コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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旧陸軍飛行学校桶川分教場の施設を見学して

[大友弘巳]

JR東日本が主催している「駅からハイキング」の企画の一つ、桶川市の史跡や文化財を巡るコースの中に、旧陸軍飛行学校桶川分教場の施設の見学が含まれていることを知り、10月11日に参加して見学してきました。
所在地は、桶川市の西端の荒川沿いの地域で、川越市に至る道路から少し入ったところです。
この施設は、昭和12年6月に開校され、同20年2月までの間には飛行学校として1,500~1,600名の航空兵を訓練し、その後は特攻隊訓練基地として使用され、同年4月5日には陸軍初の練習機による特攻となる振武第79特別攻撃隊12名を知覧基地に送り出しています。
現在も、兵舎、弾薬庫などだった建物が当時の形を保っていて、学校の面影を残しており、貴重な歴史的遺産となっています。

学校の構内 (画像をクリックすると大きな画像が表示されますのでお試し下さい)
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この建物が今日まで残っていたのは、敗戦後この建物を桶川市が管理して、大陸からの引揚者などの住居として使用していたからで、平成19年3月、最後の住人が転出して無人となり、平成22年3月末には国に返還することになっているとのことです。
特攻隊員の遺族や、この学校で働いた元職員その他関係者の有志が「旧陸軍桶川飛行学校を語り継ぐ会」を作って、建物の補修をしたり、資料や遺品などを展示したりすると共に、この施設を保存するよう運動を進めています。
土、日は公開されており、自由に見学することができます。もし保存が認められなければ、来年3月までしか残らないことになるわけで、多くの人々に知らせ、保存に協力することが必要ではないかと感じているところです。
飛行訓練に使われていた飛行場(滑走路)のほうは、荒川の河川敷内にあり、現在はホンダエアポートとして活用されています。
私はこれまでホンダエアポートのことは良く知っており、自然観察などで近くまで何度も訪れたことがあったのですが、元は飛行学校の飛行場だったことを知らずにいました。
桶川市や隣接する上尾市の市民の中で、このことを知っている人は僅かしかいないと思われます。
長く住んでいるのに、地域のことをほとんど知らずにいたことを、また思い知らされた出来事でした。

兵舎への入口付近
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「語り継ぐ会」が立てた「鎮魂之碑」
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室内の展示より
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ホンダエアポート 天気が良いと富士山が見えます
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