コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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「闇夜に種を播く如く ・一楽照雄の思想と実践」を読んで

[加藤善正]
既にお読みになった方もあるとは思いますが、この度、(財)協同組合経営研究所の発行した(編集・発売は(社)農村漁村文化協会)「闇夜に種を播く如く・一楽照雄―協同組合・有機農業運動の思想と実践」という書物が復刊されました。アメリカの金融危機に端を発した「世界連鎖恐慌」が世界の貧しい国々の貧しい人々の命を奪い、先進国の国民経済を根こそぎ揺るがし、グローバル資本主義の限界が誰の目にも明らかになっています。今こそ資本主義のオルタナティブとしての協同組合がそのアイデンティティを再確立し、その本当のミッションを再発見することが求めれている時はないでしょう。私はこの十数年来、日本生協連の基本的政策や路線を批判し、この作業を全国の組合員・常勤者が真正面から取り組む必要性を訴え、日生協にその先頭に立つことを求めてきましたが、09年度の通常総会の議案書を読んでも、こうした問題意識は少しも感じ取れません。今度の総会にいかなる態度で臨むかを考慮中に、この書物が贈られ精読しました。
私の半世紀近い協同組合運動の理論や実践にとって、一楽照雄先生の影響はきわめて大きなものがありました。

1966年、一楽先生が定年で農協中央会をやめ、「協同組合経営研究所」の理事長に就任されたころ、ICAの原則改定が行われ、世界的にも先進資本主義国でも「独占資本・多国籍企業」が大きな力を発揮し、これらに有効に対応して協同組合の役割を果たすために(生き残りも含めて)、「世界的にもリージョナルでも各国内でも協同組合が力を合わせて、こうした巨大資本と闘うことが不可欠である、という認識が生まれICA原則に初めて「協同組合間協同」の原則が加わりました。この頃、私は岩手大学生協(1961年創立)の専務をしていましたが、「佐藤正」先生が非常勤の常務理事をされており、同じ徳島県出身の一楽先生の書物や論文を紹介され、その実践を指導されていました。佐藤先生は東北大経済学部ヲ終え、同大農業研究所を経て61年に岩手大に教官として赴任された方で、東北大学生の頃「イールズ事件」で激しく闘った方で、私も「恩師」として尊敬していました(佐藤先生は若くして同大評議員として活躍中に労災的な死を遂げられました)。

こうしたこともあり、1969年「盛岡牛乳を安く飲む会」の班長会にお呼びして「協同組合とは何か」のお話をいただき、その際「大学生協が直接地域に生協をつくるのは如何ガかな、あくまで地域の住民が主人公の生協を作る上では、盛岡のような牛乳の共同購入組織を先行させ、その中で生協を学び会員が力を合わせて新しい生協をつくる方がよい」とお褒めをいただき、当時の会員の確信を高めました。その後、その後この共同購入組織を母体に「盛岡市民生協」が誕生し、その班長会議や理事会でも「一楽理論」を熱く語ってもらいました。そのときの今でも忘れれないエピソードがあります。200人ぐらいの班長の前で、前に座っていた私を指差しながら「夕べ加藤専務と話したが、彼は定期預金程度出資配当を予定して、毎月の増資活動に力を入れたいといっていたが、この考え方は協同組合のことを何もわかっていない人の考えだ、皆さんは、出資配当を期待して増資をするのですか、違うでしょう。一人ではできないくらしの質を高めるために生協をつくり、その生協を健全に育てたいという、いわば母親みたいな気持ちで出資されているのでしょう。だから、みなさんが生協の主人公であり、自分たちで物事を決めなければ、加藤専務のような間違った考え方を持つ人を早くやめさせる事を薦めます。」

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