コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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八月・盛岡・生協の平和の営み

[加藤善正]
 今年のみちのくは8月に入っても雨や曇りの日が続き、「梅雨明け宣言」がない年になりそうです。広島・長崎の原爆記念日を中心に取り組まれた反核・平和の運動は、オバマ演説の影響があって例年以上の盛り上がりを見せました。盛岡での生協などの身近な草の根的取り組みを紹介します。ご覧になった方もあるとは思いますが、いわて生協がもっている「南昌荘」(明治17年に造られた邸宅・1100坪の盛岡市保護庭園・盛岡市歴史建造物)に於いては、①8月7~9日に「戦没農民兵士の手紙店」、②6~9日には「大韓国皇太子殿下ご来盛100周年記念企画展」、③8日は「特別講演会・日韓関係の歴史認識の違い」、④9日には平和祈念像「望み」前での「いわて生協平和のつどい」が開かれました。
 ①は岩手県農村文化懇話会が728人から集めた2873通の手紙を編集した岩波新書「戦没農民兵士の手紙」(1961年刊・現在まで20版を重ねる)にはいっている手紙の「現物」と戦時中の生活グッツ
・秋山ちえこさんが盛岡に作っている「非戦文庫」からの書物などを展示したものです。同懇話会と岩手農民大学・いわて生協の共催で、これまで5回開催され、今年は2度目の盛岡開催となりました。

農民兵士の手紙は激しい検閲を受けたものであり、あまり家族を懐かしむ内容や、これからの部隊の行き先などは軍事秘密で書けないために、あくまで家族の農作業や留守後の仕事の注意などが淡々と記されているだけに、その心情を読み取る中で、彼らの戦争への思いを静かに感じ取ることが出来ます。 ②は1909年・日韓併合の1年前の8月6日、初代韓国統監になった伊藤博文が当時の大韓帝国の皇太子(李垠)を連れて盛岡に来て、この南昌荘で当時の所有者・大矢馬太郎市長主催の歓迎園遊会が開かれて100周年に当たることから、大矢市長の孫・山田公一氏が主宰する「市民の歴史探求館」が企画展示したものです。マスコミ各社や在日大韓国民団岩手地方本部、在日朝鮮人総連合会岩手県本部、いわて生協などが後援しました。日清戦争から日露戦争、そして韓国併合へ至る歴史を物語るいろんな資料・現物・朝鮮人形などが、静かに日本の朝鮮侵略の歴史を甦らせました。なお、民団・総連の岩手県責任者とも懇談し、今後の市民レベルの「交流会」の企画を話し合いました。 ③は県生協連といわて生協が主催し、元盛岡大学学長の加藤章先生の講演会です。加藤先生は長い間、日本と韓国の歴史教科書問題に取り組み、共同した「歴史教科書」を発行した方です。50人ほどの市民が参加し、初めて聞く日本の朝鮮侵略の歴史と韓国人民の歴史認識など、大好評の講演会でした。  ④は1995年の被爆・終戦50周年を記念して、県生協連・県被団協・県地域婦人団体などが提唱して、約2万名の県民のカンパで建立した「平和祈念像・望み」(高松公園)の広場で、毎年開かれているいわて生協の「平和のつどい実行委員会」が主催して開かれました。毎年100名以上の参加があり、最近は中高校生の参加も目立っています。6日に開かれた広島のピースアクション・9条ネット活動交流会に参加した16名の代表の報告もありました。

来年のNPT再検討会議への取り組みも具体化してきましたが、岩手県生協連では先の理事会で、「日本政府への請願署名」の取り組みを決めました。オバマ発言以来、核廃絶に向けての地球規模での大運動が求まられている中で、わが国政府は非核三原則の「核兵器のもち込み」をアメリカとの密約で認めながら、長い間、国民をだまし虚偽の三原則を「国是」としてきておりました。この事実を深刻に認めるとともにあらためて、核兵器の持ち込みを禁止し、「核の傘」から脱出して「東アジア非核条約」などの「非核の傘」を構築し、唯一の被爆国として名実ともに核廃絶の先頭にたつ役割を持ちめる署名運動を、全県民の新しい運動として展開する決意です。民主党政権がこの国民の願いに如何に取り組むか、平和に対する国民の厳しい注目を強めることが求まられるでしょう。

過ごし易い夏だけに、これからの平和の運動に熱い気持ちを燃やし続けます。<

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