コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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北朝鮮のロケット発射へのマスメディアの対応に思う

[大友弘巳]
4月5日午前11時半ごろ、北朝鮮はついにロケット発射を強行しました。
これがミサイルの実験ではなく、もし人工衛星打ち上げという北朝鮮の主張が事実であるとしても、秘密主義での強引な進め方は無法者的としか思えず、誠に遺憾なことです。
それにしても、ミサイルと人工衛星とを区別することなく、麻生首相主導の下に日本政府、自衛隊がとった迎撃論に基づく軍事的対応は、いたずらに国民の不安を煽り、自衛隊増強と憲法9条改定への国民合意を広げようとする意図が強く感じられますし、また、外敵を強調することで内を固めようとする古今東西の例に倣って、どん底に落ちている内閣支持率を少しでも回復し、国会解散総選挙を有利に運ぼうとする政略が動機となっていることが感じられ、これまた誠に遺憾ことであります。
また、この大事に際し、国民の立場に立ったオピニオンリーダーとして正確に情報を伝えると共に、政治に対して適切な見解を示すなどの役割を果たすべきマスメディアの対応にも大きな問題を感じざるを得ず、甚だ遺憾なことと思っている次第です。

4月6日の朝刊を開いたら、北朝鮮のロケット関連の記事が、1面トップから始まり、7ページに渡って、それぞれのページの主要スペースを占めるという大々的な報道振りでした。
まさに過熱報道といわれても仕方がない異様な取り上げ方であり、読者へのインパクトは大きなものでした。もちろん他紙もテレビも同様の取り上げ方だったと思います。
しかも、政府がまだ「飛翔体」と呼び、発射されたことを住民に放送で連絡した自治体(新聞に紹介されていた事例=岩手県の滝沢村)では「ロケット」と呼んでいたにも関らず、トップの大見出しは「北朝鮮ミサイル発射」という表現を採っていました。
北朝鮮側の「人工衛星」という言い分が信用できないとしても、「ミサイル」と決め付けた表現をこの時点で使ったのが妥当だったのか、とても疑問です。
3ページには「人工衛星」と「弾道ミサイル」とはどちらも物を運ぶ手段としてロケットエンジンを使っていて原理は同じと説明されていますが、であればどちらにでも当てはまる用語として「ロケット」又は「飛翔体」と呼ぶのが妥当だったように思います。
また、「ミサイル」の日本語訳は「誘導弾」ですが、弾頭に爆弾を付けた実戦用か、爆弾は付けない打ち上げ実験用かという違いもあるように思います。いくら北朝鮮が無法者的な国といっても、爆弾を付けたミサイルを戦争状態でもないのに突然他国へ撃ち込むことは考えられませんし、記事を書いた記者も、爆弾を積んだミサイルを打ち上げたとまでは考えていなかったのではないでしょうか。だとすれば表現に考慮が必要だったはずです。
しかしながら、見出しの表現は「北朝鮮ミサイル発射」でした。これでは、爆弾を発射されたと受け止め、読者や国民がパニックに陥っても不思議ではありません。幸い多くの国民が遺憾に思い、不愉快には感じても、まさか爆弾が降ってくるとまでは考えず、冷静に受け止めていたように思いますが、かといってこの見出しが妥当だったとは思えません。
8日午前の記者会見でも河村官房長官は、「ミサイル発射だったのか、人工衛星の打ち上げだったのかは判断が付きかねる」と述べていました。
政府が「飛翔体」という表現を「ミサイル発射」という表現に改めると発表したのは、本日4月10日午前の記者会見です。その理由として、衆参両院の抗議決議で「ミサイル発射」と断定しているということと、人工衛星の実態が無い(電波が受信できない)の2点を挙げていますが、10日の夕刊にも紹介されている通り、自民党内から、「飛翔体」と書いているのは政府と「赤旗」だけだと批判する声が上がっていることに応えたものと思われます。
この経過を振り返ってみると、マスメディアによる「ミサイル発射」の報道が、国民の不安を煽り、急ぎの国会議決につながり、政府の表現も改めさせたとも言え、マスメディアの影響は大きいし、責任は重大だと痛感する次第です。

4月7日の朝刊の読者の「声」欄には、「北朝鮮ミサイル、けじめつけよ」と題して、次のような意見が掲載されました。
『今回のことで自衛隊と在日米軍の重要さが理解され、国民の見る目も違うものになるだろう。自衛隊や在日米軍の存在を認めたがらない一部野党は、どのように感じているのだろうか。今回のような場合、どのようにして国民の生命を守るのか、そろそろ国民の前に見解を示すべきではないだろうか。単に憲法9条改正反対だけでは、もはや国民の理解は得られないのだから、きちんと示した上で改正に反対すれば説得力もあるだろう。』
4月9日の「声」欄では、二つの意見が紹介されました。
一つは、「脅威強調で防衛費増の世論」と題するものです。
『ミサイル発射後の5日夜、フジテレビ報道番組「サキヨミ」を見ていたら、視聴者に「日本はもっと防衛費を増やすべきか」という質問しており、回答は、「増額賛成」が66%、反対が34%だった。番組で北朝鮮の脅威を繰り返し叫べば、世論は当然こうなると私は思った。』『北の脅威は重大だが、単純に防衛費を増やせとの世論を導き出すマスコミの怖さ。憲法九条はどこに行ってしまうのか。いずれ戦争を知らない世代ばかりになり周辺の「危機」が増せば、九条の理想は消えうせ、悲惨な歴史が繰り返されるのではと思った。』『マスコミの冷静で節度ある報道をお願いしたい。』
もう一つは、「挑発にのらず外交で知恵絞れ」と題するものでした。
『日本の為政者にお願いしたい。挑発にのらず、制裁や国連決議などで強硬姿勢をとらないで、平和のためこれまで以上に外交で知恵を絞って欲しい。武力拡大は愚かで地球の全生物に害であることを、北朝鮮のみならず世界中のリーダーに発信していただきたい。』

 新聞社としても、さまざまな読者からの意見に耳を傾け、冷静な対応をしようと考えているのかもしれません。
これらを読むと、憲法九条を大切にする立場から、今回のような場合どう対処するのか、また、日本を射程距離したミサイル「ノドン」が既に大量に北朝鮮に配備されているという現実の下で、どのように平和を守るのかをしっかり伝えていくことの大事さを感じますし、防衛費増額が平和で民主的な日本を守ることにつながるのかと問い返すことにも、これまで以上に大きな努力が必要になっていると思われます。
「憲法改定国民投票法」制定以来の世論調査では、「憲法9条改定には反対」という意見がどの調査でも60%を超えるようになっていましたが、今回の問題は大きな試練になると考えられます。
世論はマスメディアの論調に左右されやすく、世論はマスメディアが作るとも言われるくらいですので、今回のことが憲法9条に関する世論にどう影響してくるか、懸念もされますし、注目されます。
おりしも、総務省は、『ごぞんじですか?平成22年5月18日から「憲法改正国民投票法」が施行されます』のパンフレットを発行し、都道府県・市町村の窓口で配布し始めました。
いよいよ日本国民は岐路に立たされ、ここ数年間正念場を迎えることになりそうです。
マスメディアの報道とそれに基づく「世論」に流されることなく、ブログなど草の根での情報や意見の交流をますます大事にして行こうと思い定めているこのごろです。

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