コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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「加害の事実」

[吉永紀明]
 私が事務局として関わっている”宇野学区九条の会”が、先日「加害の事実を知ろう」と題してDVD上映会を開いた。
 「泥にまみれた靴で」(26分)と「日本鬼子のおきみやげー日本軍毒ガスの真実ー」(29分)の2本を上映した。
 第2次世界大戦が終わって64年経ったが、戦争中に何が行われたのか、日本軍は戦地でどんな行動を行ったのか。「すべて体験したことは墓場まで持っていく」として、真実を語らないまま多くの元兵士が亡くなった。
 そのなかで5人の元日本兵が、自ら手を下した捕虜の惨殺、拷問、生体解剖、軍隊の不条理などについて証言した。
 「人を殺したら人間が変わった。人間でなくなった」「突撃のときに、日の丸に遅れると卑怯者と言われた。日の丸の旗は日本兵を殺した」「共産党が天皇の軍隊にはむかっていると思うと、相手を可哀相なんて思いもしない。毎日毎日拷問をしていた」「武器を捨てた捕虜を見せしめのために殺す。その兵士は人間の目をしていなかった」
 「ある村を急襲したら、村には夫婦と赤ん坊しかいなかった。夫婦を殺した後、この赤ん坊も大きくなったら敵になるんだからこうやって殺すんだといって、泥にまみれた軍靴で踏み殺しました(涙声)」

 戦争は精神を異常にして、人を殺すことにも麻痺してしまうそんな恐ろしい力を持っている。
 1997年に化学兵器禁止条約が結ばれた。
 過去に放棄した化学兵器も、その放棄した国が責任を持って処理することになっている。しかし、日本軍が中国国内で遺棄した毒ガスの処理は遅々として進んでいない。
 中国国内に200万発が未処理になっているという。
 1937年から1945年まで、日本軍は2091回毒ガスを使い、9万人以上が亡くなっている。
 毒ガスは核兵器と同じように後遺症が問題となる。今までも地中に埋まった毒ガスを工事中に掘り当てて、誤って穴が開き、毒ガスを吸い込んだり、皮膚に付着したりして多くの人が被害にあっている。
 実はこの問題は中国だけにとどまらない。
 日本国内にあった毒ガスが、青森県陸奥湾や高知沖など全国7~8箇所の海に放棄された。
 国内全体では、65万個の毒ガスがそれらの海や地中に埋まっているという。
 まさに「戦争は終わっていない」(ナレーション)状況にある。

 私は30年以上前に中国の南京を訪れたことがある。中林会長(当時)を団長に、富樫さん、長川さん、森定さんの4人と事務局としての私の5人だった。
 当時、南京を訪れる日本人は殆どいなくて、空港に降りるときも、飛行機の窓は「軍用飛行場ですので窓を閉めてください」と言われて、外を見ることが出来なかった。
 ホテルと言っても2階建ての20室くらいしかない小さな旅館に泊まった。夕方、旅館の前に沢山の住民が集まり始めていた。日本人が来たので、何しにきたのかと見に集まったということだった。
 翌日市内見学の他に、戦争資料館に案内された。まだ十分整備されていなかったが、日本軍が中国人に行った残虐な行為、日本刀で捕虜の首を切る写真や、拷問道具、そして身元の判明しない沢山の遺骨が並べられていた。見ていて、胸が痛くなった。
 今また、自衛隊を軍隊として認め、再び戦争の出来る国にしようとする動きが見え隠れする。
 戦争を知らない若い人たちに、これらのDVDを見てもらい、戦争の悲惨さ、残虐性、非人間性を理解してもらうことが大切なのではと思った。
 
 

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