コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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生協の反核平和の取り組みー歴史断片2

「斎藤嘉璋」

”平和とよりよき生活のために”をめぐって
<平和>が先か<生活>が先か
 日本生協連は創立宣言で<平和とよりよい生活のために>をうたってから、それは長らく基本スローガンとされたが、大学生協では<よりよい生活と平和のために>と生活を先にするスローガンを使う例が多かった。
 調べてみると東大生協が1950年6月の第5回通常総代会のスローガンに<よりよき生活と平和のために>と<学消の歴史を繰り返すな>を掲げており、その年に各学部自治会の支援のもとに全学的に展開した“協組防衛闘争”でもこの二つのスローガンが使われている。(「よりよい生活」は当初「よりよき生活」だったようであるが、ここでの既述は正確に原典に当たったものではない。)
 私は1957年から大学生協にかかわったが、大学生協ではそのスローガンに<よりよき生活と平和のために>が使っていたように思うが、「平和が先か生活が先か」といった論議があった記憶はない。しかし、60年に日生協に就職すると「平和が先だ」と教えられた。

 それを強く主張したのは当時専務理事の中林貞男さん(のち会長)で、中林さんはその著書「平和とよりよい生活を求めて」で、その理由を述べている。そこでは日本生協連の創立にあたり方針や綱領といったものの論議をした時に賀川さんが「創立のスローガンは“平和とよりよい生活のために”だとおっしゃった」、その時“よりよい生活と平和のために”の方がいいのではないかという論議もあった、しかし、賀川さんが「平和だ、平和がなによりの前提だ」と主張、このスローガンになった、という。
 しかし、私は日本生協連の創立宣言でのこのスローガンの採用の経過は前回紹介した福田さんの証言が正しいと考えます。1951年当時、日本生協連の創立に関わった大学生協は東大生協以外はなかったし(大学生協連が日本生協連に加盟したのは1956年)、発起人メンバーから想像しても中林さんがいうような論争は考えられず、福田さんが提案し、「異議なく決まった」という方が正しいように思われる。
 ではなぜ中林さんは著書で論争と賀川さんを引き合いに出して「平和が先だ」と強調しているのだろうか?多分それは51年の創立時のことではなく、60年代になり大学生協や大学生協から地域生協に出たメンバーが「よりよき生活――」の方が生協にはふさわしいのではないかと言いだした頃のことではないだろうか。私も日生協でそんな感想を述べ、先輩の岡本好広さんから「中林さんだけでなく日生協では幹部が一致して平和が先だからね」と注意された。中林さんを先頭に日本生協連が「平和とよりよき生活のために」のスローガンを強調し、「生活が先」論を強く批判したのは反核平和の取り組みの強化と一致していたように思われるし、それで良かったと考える。
 日本生協連の創立に当たり「平和とよりよい生活のために」を提案したのは東大生協代表の福田さんであるが、東大生協の「25年史」には「『よりよい生活と平和のために』を提案した」と書いている。そんな食い違いが今も残るが、私は平和と生活の記述の後先がどちらであれ、素晴らしいスローガンであり、今後とも使ってほしいスローガンだと考える。(こんな態度なので中林さんに叱られたのだが。)

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