コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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日生協の食料・農業討論会に参加して

[加藤善正]
 8月25日、総選挙における「民主党300超え・圧勝か」が報道される中で、日生協の「食料・農業問題北海道・東北地連討論会」が仙台市で開かれ、60名近い参加があり、私も意見開陳者(6名)の一人として出席した。
  この討論会は現在日生協が精力的に開催している「食料・農業問題検討委員会」の「政府への意見書・骨子」を示し、最終集約文書に各地連の「討論会」の意見を反映させる目的で開催された。05年度の「日本農業への提言」が、会員の意見を反映せず、むしろその意見と逆な内容で一方的に発表されたことへの批判を受けて、会員に依拠した運営を目指す新専務の意向が感じられる開催である。
 意見開陳者はこの委員会メンバー3氏(元東北大教授大泉一貫、コープさっぽろ理事前濱喜代美、みやぎ生協常務理事伊藤明世)と弘前大渋谷長生教授、前みやぎ登米農協組合長阿部長寿氏、加藤善正の3人である。
 

 3人の委員メンバーはこれまで協議してきた政府への意見書・骨子に沿って発言し、特に、大泉氏は現在の「基本法」の内容を肯定的に紹介し、「自給力」の強化とそのための人材養成、フードチェーンの強化など、「意見書・骨子」の中心的内容を解説した。渋谷教授は意見書で注目される「直接所得補償制度」の制度設計なしでの提案の難しさ、食の安全性については生協の経験を活かした提案になっているか、生協産直の成果が意見書に盛り込まれているのか、「自給力」をキーワードにするなら、その内容・強調する意味を説明すべきなど、国の「基本計画」への批判的コメント、などを行った。
  阿部長寿氏は05年の日生協の「日本農業への提言」を批判しつつ、自らの実践と生産現場の生の声をベースに「自論」を展開した。特に「自給力」ではなく国民的指標としてのカロリーベースの総合自給率を掲げるべきとし、宮城県での「環境保全米運動」を紹介しながら、「低炭素運動」としての農業を国民合意の下で位置づける重要性、担い手の確保問題も「家族経営農業主体のすべての農家」を強調した(専業農家や農業法人経営体を地域農業の中核的担い手に位置づけることも重視)。その他、農地法改正やコメの減反問題などにも新らしい見解を示し、協同組合運動の今日的役割を宇沢弘文氏や内橋克人氏の見解を紹介しながら力説し、「協同組合間協同」の確実な実践を特に力説した。阿部氏の意見は殆ど私と同じ文脈であり、同感した。しかし、減反問題に関しての「出来るだけ早い中止」論は、私の意見とは異なった。私も、減反をやめる方向で条件整備をすることに賛成であるが、そのためにはコメに頼らない日本農業の強化・確立が先行条件と考える。日本農業の危機がなぜもたらされたか、その真の原因を解明し、コメに依拠せざるを得ない農村・農業の「基盤」の改革・確立こそ前提条件と考える。

 さて、私の意見はA4,6ページにわたり、05年10月20日、仙台で開いた「シンポジウム」で配布した「基本計画」と日生協の「日本農業への提言」への批判文書を「添付資料」とした。以下そのポイントを紹介したい。

 第1に、今日のわが国ならびに世界の「食料・農業・農村」の現実は、深刻かつ困難な諸問題を抱え、とりわけ日本のそれらは「危機状況」である、という認識に立つなら、今度の「基本計画」の見直しに拙速的に「意見書」を提出する程度で、日本の生協運動の役割が果たせるかという問題意識である。これまでの長い間の自民党農政(自由化農政・規模拡大による生産性向上・財界とアメリカの要求優先の農政・農水省と族議員の利権農政など)が行き詰まり、農民からも見放されている現実の中で、これまでと同じ文脈での「基本計画」見直しに、「出さないよりだした方がよい」程度のものを急いで作成して、9月中に提出する意味をもう一度考えるべきではないか。特に、民主党政権での農政の基本構想がまだ不明確な中で、これら新農政に抵抗する農水省官僚にとって、この「意見書」が悪用され、「日本最大の消費者組織日生協の意見書に合致している」と「官僚の抵抗の武器」になる危険性も考慮すべき時期である。

 第2に、いま日生協に求まれれているのは、05年6月に日生協総会で一方的に提起された「日本農業への提言」「食生活に関する問題提起」「農業・食生活に関する生協の課題についての提起」という3本の文書(パンフレット)についての「影響・効果・実践状況・問題点」を解明して、その「総括」を誠実に会員の参加で行うことではないか。
 「毒入り餃子事件」「新自由主義経済の破綻」「農業鎖国をやめ市場原理を強行した小泉改革と農業政策」など、この間の構造変化の中でこうした日生協の政策の総括を、いくつかの前進的実践を含めて行うことが求められていることは明白である。そしてこの総括を会員生協の常勤者・組合員と一緒に行うことで、会員生協間のベクトルが合い、複雑なこの問題に対してのコンセンサスや実践上のエネルギーが醸成されるにちがいない。

 第3に、意見書・骨子は「05年の提言を踏まえて」と述べているように、第2に示した「総括抜き」の発想に陥り、99年の「基本法」と「基本計画」、05年の見直した「基本計画」に賛同した立場・発想に引きずられている。小泉・竹中内閣による規制緩和・構造改革路線が作り出した貧困と格差、地方切捨て、「貯蓄から投資へ」のキャンペーンにあらわれているようにアメリカ型「カジノ経済・金融資本主義」への国づくり=構造改革を「背骨」としたこれら農業政策の結果が、食料・農業・農村の危機的状況を今日の「危機状況」をもたらした事実は、数え上げればきりがないほどである。こうした現在の「基本計画」に対する「総括・評価」のない「意見書」はどのような成果を期待できるのか。

 第4に、相変わらず「消費者」としての意見書になっているが、「生協運動とその組合員」としての意見書にすべきである。この問題における「消費者」は対極にある「生産者」との関係性で理解される危険性がある。「基本法・基本計画」は「これからは消費者に軸足を置いて進める」ことを強く謳っているが、これ以降、故意に必要以上に「生産者と消費者」を対立させる論調が政治家・評論家・マスコミなどで流されてきた。
 今回の「基本計画」の見直しに関して、日生協は1月9日付で農水省のパブリックコメントに意見書を提出している。4月にはいって「農政改革関係閣僚会合決定」の「農政改革の検討方向」が発表され、農水大臣のもと「改革特別チーム」も発足した。6月にかけて、従来自民党農政に協力的であった3団体、すなわち「全国農業協同組合中央会」「全国農業会議所(個人名)」「(社)日本農業法人会」があたらしい「提言」を提出した。
 これらの内容で注目すべきは、従来の「市場原理主義・規制緩和」の見直しを強調している点である。また、「改革特別チーム」は、政局の影響からこの作業を中止した。こうした動きの中で、日生協が「消費者の立場」を強調して、意見書を提出することは慎重であるべきである。ガルブレイスは「悪意なき欺瞞」において「消費者主権の危険性」を説き、「消費者の立場」が悪意なきとはいえ、危険な欺瞞性を持つことに警告を与えている。農業生産者も殆ど消費者であり、農業生産額が閉める国民の食料支出の割合が年々減少し、わずかな割合しかない今日、生産者農民と対極的な位置での「消費者の農業提言」の危うさを繰り返し強調したい。

 第5に、委員会論議の途中での「意見書・骨子」についての具体的問題点を指摘した。
 ① すでに述べたように、今日の食料・農業・農村問題の深刻さから、それを解決する政策的見解や主張は「百家争鳴」の感があり、全国の生協・組合員のコンセンサスを作り上げることは至難の技と言える。しかも、先に述べたように05年の政策文書の総括抜き、「提言」へのこだわりを続けるなら、きわめて曖昧な内容になることは避けられない。この「骨子」はまさにそのような曖昧さ、言葉の組み合わせの域を出ず、結論として何を意見書に示すかがわからない。
 ② 少なくても「基本法」に謳う「自給率の向上」よりも、「自給力」を強調する意見書は、国民・組合員にとって問題をあいまいにし、判りやすい「食料自給率(エネルギー)50%以上」という国民的目標を曖昧にする危険が大きい。
 ③ 日本農業の危機状況を直視するなら、最大の原因「農業生産物価格が低落して生産コストをまかなえない、そのために農業・農村での暮らしが成り立たず、若者をはじめ農民が農村にすみ、持続的に農業が出来ない」それが「担い手不足・後継者難・高齢化・過疎化・耕作放棄地の増大・限界集落の続出を生み、食糧生産が減少し自給率を低下させている」という現実の最大課題を直視していない。
 ④ したがって日本農業再生の鍵は「農業予算」を全体予算の1割ぐらいに引き上げ、農業をする若者を農村に移転させるぐらいの「国家プロジェクト」が求められる。かつて、高度経済成長・重化学工業化・世界の工業立国のために、「新産業都市・コンビナート建設」「若い優秀な労働者を農村から都市へ」、「安い労働者を可能にした住宅建設と団地造成」などなど、国家プロジェクトとしての「政策経験」を逆に回し、農村再生のための一大プロジェクト以外にない。これまでの「規模拡大・生産性の向上・やる気のある担い手育成」などが、殆ど効果を見せなかった事実を直視すべきである。農業の多面的機能についての国民的コンセンサスを早急に構築すべきである。
 ⑤ こうした、事実に基づき、全国組合員のニーズと願いを反映して、協同組合運動の理念・ロマンに依拠して、行過ぎた市場経済に抵抗する人間の組織として、利権やしがらみから自立した「正気の島」としての哲学を主張する内容になっていない。

 私は最後に、北海道・東北の生協が、JAやJF・森林組合などの実践者、学者研究者の力も借りて、「日本の生協運動として求めたい食料・農業・農村政策と生協組合員の行動計画」を作り上げるプロジェクトの立ち上げを提言した。

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