コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

PageTop

弱いものに犠牲をおっかぶせる混迷  ぬくもり喪失の時代に

[晴3]
弱いものに犠牲をおっかぶせる混迷  ぬくもり喪失の時代に

弱いものに犠牲をおっかぶせる混迷の時代は底なしに長期化するのではないか 。
見通せない未来。高度成長からバブル崩壊を経て資本擁護にのたうち回る為政者。こんな中 人々は 資本の利益のために あくせくさせられ 仲間との絆を軽んじ 協同を見失ってきた。小手先では何も解決しない時代が到来している。

仕事仲間  家族  地域  生き物 文化にであえば  

しかし 人々は失ってきたものの大きさ(例えば農業 緑 子ども 健康  文化  はたらく喜びなど)に気付き初めている。 仕事仲間  家族  地域  生き物 文化にであえば  希望や喜びも生まれる。そんな中にこそ人間的な温もりの実感がある。
規模の利益のために集中に夢中になってしまった組織は変質あるいは吸収されいずれ長く持たないのではないか、その実例がこの社会に次ぎ次に出てきている。温もりのない組織はいずれ先絞りになっていくのではないか。

変えるのもかわるのも容易ではない。でもそれ以外に活路がないとしたら。

この世にいま生きている限り、二つの人間の持続、生存に関わる問題―平和と戦争状態(23000発の核兵器を抱いたまま戦後200回も戦争してきている今の世界の脆弱てき危機)と急速にすすむ生物多様性の危機、温暖化―――のはさけてとおることが出来ない。
一方身近なところでの良き関係抜きに「生き心地」はない。{一人は万人のために}と唱えたところで何も解決しないしむなしい。

「私はわたしのために」から「ひとりは一人のために」へ
身近なところでの「ひとりは一人のために」の拡がる実践がつねににあってこそ危機にある「人間の持続てき生存」と結びつくと思う。人は誰しも人間をつつむ大状況―――抽象てき価値―と人間を包む小状況―具体てき価値―の坩堝(るつぼ)の葛藤の中で生きている。人間を人間にするこの「るつぼ」から人を分離し「人間的な温もり」を消し飛ばす「今さえ良ければ」「内さえ良ければ」といったミーイズムに引きずり込んだカジノ市場経済、新自由主義を改める以外にない。
そのためには私達はかって私達の先人がしてきた「わたしと貴方  我々と貴方 みんなとわたし」のいい関係を創造して行くことに人生の進路を定める以外にない。

一見難しく見えるが

それは一見難しく見えるが「人間的温もりを大事にする分かち合いの生き方、働き方」を追い求めればいい訳なので「素朴」「真心」があればいいことになる。そういう方は年齢、性別とわず地域に、職場に、親族にそして彼の国にも居られることだろう。人はながい人生履歴の中であの人この人あのグループと名指すことが出来る 。名もない普通の人たちの中に。

学ぶ器は狭くて浅い

わたしの余生は 人が先、命が先だと言うことを見失わない様にそんな方からの学びの旅にしたいものである。難しくしているのは「素朴」「真心」「温もり」を感知出来ないわたしの側の感受性(それを支える知識)が乏しいからだと思う。学ぶ器は狭くて浅いからに他ならない。我以外皆教師(吉川英治)というほど人生訓にはほど遠いが、教えてほしいのである。
ある方から弱い人たち(今元気の人もいずれ弱い状況が必ず訪れる、私も同じ)と弱い人たちと共にある人たちの中に「素朴」「真心」「温もり」の宝庫があると教えられた。私もなるほどそんなきがする。

スポンサーサイト

PageTop

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。