コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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「平和とよりよい生活のために」について

[吉永紀明]
 暫くご無沙汰していました。
 斉藤さんの「平和とよりよい生活のために」の「平和」が先か「生活」が先か。という話について一言述べたいと思います。
 実は、5月19日おかやまコープの「くらしの助け合いの会」の20周年記念総会があり、その中で私が「共助のこころを大切に」という話を30分ほどしました。
 話の中で『生協は「平和とよりよい(き)生活のために」のスローガンを大切にしてきました。私は昔、時々「よりよい生活と平和のために」と書いて、当時の日本生協連の中林会長からしかられました。
「吉永君、よりよい生活というのは、平和な社会があって初めて可能なことなんだよ。だから平和が先でなければならないんだよ」と言われました』と述べたばかりでした。
 賀川先生とのやりとりや、福田さんが提案したことはわかりませんが、私が1963年に母校(北海道酪農学園大学) に生協をつくり、大学生協連との関わりの中では、確か「よりよい生活と平和のために」という言葉があったように思います。それが頭にあったので、日生協に入ってからも、中林さんから注意されるまでそのように書いていたのではないかと思います。

 1977年以降の原水爆禁止運動の高揚の中で、ますます日本生協連のスローガンは「平和」を先にした「平和とよりよい生活のために」が輝きを増していきました。
 運動方針や中期計画を大谷役員室長(常務)と代々木の青年館で泊まりこみで作っていたときも、このスローガンを忘れずに入れていたことを思い出します。
 スローガンも時代の推移、背景変化によって変わっていくものなのでしょうか。
 「ひとりは万人のために、万人はひとりのために」も生協をあらわす言葉として、私自身は今も大切にしていますが、次第に使われなくなっているように思います。
 しかし「よりよい生活」というのは、生協の活動・事業の究極の目標であると思います。
 「より安心・安全な商品を手に入れたい」「安心できる医療を受けたい」「より確かな安心できる共済に加入したい」という組合員の願いを実現するのが生協の役割です。
 それが、第2次世界大戦では、生協の全ての活動が停止させられて、解散や休止に追い込まれました。
 戦後、生協運動を再建するときに「平和宣言」を採択したのも、その反省からだったと思います。
 中林さんの「平和」が先だとの思いは、戦中の活動停止の忸怩たる思いが生み出したものではないでしょうか。
 過去の教訓から生み出された言葉は、これからも大切にしていかなければと思います。

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