コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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北朝鮮ミサイル軌道の下にいて思う

[加藤善正]
4月4日(土)は誤報であったとはいえ、北朝鮮予告の最初の日でしたが、「PAC3」の配備された滝沢村一本木自衛隊基地の前を通り、隣の八幡平市の「県民の森」で久しぶり1時間ほどのウオーキングをし、「森の湯」(市営)の温泉でのんびりし、休憩室のテレビでこの「誤報」のニュースを見ました。5日(日)は近くの「高松の池」(桜の名所なれどまだつぼみは硬い)でのいつものウオーキングを終え、風呂に入って汗を流し新聞を読んでいる時「飛翔体」のテレビ報道がありました。今回の北朝鮮のミサイル発射の軌道が秋田県・岩手県上空を通ることから、マスコミ報道がにぎやかなものでしたが、私は政府の「有事立法」を生かした「過剰防衛体制・国民への危機宣伝」、それを批判しないでお先棒を担ぐマスコミの過剰報道に「怒り・懸念」を持っていましたので、きわめって冷静に「ウオーキングと入浴」で対応していた次第です。

1999年、橋本内閣の「新ガイドライン」は本質的には「日米安保条約」の改定であり、それまでの安保条約(60年改定)の「日本の防衛・極東の平和と安全」を改悪して「世界の日米安保・日本の平和と安全に関係する地理的概念でない周辺事態に対応する日米同盟」に変質するものでした。2002年、小泉内閣の「有事立法」はその「日米同盟」の具体化として、有事=戦争におけるわが国の「臨戦体制」のもろもろを決め、自衛隊・自治体やマスコミなどの「総動員体制」を目指しました。しかし、国民の意識や自治体・マスコミなどの利用・活用は、現実味が乏しく、なんらか事態の到来を待望するという段階でした。こうした「新ガイドライン・有事立法体制」を確立することを責務と考える人々からは、今回の北朝鮮のミサイル発射は、それが衛星かテポドン2であろうが関係なく、絶好のチャンスとして準備してきました。

本来このミサイルは日本の上空600~1000kmを飛び、日本領空(約100km)侵犯には当たらないし、その高さのミサイルを「迎撃」することなど不可能(届かない)なことは常識でした。発射が失敗して低空飛行し届く高さであって、万が一命中したとしても、その破片の飛散などの方がより危険であるという識者もいました。本来、こうした軍事的措置は「秘密裡」に行うことが軍事的には常識であり、その上で、「危険性は殆どないから冷静に」という呼びかけを行うのが、本来の政府の責任であるはずです。また、国連安保理決議に違反し、危険な国としての北朝鮮・金正日体制であるとはいえ、平和憲法・9条・前文の規定を持つ国として、いたずらに隣国と「戦争状況」を仮定する軍事的対応は、「平和国家」を志向する態度とは思えません。

国は「国民の生命と財産を守ることを最優先するのが責務」という声が聞こえますが、生活保護制度の空洞化、無慈悲な派遣切りや失業増大、地域医療制度の崩壊、ワーキングプアへの無策、行き場のない貧困高齢者が無許可の老人施設(500を超える)へ放り出されている現実を直視するとき、今度の大騒ぎと多額の予算支出は腹が立って仕方がないものでした。

案の定、ミサイル騒動は何もなく終わり、自衛隊の「誤感知」「誤報」が浮き彫りになりました。しかし、今度の「有事立法」の練習をさらに強化し、「総動員体制」「憲法改悪」の流れが強まる動きを、敏感に注目しなければなりません。ウオーキングと入用で体を鍛え、憲法を活かす運動に取り組む決意をいっそう強めながら、やがての桜が映えいる青空を待ち望みながら、ミサイル通過上空を眺めた2日間でした。



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