コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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福武先生の「提言」を再読して

[大友弘巳]
 蓮見音彦著の「福武直」の中の資料集に、福武直「主要著作目録」が掲載されており、その最後90番目に、「二一世紀への課題―高齢社会と社会保障」が揚げられています。
 つまりこの本は、福武先生の膨大な著作の最後のものであり、亡くなられる8ヶ月前の1988年11月に初版が発行されているのですが、ユニコープの総会の記念講演で蓮見先生からお話を伺った直後に、この本に再会し、再読する機会を得ることができました。
 当時福武先生は、大学生協連会長に加えて、都民生協理事長を引き受けられ、また、生活問題研究所(生問研)理事長として生問研を生協総研に発展的に移行するための発起人代表も務められるなど、社会学者としての大きな視野に立ちながら、生協へのかかわりを深め、生協のことを考え、生協のために多大なエネルギーを費やしておられ、その立場で生協への課題提言を試みておられたのです。
 そうしたご活躍の最中に、1989年7月2日、誠に残念なことに急逝されたわけで、当時、私なども、この提言を福武先生からの遺言のように受け止めていたものでしたが、以来20年を経て、今、改めて読んでみると、先生の不安を真剣に受け止めきれていなかったことを痛感し、忸怩たるものを感じているところです。

 この本を読んだことがない方のために、少し内容を紹介します。
この本の第二章の二に、「日本社会の将来と生協の課題」が掲載されており、その内容は、最初は1987年の6月、東京都生協連の組合員リーダー基礎講座の記念講演で語られたもので、その意図するところは、「日本社会の将来を展望して、生協はいかなる役割を演ずることができるか、そして、生協がさらに発展するためにどのような展望が必要であるかということを考えることにある」とされています。
 現代の日本社会を、雇用者主体社会、都市集中化、地域社会の崩壊、などと特徴づけ、「コミュニティ」形成が重要になっていること、「生協がその課題達成のために大きな役割を演ずることができるし、担うべき存在といわなければならない」と述べています。
 また、将来の社会を、高齢社会の到来、男女共同参画社会の到来と展望し、生協の発展を支えてきた専業主婦層は漸減してゆかざるをえないので、それに代わってどのような組合員組織を編み出してゆくかが重要な課題となると指摘しています。
 具体的には「生協の役割―コミュニティ形成」として、将来のコミュニティの担い手の主役となるであろう前期高齢層や職場に出る有業女性を活動の中に取り込む、性別を問わず高齢者を生協活動の中にひきこみ、重要な役割を担ってもらうこと、生協の組合員活動を女性の独占から両性の共同参加に発展させ、生協をコミュニティ内の有力なアソシエーションと成し、その活動を通して、コミュニティ形成の主役になることができる(はず)、などとしています。
 さらに、「生協の課題―福祉活動の展開」として、重介護を要するまでに至らない人々の福祉ニードへの充足のため、①老人用食料の供給、調理済みの給食などを工夫し、高齢者世帯を組合員に組み込み、壮年者世帯と連結して声かけや手伝い活動ができるようにする、②病気の際の手助けサービスなどを生協の組織する半ばボランティア的な要員によって行うことを一つの事業分野とする、③大学生協が成功している共済事業を地域生協においても開拓する、などを挙げています。

 こうした福武先生の提言に沿って、この20年の地域生協を振り返ってみました。
 組合員組織については、前期高齢層を意識的に積極的に取り込む努力をしてきたといえないと感じていますが、高齢者にも利用しやすくなったなかでそれなりに加入が増えていることと、古くからの組合員が年を経て高齢化したことにより、組合員の平均年齢は高くなっています。
 しかし、供給事業で高齢者のニーズに応える対応は十分とは言えず、比較的豊な層である前期高齢層の増大している消費の多くは、生協以外のところへ流れているものと思われます。
 個配を始めたことにより、また、店舗も増えたことにより、班に所属しなくても組合員として利用できるようになり、有業女性も気軽に組合員になることができるようになって組合員が増えています。
 とはいえ、そうした組合員は組合員活動にはほとんど参加しておらず、組合員活動の中心は引き続き専業主婦層が担っており、しかも壮年世代中に交替していく傾向が強く、女性でも高齢層は組合員活動から離れていく傾向が続いているように思われます。
 ましてや、男性、とりわけ元気な前期高齢層の取り込みの努力は、ほとんどなされてきていないといわざるを得ず、その層の人々のエネルギーを取り込むことができていないのが現状ではないでしょうか。
 これらの結果として、組合員活動の中心的な担い手と組合員の多数との間の結びつきは薄まっており、組合員活動はかつてに比べると弱まり、数が増えた割にはコミュニティの中での活動や果たせる役割は強まっておらず、むしろ後退しているのが実態ではないかと思われます。
 福祉事業への取り組みでは一部の成功事例がでてきてはいるもののまだ少なく、多くは、実験、試行錯誤の域を脱したとはいえない段階に止まっているように思えます。
 共済事業については、この20年間で急速に発展させることに成功しています。しかしこれまでの発展は女性や子どもの助け合いが中心で、高齢者の福祉と連動する共済事業についてはこれからが本格的に取り組む課題となっています。
 以上の点をまとめてみると、福武先生が眼目として考えておられた、前期高齢層の取り込み、女性のみならず男性の参画、コミュニティの中での活発な活動を通してコミュニティを形成していく主役としての役割を担うことなどは、一部の生協、一部の地域に先進事例があるのかもしれませんが、多くの生協ではほとんど取り組めていないままに過してきてしまっているのが現状と言わざるを得ません。

 09年度第1四半期を終わって、多くの地域生協が、供給高の前年割れ、期間損益は赤字への転落という状態に陥っているようです。
 ギョーザ事件の影響、100年に一度の不況の影響、競合の激化、などの原因が重なっていることは事実ですが、それだけではなく、長期的な社会の変化への対応に立ち遅れてしまってきた結果という見つめ方が必要な事態ではないかと思います。
 福武先生は、この論稿の「おわりに」の項で、「地域生協の中には、大学生協運動のOB
たちによって急成長したものが多く、それだけに、私は、これらの生協の成功を将来においても期待したいのであるが、今後新しい工夫がなければ、その期待は失望に変るかもしれぬという不安ももつのである。」と率直に述べておられ、「二一世紀を展望すると、こうした専業主婦は漸減してゆかざるをえない。したがって、それに代わって、どのような組合員組織を編み出してゆくかが重要な課題となる。壮年世代の女性を主体とする比較的単純な組織から、壮年世代と高年世代の連結、さらに異性間の結合など、新しい多様な組織形態を編み出さなければ、将来は開かれないのである」と提言しておられます。
 前項で振り返ってみた通り、この20年間の経過の下で、新しい工夫を凝らし、挑戦してみる努力が足りず、結果として、福武先生に失望されてしまう事態を招いているだけではなく、「将来(の展望)が開かれない」閉塞状態に陥りつつあるのではないかと危惧するものです。
 今年から、あらためてビジョンや長期計画の討議が全国的に開始されるようですが、それならばぜひとも、福武先生からの提言の趣旨をあらためて受け止めるようなレベルの、抜本的な検討を深めてほしいものと期待する次第です。


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