コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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生協間の連帯について学んだこと     ~ ベルリンの壁崩壊の年に

[大友弘巳]

 11月9日がベルリンの壁崩壊から20年目の日だったことで、先日、吉永さんから思い出話が披露されましたが、私も、壁の崩壊からまだ1ヶ月もたっていなかった12月2日~13日にドイツも含めて4カ国の生協の視察団の一員として訪れており、そのときの思い出を紹介したいと思います。
 まず、ベルリンの壁が崩壊してできた瓦礫についてです。
 吉永さんたちは、翌年ドイツから迎えた代表団からお土産に「ベルリンの壁」をもらったとのことですが、ドイツの人たちは多分、大変喜ばれると考えて、一生懸命に重いものを運んでこられたのだと思います。
 というのは、私たちが訪れた時の旅行ガイドから、ベルリンの壁の崩壊直後瓦礫を拾い集めていた人々の中に日本人の姿が目立っていたと聞かされたからです。
 ドイツの人々や、世界の人々から、そうした日本人の行動が冷ややかな目で見詰められている感じを受けて、私たちは気恥ずかしい思いをしたことを思い出します。
 ドイツで私たちを迎えてくれたドルトムント生協の方々は、石ころをお土産にと下さるようなことはありませんでした。

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映画・こつなぎ―山を巡る百年物語  東京での試写会のご案内

9月ごろ、映画「こつなぎ―山を巡る百年物語」の盛岡での鑑賞に関する記事を書きましたが、この映画の東京での試写会の情報が入りましたのでお知らせします。是非、お知り合いの方やメールの転送などで、多くの方々にご覧いただきたいと思いお知らせいたします。

この映画は岩手県の県北の小さな村、一戸町小繋部落の「入会地」を巡って、農民と地主(国家権力)との百年にも渡る「裁判闘争」を描いた「ドキュメンタリー映画」です。幕藩体制の下、部落の「入会地」であった小繋山は、農民のくらしを支え、共有財産として長い間平和に利用されていました。しかし、明治政府の「富国強兵・殖産興業」政策により、日本資本主義体制を構築する手段として政府は大金持ち(資本家)にこうした山林を売却し、農民の財産を没収しました。この入会地がなければくらしが成り立たない農民は、部落の大火からの復興のために、長い間の慣習に従ってこの入会地の木を切り出しました。それを「窃盗罪」として訴えた地主とその地主を擁護する警察権力・司法との百年に渡る苦しい戦いの記録です。

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「加害の事実」

[吉永紀明]
 私が事務局として関わっている”宇野学区九条の会”が、先日「加害の事実を知ろう」と題してDVD上映会を開いた。
 「泥にまみれた靴で」(26分)と「日本鬼子のおきみやげー日本軍毒ガスの真実ー」(29分)の2本を上映した。
 第2次世界大戦が終わって64年経ったが、戦争中に何が行われたのか、日本軍は戦地でどんな行動を行ったのか。「すべて体験したことは墓場まで持っていく」として、真実を語らないまま多くの元兵士が亡くなった。
 そのなかで5人の元日本兵が、自ら手を下した捕虜の惨殺、拷問、生体解剖、軍隊の不条理などについて証言した。
 「人を殺したら人間が変わった。人間でなくなった」「突撃のときに、日の丸に遅れると卑怯者と言われた。日の丸の旗は日本兵を殺した」「共産党が天皇の軍隊にはむかっていると思うと、相手を可哀相なんて思いもしない。毎日毎日拷問をしていた」「武器を捨てた捕虜を見せしめのために殺す。その兵士は人間の目をしていなかった」
 「ある村を急襲したら、村には夫婦と赤ん坊しかいなかった。夫婦を殺した後、この赤ん坊も大きくなったら敵になるんだからこうやって殺すんだといって、泥にまみれた軍靴で踏み殺しました(涙声)」
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「ベルリンの壁」

[吉永紀明]
 東西冷戦の象徴だった「ベルリンの壁崩壊」から20年が経ち、11月9日にブランデンブルグ門の前で、欧米の要人やゴルバチョフ元大統領も出席して記念式典が開かれた。
 20年前の11月10日に、ベルリンの壁の上に立った若者がハンマーで壁を打ち砕く様子を見て感動したものだ。
 実は壁崩壊の前年に、関西の生協のメンバーと一緒に「ソ連」「東ドイツ」の生協を訪問した。
 ソ連はゴルバチョフ書記長が経済立て直しのために改革を進めている時期だった。
 私たちが訪問した国営市場と言っても名前ばかりで、肉が並ぶべき冷蔵ショーケースは空っぽで何も入っていなかった。酒屋さんの前ではウオッカを買い求める長い列が出来ていた。ホテルで食べた夕食にボルシチが出てきた。ソ連にきたらぜひ食べたいと思って期待をしていた料理だが、野菜が少しで、肉はいくらかき回しても見つからなかった。
 ビールは1本目は冷えた缶ビールだったが、2本目からは冷えていない暖かな缶ビールだった。電力事情だという。冷えたビールは2ドルで、温かなビールは1ドルでいいと言われた。
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「沈まぬ太陽」の主人公  恩地こと小倉寛太郎のこと 

「晴3」
 「沈まぬ太陽」の本や映画をご覧になりましたか。主人公の恩地元さんは  本名は小倉寛太郎といいます。実は大学生協駒場の設立の中心でした。私もかって大学生協連を氏がたずねて見えられたときお会いしたことがあったのですが、つま先から頭のさきまで善良そのものの明るい印象の方でした。それが「沈まぬ太陽』が世に出る前だったので つい 出会いを大切を生かせなかったのが悔やまれます。大学生協駒場の設立の中心でしたことを現役の大学生協のかたは誰もそれを知らない。それは私に責任の一端があります。そうおもって思って小倉さんが本郷に移ってから駒場の生協従業員になった島根さんに話すと「自然に生きて 小倉寛太郎著 新日本出版社」ほかを持ってきて下さいました・

それによると「沈まぬ太陽」はほぼ事実そのもののようです。山崎豊子が8年かけて千数百時間ヒヤリングし  また関係者を徹底的に調べて書いたものです。はじめ小倉寛太郎は小説化を固辞しました。これに対し山崎豊子は『貴方は非常に珍しい経験をされ  自分の信じたことを曲げないで生きてきた」 と食い下がります。小倉寛太郎は「普通に生きて当たり前のことをきただけです。それが珍しいというのは社会のほうがおかしいからです」とまた辞退する。山崎「私はそのおかしい社会をどうしても書きたい。貴方はそれに協力してください」と。そういうことで始まりました。

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寄稿  「鳩」の字にごまかされまい

[谷川 宏]

 読書紹介をさせてもらいましょう。といっても、皆さん、すでにご承知かもしれま
せんが。
 8月6日現在絶版で、アマゾンでさがしたところ、古本で8000円の表示という
貴重な本です。PHP社刊行の「新憲法試案」。著者は、おなじみの鳩山由紀夫氏。
 友人から借りてみたのですが、帯にいわく。「憲法改正待ったなし。戦後憲法の限
界をつぶさに検証したうえで、新しい時代にふさわしい憲法を大胆に提示」と。

 内容の一部を、ご紹介しましょう。
 まず、はしがき。「私は、憲法改正をやりたい。・・・数年前、はじめて民主党代
表選に出馬したとき、公約のひとつに憲法改正をかかげた」
 以下、本文。「前文は、楽観的国際政治観であり、書きかえる。」「国民主権は明
記するが、天皇は元首とする。なぜなら、日本の伝統と文化の拠り所だから。」
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