コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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「核なき世界へ」を読む

斎藤嘉璋

岩垂弘著「核なき世界へ」を読んだ。岩垂さん(と親しく呼ばせて頂く)は元朝日新聞記者、「平和・協同ジャーナリスト基金」(PCJF)代表運営委員で、生協の私達とは縁が深いのでご存じの方は多いと思われる。私も日生協時代から親しくさせていただいており、昨夏、久しぶりにヒロシマに行った時もご一緒した。そんなご縁でこの本を贈って頂いた.
(同時代社、2010年1月15日刊、1900円)
著者も「はじめに」で書いているが、オバマ大統領のプラハ演説を導火線に世界は「核兵器のない世界」を目指して動き出した。世界の首脳たちはようやく核兵器の恐ろしさ・その危機に気づき「核なき世界」を本気で考えようとしているが、そこには半世紀にわたる日本の「反核」の運動、訴えがあった、その運動の歴史、課題を明らかにし、今後の取り組みに参考にしてもらいたい、というのが本書の趣旨である。
今、5月の核不拡散条約再検討会議をめざし日本の反核平和の諸団体も取り組みを強めている。時機を得た出版物であり、「生協の平和運動―その興隆から現状まで」の稿もあり、ぜひ生協関係者には読んでいただきたい。(つづく)

この本は 1、原水禁運動を追い続けて、2、第5福竜丸保存のために、3、<沖縄>について考える、4、護憲運動の現状と課題、5、反核・反戦・平和に生きた人びと、の5章からなっている。その多くは筆者がこれまでに雑誌などに寄稿したものであり、最近では共同ブログ「リベラル21」に投稿したものもある。それがテーマごとかつ時代の流れにそって纏められており、読みやすい(稿ごとに執筆時が入っていると良かったが)。
岩垂さんは本書でも書いているが、朝日新聞の記者として1967年から原水禁運動の取材をはじめ、途中3年間職務上の空白があるが、95年の退職まで反核平和をはじめ社会運動面の取材を続け、さらに退職後もヒロシマ・ナガサキ行動にはジャーナリストとして参加を続けている。私も80年代後半から90年代、日本生協連の立場でヒロシマ・ナガサキ行動に参加を続け、岩垂さんの取材を受けることもあった。昨夏のヒロシマは私は久しぶりであったが、もう40年も毎年、ヒロシマ・ナガサキに来ているという岩垂さんに会い、その反核平和への熱い思いを知らされた。
この本の運動史にあたる稿は、その岩垂さんがその時々の取材をもとに書いたドキュメントであり、たとえば1章の原水禁運動の分裂と統一、生協など市民団体の参加、再分裂と現状などは、それに一定に関わる立場にあった者としてもあらためて知り、考えさせられる点が多い。
「生協の平和運動―その興隆から現状まで」は2004年に「ロバアト・オウエン協会年報」に寄稿されたものであり、「前史」「助走期」「高揚期」「ポスト高揚期」の歴史と評価が記述されている。歴史の部分は私自身が執筆編纂にかかわった「現代日本生協運動史」などに依拠しており、生協関係者には既知のことが多いかと思うが、広く社会と運動全体を見ているジャーナリストがどう見ているか、その評価はあらためて参考になる。
70年代の後半から90年代前半まで、生協は日本青年団協議会や全国地婦連など市民団体と一緒に原水禁運動を幅広い国民の運動として広げ、盛り上げてきた。しかし、生協には、他の市民団体にもいえることであるが、その構成員の幅広さ、意識・思いの多様性といったことから運動の継続、深化などに限界があり、全体的な社会情勢(生協では事業経営状況なども)に影響されるところが大きい。岩垂さんもそのことに理解をしめしつつ、リーダーシップの大切さを強調している。どのような社会運動も強い意志、情熱をもったリーダーがいなくてはひろがり、盛り上がらない。生協での平和、反核運動では賀川さんや中林さんの果たしたリーダーシップを評価しているが、私もお二人の果たした役割は大きかったと考える(中林さんは戦前は報知新聞記者を経て産業報国会勤務だった人で「戦前からの平和活動家」としているのは疑問。私はそこで戦争の裏面まで知り戦後、賀川さんのもと反戦平和の姿勢を一貫したのだと思う)。そして、「核なき世界」の実現が現実性をおびた現在こそ岩垂さんの指摘は考えさせられる問題である。
原水禁運動以外の章でも「4、護憲運動の現状と課題」は、憲法を巡る世論の動きと昨年の「自民大敗」まで、さまざまな個人や組織の動きが分かり参考になった。「5、反核・反戦・平和に生きた人びと」では、95年にハーグの国際法廷に生協代表団の責任者として行ったおりに、被団協の皆さんと一緒の我々の要請をうけ、法廷で「核使用は国際法違反」と証言してくれた故伊藤一長・長崎市長の稿や、日生協時代に機関紙の編集について指導を受けた「ベトナム反戦・ゼッケン通勤」の故金子徳好さんのことなど、共感をおぼえながら読んだ。
岩垂さんは冒頭で「世界は『核兵器のない世界』を目指して動き出した」と述べているが、「核問題の論じ方」の稿で、オバマ大統領演説は「核抑止論」を放棄したものでない、「私達の願いである『核兵器廃絶』は核抑止論が世界各国の政府によって完全にほうきされてこそ実現される」と主張し、平和市長会議の「ヒロシマ・ナガサキ議定書」を評価している。この議定書への賛同署名は昨年らい東協連をはじめ各生協で取り組みが進められており、一層の進展が期待される。

<追記>
① 実は、平和・共同ジャーナリスト協会(JPCF)で顕彰された高瀬毅著「ナガサキ消えたもう一つの原爆ドーム」(平凡社刊、1,600円)を紹介するつもりでしたが、この本にしました。内容は省略しますが、被爆地長崎をめぐる当時のアメリカ政府がどう動いたか?興味深い。ナガサキ原爆に関心のある方(ない方も)ぜひお読みください。
② 紹介した岩垂さんの著書の「生協の平和運動」の稿の「平和とよりよき生活のために」をめぐる記述に関し、私もこのブログで若干書いています。まだ、その言葉が日生協の基本スローガンになった経緯など調査中のことがあり、追ってこのブログで補強したいと思っています。

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