対する違和感を覚えていたのは、そのマルクスレーニン主義反対の姿勢でしたが、今回著書を読んで、それが単純なアンチなどではなく、防貧活動を進める上での路線の違い、であり、めざす方向は同じ〔社会主義〕だったのではないか、と理解しましたが、〔唯心論、唯物論の違いは別にして〕そんな理解でいいのか、と言うことです。
 もう一つは、この間、私だけでなく、生協運動全体としても、賀川について本当に理解してきたか、疑念が残ります。救貧活動のイメージが強く、防貧活動の実際についてはほとんど論じられてこなかったのではないか、と思うのです。

 とりわけ、協同組合をベースにした国家論、世界論など、まさに協同組合運動の真髄を体現したものだと思いますが、こういう角度から論じられてきたことは少ないように思いますがどうなのでしょうか。賀川は真正面から政治問題に切り込んでいる様に思いますが、私たちはともすれば政治を政党問題に矮小化して、何かタブーにしてきたきらいがあるのではないか、と思うのですが、賀川は政党についてはどんな考え方をしていたのでしょうか。
 賀川にあっては、社会全体の改革と協同組合運動は一体のものだと思います。私たちの生協運動の初心でもあったと思うのですが、次第に切り離されてきたのではないでしょうか。そんな思いからのお尋ねです。
 どなたか是非教えて頂けませんか。


  意見いただけませんか、合併について、

 今年、3月21日を期して、めいきん生協とみかわ市民生協が合併することになりました。恐らく、全国では県内合併の最後に近いのではないかと思います。
 この数十年、合併路線によって全国の生協はここまで発展してきたのですから、今回の合併で愛知の生協が更に発展できるかも、と期待しています。
 然し、同時に、時代も変わり、事業連合の存在など生協運動自身も様相を一変している中、果たしてその効果がどうでるのか危惧が無いわけでもありません。地域の大切さが言われ、コミュニテイへの貢献が課題となる中、合併の功罪も一度総括されるべき時期にきているように思う、と言うこともあります。

 然し、ここで意見をいただきたいのは、そのことではなく、合併の手続きについてです。
 生協法の改定に伴い、合併手続きは、総会から総代会に変更されました。
 その是非についてです。
 当然のこととして、両生協とも、従来どおり全組合員の合意をつくるために必死の努力をしました。必死に努力した、と言う言い方も少しおかしな話ですが、〔本来、組合員の沸きあがる要求のはずであり、理事者や職員が必死に頑張るような課題ではないと思うのですが〕、然し、ここではその問題でもありません。

 出資金の移動を、総代委任事項とすることの是非についてです。
 出資金の出し入れは、あくまで組合員一人ひとりの意思に基づくもでなければならないはずです。一人ひとりが総代に対して委任状を提出した、と言うことであれば別ですが、そうした手続きも無く、総代の意思で、しかも多数決で、出資金の移動は出来るもの、すべきものでしょうか。これは組合員の権利義務の根幹に関わる問題であると思うのですがどうでしょうか。
 大規模化したから、全員の意思をつかむのが困難だからとの理由がありえますが、だから、権利がおろそかにされていいということは許されないと思います。生協法改定時、この手続きの変更のことは知っていましたが、殆どその是非を考えなかったことを反省しています。
 今更という気もしますが、やっぱり根本問題の一つであると思います。
 これからの生協運動にとって、又、事業連合のあり方を考える上でも、基礎的なテーマではないか、と思うのです。皆さんの考え方、意見教えて頂けたら、ありがたいと思います。合併した後の活動の進め方の参考にもなるのではと思うのです。



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1年間、勉強会を続けてきました

今頃のコメントで恐縮ですが、日本生協連の職員です。
2009年度は賀川豊彦献身100年ということで職員有志で「賀川豊彦研究会」という勉強会をつくって定例会を重ねてきました。賀川豊彦についての映像資料を見たり、こちらの常連寄稿者の岡本さんをはじめとして何人かの方にご講演をお願いしたり、四ツ谷の日本生協連資料室にある資料も探し当てて情報交換したり、1年間の活動をしてきました。
今年はさらにテーマを広げて「JCCU協同組合塾」という名前にして、ブログも開設しました。
私がこの間にお世話になった嶋根善太郎さんが東京生協理事長時代の1988年に「賀川豊彦生誕100年によせて」という文章を機関紙に連載されたということで、コピーを送っていただき、ブログでのご紹介をご快諾いただいて、先日10本の連載のご紹介を終えたところです。
これからも情報アップしていきますので、よろしければ当ブログへもご訪問くださいませm(_ _)m
http://jccu2010.blog130.fc2.com/

「JCCU協同組合塾」のMより | URL | 2010年04月24日(Sat)23:49 [EDIT]


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1988年の嶋根善太郎氏の連載「賀川豊彦生誕100年によせて」(1)

日本の生協運動の大先輩でいらっしゃる嶋根善太郎さんには、1960年に開発された日本生協連のコープ商品第1号の「生協バター」の当時の写...

JCCU協同組合塾 2010年04月24日(Sat) 23:34


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