コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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寄稿 「第25回JA全国大会を傍聴して」

[岡 本 好 廣]

10月8日に開かれた第25回JA全国大会を協同組合懇話会常務委員の枠で傍聴した。3年に1度開かれる全国農協中央会の全国大会だが、今回は政権交代直後の大会とあって注目を集めていた。前日の台風の影響でJRを始めとする交通機関が止まってどうなるかと思っていたが、前日分科会があって泊まり込んでいた全国の代議員が開会の10半時前に続々と集まり、大晦日の紅白歌合戦の会場であるNHKホールを3階まで埋め尽くした。報道によると全国の農協から2500人の代議員が参加したとのことである。3年前の2006年の大会にも出たが、この時はかなり空席があった。今回は殆ど空席が見られず、今度の大会に寄せる関心の高さが実感された。今回の大会スローガンは「大転換期における新たな協同の創造」であり、背景には過去3年間の日本の農業と農協を巡る厳しい状況があり、それを克服しなければならないという意志が込められているように思われた。

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「冬の兵士」を読んで

[加藤善正]
10月10日の「ブログ・リベラル21」において、半澤健市氏が「冬の兵士」(岩波書店、09・8・18刊、¥1900)を紹介されているのを見て早速購読した。その内容は半澤氏が詳しく書かれており、初めて知った事実も多く、IVAW(反戦イラク帰還兵の会)に結集している方々の真実の叫びを胸が痛む思いで知ると同時に、大いなる勇気を与えられた。身近な人にこの本をお勧めしたいるが、是非皆さんもこの本を買って精読されることをお勧めしたい。
この本は「イラク・アフガン帰還米兵が語る戦場の真実」の副題が示すように、04年7月、ボストンでの「平和を求める退役軍人の会」の年次総会で創設されたIVAWが08年3月開催した「冬の兵士」と題した公聴会での約50名の告発・証言が生々しく綴られている。詳しい内容は半澤氏が紹介されているので、読後感的な私の若干の意見を述べてみたい。


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旧陸軍飛行学校桶川分教場の施設を見学して

[大友弘巳]

JR東日本が主催している「駅からハイキング」の企画の一つ、桶川市の史跡や文化財を巡るコースの中に、旧陸軍飛行学校桶川分教場の施設の見学が含まれていることを知り、10月11日に参加して見学してきました。
所在地は、桶川市の西端の荒川沿いの地域で、川越市に至る道路から少し入ったところです。
この施設は、昭和12年6月に開校され、同20年2月までの間には飛行学校として1,500~1,600名の航空兵を訓練し、その後は特攻隊訓練基地として使用され、同年4月5日には陸軍初の練習機による特攻となる振武第79特別攻撃隊12名を知覧基地に送り出しています。
現在も、兵舎、弾薬庫などだった建物が当時の形を保っていて、学校の面影を残しており、貴重な歴史的遺産となっています。

学校の構内 (画像をクリックすると大きな画像が表示されますのでお試し下さい)
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「核密約」と主権在民―主権者の怒りで「核の傘」を取り払おう!

[加藤善正]
 「核密約」があらためて明らかになり、自民党政府が50年もの長い間、わが国の主権者である国民を裏切り、馬鹿にして、ぬけぬけと虚偽の国会答弁を繰り返していたことが国民の前に晒された。ヒロシマ・ナガサキ・ビキニと繰り返された核兵器の地獄のような実相を知り心を痛め、粘り強く展開された「核実験反対・被爆者援護・核兵器完全廃棄」を求めた国民的願いと運動を無視するように、アメリカの核持込を認め、その密約を「存在しない」といい続けた基本的な政治姿勢は、憲法で明記されている「主権在民」の基本理念を完全に逸脱しつづけてきたものであることは明白である。一般にいう「外交交渉の内容はすべてを明白にできない」とは異なり、「あるもの」を「ない」といい続ける主権者を冒涜する確信犯による犯罪的政治行為である。さらに、狭い海峡の領海設定もアメリカの「核密約」を盾にした圧力で、短く設定してアメリカの核搭載潜水艦や空母の自由往来を保障していたことも明るみに出て、「核密約」の弊害、アメリカとの従属的関係が白日のもとに晒された。  岡田外相は「核密約の調査」を開始したが、どこまで解明できるか監視を強めたい。

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ヴァーチャル歌声喫茶「のび」のご紹介

[大友弘巳]

今日は、皆さんに、「時には歌声を楽しんでみませんか」、という思いで、ヴァーチャル歌声喫茶「のび」の紹介をさせていただきます。

10月3日(土) 埼玉大学生協の学生理事として1970年前後に活動に参加していた諸君が開いたOB・OGの集まりに、少し年長の私も一緒に参加させてもらいました。
参加者15人のうちの2人が今年民間企業を定年退職したばかりで、今回初めての参加だったので、38年ぶりに再会したわけで、お互い様懐かしく、昔に返って、大いに飲み、語り合いました。
2人のうち1人は、理工学部卒らしく技術者・研究者として活躍し、会社で仕事をしながら博士号まで取ったとのことで、頑張り屋さんであり勉強家でもありました。あちこち転勤して、最後は大阪での勤務が長かったのですが、定年後に備えて埼玉へ転居してきたといい、「早速さいたまコープに加入し、個配を利用していますが、今の生協には協同組合理念が感じられないですね」などと厳しいことを言う人でもありました。
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いのちの山河・日本の青空Ⅱ 上映運動始まる

[加藤善正]

 沢内村の「生命尊重行政」を指導した「深澤晟雄村長」を描いた劇映画「いのちの山河」が遂に完成し、10月1日から完成試写会が始まった。1~2日の西和賀町の上映は町民の約2割、1600名ほどが感動と賞賛の声を上げて鑑賞した。3日は盛岡市で700名が試写会に集まり、これからの県内での自主上映会の成功を誓い合った。
 「製作・上映運動を成功させる岩手の会」の事務局長を担当した私は、この1年半ほどこの映画の成功のために力を注いできただけに、西和賀・盛岡での鑑賞では涙・涙の連続で、大いに感動した。製作協力金も県内目標100口(1千万円)を上回り、115口を超え、全体の製作にも一定の貢献ができた。この映画の内容や制作・上映運動の意義などに関しては既にこのブログで発信してきたので、この映画のパンフレットに寄せられた、湯浅誠氏(反貧困ネットワーク事務局長)の言葉を紹介したい。

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「世界手洗いの日」

[吉永紀明]
 サモアの大地震、フイリッピンの大洪水、スマトラの大地震とこの間たて続けで世界で大災害が発生している。
 先日の国連での鳩山首相の演説で、日本はCО2の排出量の25%削減を公約したが、地球温暖化の影響は待ったなしの状況にある。地震は温暖化と直接関係があるとは思わないが、それにしても最近の地球はおかしくなっている。
 大洪水でも、大地震でもいつも被害にあうのは子どもたちだ。
 先の3つの災害に対してユニセフは世界に支援を要請した。日本でも緊急募金が始まった。
 世界では年間880万人の子どもたちが5歳の誕生日を迎えられすに命を失っている。その死亡の原因の多くは予防可能なものだ。「栄養のある食べ物」「きれいな水」「母親の健康な母乳」など。
 そして、せっけんを使った正しい手洗いは、子どもたちの命を奪う下痢や肺炎の予防に大きな効果がある。
 
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生協には夢があった  「みらいは我らのものな里」

「晴3」
生協には夢があった。 
古来 先駆者たちは、協同の夢を掲げて戦ってきた。そして世界に、日本にひろがっていった。

 未来は今すぐ実現が出来ない事を十分認識した上で、なおかつ「未来は必ずや我らのものである」という不動の立場を固めることが、地道な不屈の努力を生み出し」(福武直  賀川豊彦に寄せて)て行ったのだろうか。

 戦争にひた走る暗黒の時代に「みらいは我らのものなり」といってのけ、生協人を鼓舞した賀川豊彦がいた。それゆえに賀川は日本のみならず世界の協同組合の先駆者になりえた。

1935年生協は風前のともし火だった。 そんな中「東京学生消費組合」の10周年記念にさいして賀川豊彦は「未来は我らのものな」と言う色紙をおくり次代への確信を表明し人間をあやめる体制は長くは続かないないコトを見通していた。。事実そうなり生協はよみがえった。

この色紙は官憲の目を逃れるため当時の専務理事山岸晟氏(故人)によってた家の縁の下に隠されたことで東京大空襲で燃えずにのこった。

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