コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

「大学生協の歴史と未来―法人化50周年の想い出集」を読んで

[大友弘巳] IMG-2.jpg

  昨年末、全国大学生協連から「大学生協の歴史と未来―法人化50周年想い出集」が発行され、1月になってから1冊送ってくれましたので、早速読んでみました。
 全国大学生協連の役職員として、または、各地の大学生協の創立期に活躍されて、現在は概ね70歳以上になられた方々がお元気なうちに想い出を語っておいていただこう、という企図で編集されていますので、今年70歳を迎える私などが一番の若手であり、諸先輩が多数登場しておられます。ご指導いただいたこと、お世話になったことが思い出され、読むほどに懐かしくもあり、また、考えさせられる点も多々ありました。
 日本の生協運動は、ユニークな発展を遂げてきたことで90年代には国際的にも注目される存在となりましたが、日本の大学生協は、それ以上に国際的に見ても類のない存在として発展してきたことはご承知の通りです。
 こうした大学生協を築いてきた原動力は何だったのか、諸先輩の想い出の中から解き明かされていますが、そのキーワードが「無私の連帯」とされたことは誠にご尤もと深く共感している次第です。

 既にこの本を手に入れておられる方、読まれた方も多いと思いますが、まだの方のために、目次プラスアルファ程度の概要ですが、その内容をご紹介します。
 「第1部 大学生協連の法人化と成長」の冒頭には、大学生協連現会長の庄司興吉氏と、
かつて京都大学の学生理事として大学生協連で活躍され、その後協同組合論の研究者として生協をウオッチし続けてこられ、現在は立命館大学学長としてご活躍中の川口清史氏とによる対談「大学生協の過去、現在、未来を語る」が掲載されています。
 中見出しを拾うと、「教室で学ぶ以上のことを生協で学びました」、「大学コミュニティを支える生協」「大学改革のもとでの大学生協」「生活の基礎力をつける役割」「大学と生協との共同作業を」「検討すべき地域社会との関係」などとなっており、大学生協の歩みを振り返りながら、発展の要因、果たして来た役割、今後の課題まで話し合われています。
 続く「特別寄稿」では、同志社大学の学生時代から生協にかかわり、その後コープこうべ理事長、日本生協連会長として活躍された竹本成氏から「良心を手腕に運用せよ」として大学生協運動への期待が寄せられ、次に、斉藤嘉璋氏、田中尚四氏、高橋晴雄氏の3氏からの寄稿が掲載されています。
  斉藤氏「事務所が旧近衛連帯兵舎にあった頃―連合会の再建から法人化へ」
  田中氏「無私の連帯が大学生協の原点―成長を支えた人的ネットワーク」
  高橋氏「協同を忘れない大学生協を誇りたい―50年代から60年代の大学生協体験」
 第1部の最後には、「OB(13人による)座談会―大学生協法人化の頃を語る」が、掲載されています。
 第2部では、「私の思い出」として、全国のOB35人からの寄稿や聞き取りが収録されており、第1部と第2部がほぼ半分ずつの紙数となっています。
 私も第2部に寄稿させていただいていますが、その内容は昨年3月4日と8日に「大学生協の思い出~その1とその2」としてこのブログで紹介させていただいたところです。

 この本の編集責任を務められた田中尚四氏は、大学生協連の第二代専務理事、コープとうきょう理事長、日本生協連副会長などとして永くご活躍され、大学生協の今日を築く上でも、大学生協が創立時に支援してきた多くの地域生協の歩みの中でも、理論的にも実践的にも比類なきリーダーとして役割を発揮してこられた方であることは、生協関係者の中では広く知られていることですが、若い方や、これまで生協に関わりが少なかった方のために、あえてここにご紹介しておきたいと思います。

 以下、大学生協の「無私の連帯」や事業連合の経験を振り返っての田中氏の寄稿の一部をご紹介しながら、私の感想を申し述べたいと思います。

  田中氏は、既に紹介した通りご自分の寄稿のタイトルを「無私の連帯が大学生協の原点」としておられます。
 1950年からはじまった連合会再建の活動の中で、「学生たちが連合会の運営を確立し、全国の交流を発展させたのだが、一貫してその中軸を担って努力したのが早大生だった森定進さんだった」「交流の中から、共同仕入れの発展や、先進生協から実務を学んで各地に生協の発展と連帯が展開する仕組みがつくられ、全国の大学生協の発展のために『無私』の連帯の努力を払うという大学生協連の気風は、この中で熟されていったのだった」としておられます。
 学生たちの主体的な活動と、人間的な信頼関係が「無私の連帯」の基礎になっていたことが伺われ、それが専従者になっても受け継がれ、伝統となり、体質化されてきたことをもって「無私の連帯が大学生協の原点」としておられるのだろうと思われます。
 先日大学生協連の現専務から聞いた話では、年末に開催された大学生生協連の全国総会には、厳しい経営状況の下にも関わらず交通費や参加費を工面して約1,000人の参加があったとのことで、参加者の圧倒的多数は学生であり、学生の主体的活動参加が今も活発ということで、無私の連帯意識が引き続き高いことを実感させられました。
 無私の連帯だからこそ信頼し合えるわけで、営利を求める資本と資本の結合ではなく、人と人を結ぶ生協の連帯は、無私の連帯でなければ大きな力を発揮できるものとならないと思われ、連帯のあり方を考える場合の基本問題だと感じています。

 田中氏は、60年代に大学生協でも事業連帯の質的強化が求められた中で、事業連合方式か、地域的に合併を進める単一化か、という議論があったことを紹介し、「『単一化』については、レギュラーチェーンでないと十分に規模の利益を出しえないのではないかとの危惧と地域的な統合による大きな力によって地域生協づくりの条件をつくり出そうという考え方によるものだったが、大学の自治、個性を尊重しつつ、ボランタリーチェーンでも、きちんとしたシステムと意思統一によって有効であることが実証された。のちの日本生協連での地域購買生協の事業連帯も、大学生協の経験をシミュレートするものであり、先駆的役割を果たしたと言えるであろう」と述べておられます。
 ここで言われているボランタリーチェーンというのは、私がこれまで述べてきたコーペラティブチェーンと同じ意味であり、大学生協においては各地に事業連合を結成してから40数年の歴史を重ね、高度な事業連帯の実績を収めて、レギュラーチェーンでなくとも生協を発展させることができることを実証しています。 同時に、学生組合員の活力ある活動参加、教職員組合員の参画も広がっており、生協が大学コミュニティを支える役割を認められる存在になってきたことは、自立と協同の事業連帯だったからこそと考えられます。
 20年前、任意団体としてまず東関東コープネットワークを設立し、生協連合会法人コープネット事業連合設立の準備を進めるに当たって、北関東協同センターや、ユーコープ事業連合の経験からも学びましたが、大学生協事業連合の経験が最も参考になっていたことは確かだったことが思い出され、田中氏のご指摘の通り、大学生協の事業連合が先駆的役割を果たしていたと思っています。

 今また、地域生協では、事業連合のいっそうの質的強化で進むのか、それとも組織統合(合併)を進めるかという議論が始められようとしている訳ですが、今一度大学生協の貴重な経験を学ぶことが大事ではないかと感じます。このような成功事例が身近にあるにも関わらず、合併を進めるべきと主張する場合には、事業連合ではダメな理由を明らかにすると共に、合併すれば事業連合よりどのような効果があげられるのかを明らかにすることが求められますし、合併を進める場合のリスク、民主的運営が損なわれる恐れや、地域に根ざして役割を担う面での後退の懸念などについても、そうならないようにする方策を明らかにする責任があると考えるものです。

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。