コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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お元気ですか。年賀をかねて一言

「晴3」
お元気ですか。年賀をかねて一言


 当方6回目のトラ年。走るトラか。眠るトラか  動と静のバランスが大切な歳になりました。頭も心も時代の変化に対応する能力は如何?とも思っています。 でも面白い時代に入ったと思います。加齢によって見えてくる楽しみもありそうです。つたない体験でも それを知らない若い人に話し 若い世代からは 新しい息吹をもらう楽しみもあるし、過っての仲間と横になっての 共感の機会も増える。地域は横の社会ですからその気になれば何ぼでも仲間が出来る。でも住民同士体の力の低下と縦社会になじんできた遺伝子が災いすることもあります。しかし皆 心では人間的なぬくもりを求めているので 面白くもあります。そこで、定年になった人や定年間近の人などと遠くは離れていてもメールが出来る時代なので 年数回でも近況や社会や地域についてメール交換はいかがでしょうか。大友さんの提唱で始まったこの協同のブログはその先駆です。 以上提案的なメールでした。
 以下は蛇足の意見です。

タイタニック号に引きずられていく日本丸
 昨年来、ていたらくな政治経済のなかチェンジへの世論が高まるのは当然な流れでした。民主党内閣がこれを収斂し『平和 人権 共生』への歩みを作れるかどうか。アメリカ流グローバリズムを払拭できないなかでは不透明、不確実です。沖縄や日米関係や予算などに聖域を設けて進んでいます。いやだいやだ、或は疑問に思いながらアメリカというタイタニック号に引きずられていく日本丸をまだ乗っている感じです


『助け合い』『支えあい』を社会の仕組みに(福武直)
 一方私が身をおく地域で見る限り『助け合い』『支えあい』を社会の仕組みに(福武直)しない限り生きていけない時代に入ったと思います。しばらくしてこの国は10人中4人強が65歳以上になりますから対症対策ではすぐに行き詰まるのは目に見えています。これをどう断ち切り活路を開くのか。生活協同 生活創建をかかげる組織の鼎の軽重を問われています。厳しくても避けて通ることは出来ません。
 実は今朝いただいた生協の先輩の年賀に(誰もが『本当に望んでいるものは何か』と根底から考え直し、多少めんどくさいと思う人でも人と人との「思いやり」『助け合い』の輪を広げ カネ万能が崩壊しつつある中で展望作りの影響を広げるべし)がありました。

時代が人間的ぬくもりのある協同を求めている のは確か
社会の現場(暮らし働く現場)にこそ社会を変える動力が

 なるほど時代が人間的ぬくもりのある協同を求めていることは、1989年に成立した『非営利法人NPO』がバブル崩壊不況がつづくなか多くの問題を抱えつつもここ20余年で万を超えて作られおおきく広がっているのも一つの現れでしょう。現地で見てきましたが同時期のイタリアの社会的協同組合の隆盛がそうでした。『助け合い』『支えあい』『思いやり』などは形のないあぶくのようなものだといわれかねませんが『数十年の生協活動』定年後の「地域体験」によって これこそが力になったと実感しています。日本評論社から昨年大沢真里編著の『生活の協同』が出版され 次いで最近韓国でその翻訳書が出ました。私も其の中に「四街道の生活協同」の実践の一端を書かせていただきました。この経験と9人の実践的論考を見て 改めて社会の現場(暮らしと働く現場のつながり)にこそ社会を変える動力があると確信しました。

 そんな思いでいるときに 生協労連の新年のニュースが届きました。(労連の前身の頃役員をしたこともあってか新年に送られてきている)其の中の「生協の白石さん」のインタビュー記事に目が留まりました。

「生協の白石さん」   コミニィケーションは命
 2005年に『一言カード』の回答集『生協の白石さん』が出版されベストセラーになりました。私はそれをたまたま従事していた大学の「非営利組織の理論と実践」の授業で取り上げました。相手の声を素直に受け止めあくまで相手の立場にたって「軽やかに 明るく 投げ返す」回答例は「非営利組織の理論と実践」の教材としてもってこいでした。
 営利であれ非営利であれ仕事(特に購買事業)とは殆どがコミニィケーションですから競争原理が謳歌するひどい時代と社会に「コミィニケーション」できない学生が出て行く将来を考えるとどうしても「コミニィケーションの喜び」を体感する必要がありました。

 白石さんの源流は東大生が「生協の一言カード」に『意見を取り上げてくれるお店があるなんて驚きだ』と記された頃からその意味がグーンと深まりました。イキイキした頃を思い出すとそれは大学生協ではじめた「一言カード」や共済の取り組みが進化していった頃。同じように地域で暮らしや商品にかかわって80年代中盤から90年代『一言』や『班で聞いたこと』『事例研究、交流』など職場単位で 或は組合員同士で 職員と組合員がさらには生産者や取引先と交流し語り合う場が多いときのイキイキした様子が浮かびます。
 垣根を越えたコミニィケーションは難局のさなかにあっても人々を明るくします。・阪神大震災のときもそうでした、東大紛争のときも生協がそうでした。組合員と職員、職員同士、相手を思いやる心が通じ合う関係がありました。また生活は毎日のことですから日常のときが問われます。商品を中心とする日々の活動は 暮らしに喜びを作るものとして働くものに働く動機 働く意味を感じさせます。(つづく)

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