コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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いのちの山河 日本の青空Ⅱ 吹雪の中、現地ロケ撮影快調!

[加藤善正]
暖冬気味の中、2月に入って寒さや降雪が戻っておりますが、映画「いのちの山河・日本の青空Ⅱ」の現地ロケが2月15日から2週間の予定で岩手県内で行われています。この映画のタイトルも「いのち輝く里」から「いのちの山河」に変更になり、キャストも決まりました。
深澤晟雄役は長谷川初範(彼は私の高校・北海道立紋別高校の15年後輩です)、妻ミキ役はとよた真帆、父親晟訓役は加藤剛、教育長太田祖電役は大鶴義丹、助役佐々木吉男役は宍戸開、ジャーナリスト中野美代子役は小林綾子など、重厚な適役が配置されています。
2月19日には現地エキストラ70名が参加し、豪雪により陸の孤島と言われた沢内村で、深沢村長就任の翌年(1958年)、初めてブルトーザーでの除雪がはじまり、盛岡までのバスの開通式のロケが行われました。当日は盛岡のテレビ・新聞などのマスコミを案内し、私も見学しましたが零下4度の猛吹雪の中3時間ほどの撮影が行われました。

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お願い

[田辺準也]

皆さんご無沙汰しております。というより昨年9月1日、開始の挨拶以来、全く一言も発することなく、本当に申し訳なく思います。
その上、今日はお願いということで更に恐縮しています。

実は今、名古屋で、有志で、名古屋と南京市の友好都市30周年を記念する市民文化交流企画を進めています。これについての賛同のお願いです。
企画は、この3月24日から29日まで、名古屋国際センターで開く予定ですが、南京大虐殺記念館から、写真をお借りして展示することを目玉にしています。そのため右翼の攻撃が激しく、当初名古屋市は後援を決め通知までしておきながら、その後右翼の抗議で撤回してしまいました。
政府が、写真の中に疑義のあるものがあるといっている、というのが取り消しリ理由ですが、どれが疑義あるものか、なんら示すことができないのが実態です。4月17日は、名古屋高裁による自衛隊のイラク派遣違憲判決一周年ということもあり、例の田母神氏がその前後再々愛知、岐阜などへ来る予定になっていて、南京大虐殺は無かった、というキャンペーンを張っています。
そんなことで、是非多くの方に賛同人になっていただき励ましてもらいたいのです。       
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「異端派生協の逆襲」を読んで(その2)  「事業連帯、事業連合」論について

[大友弘巳] 
 下山さんは、1990年に同時に認可された三つの事業連合を比較してそれぞれの特質を論じていますが、同じ年、任意団体東関東コープネットワークを設立し、その2年後にコープネット事業連合を設立するための準備を始めながら、先行された三つの事業連合それぞれの様子を見守っていた者として、コメントしてみたいと思います。
氏の評価では、ユーコープ事業連合は「強者の連合」であるとし、連帯のありようとしては「覇権型連帯」であったとされていますが、あまりにも一方的とに感じます。
ユーコープは確かに神奈川、静岡、山梨3県の拠点的生協が中心に連帯しようとしたという点では「強者の連合」といえなくはありませんが、主たる目的は大型の店舗の展開を成功させる(失敗させない)ことにあり、そうした店舗を成功させた経験があったわけではありませんので、その面から見れば実は「力の足りない者の連合」だったとも言えます。
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「異端派生協の逆襲」を読んで (その1)「日本の生協は左翼的体質」論について

[大友弘巳]
 斉藤さんのご紹介を受けて、私も「異端派生協の逆襲」を取り寄せて読んでみました。
 個配の取り組みをリードされたこと、産直への突っ込んだ取り組みなど、かねてから下山さんやパルシステムグループの活躍には注目していましたし、この本でも、ギョーザ事故問題での指摘を初め、いろいろ考えさせられる点もありましたが、下山さんとほぼ同じ時期に地域生協づくりや事業連合結成に関ってきた者として、うなずけない点もたくさんありました。
 多岐に渡って問題提起されていますので、何回かに分けて、いくつかの点について感想的私見を述べてみたいと思います。
 今回はまず、「はじめに」の冒頭で問題とされている「日本の生協の左翼的体質」論について検討してみることにします。
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教育とは

[吉永紀明]
 2月2日、ユニセフ募金を受け取りに、倉敷の沙美小学校に行きました。
 学区内の世帯数500世帯。全校児童数60人の小さな学校です。
 1月23日に地域の人たちの協力も得て、ユニセフフリーマーケットを行い、その収益金が124,628円になりました。今年で7回目の開催でした。
 そのきっかけは、人権週間で世界の子どもたちの置かれている現実を知ろうということで、ユニセフ協会岡山県支部から講師に来てもらって話を聞きました。そして、その子どもたちのために自分たちに何が出来るかを話し合って、フリーマーケットを行うことにしました。
 地域の人たちにも商品などを協力してもらいました。商品だけでなく、自分の畑で取れた野菜を持ってきてくれる人もいます。
 集めた商品を売るだけでなく、自分たちも何か企画をしようということで、学年ごとに相談しています。
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賀川豊彦「死線を越えて」を読む

「斎藤嘉璋」

 先に湯浅誠の「反貧困」(岩波新書)の読後感をこのブログに掲載した(10月30日)。その後この本は「平和と協同ジャーナリスト」賞や大仏次郎論壇賞を受賞し、ベストセラーになっているので読んだ人は多いと思う。
 この本を読んだ時、職と食・住を失って“路頭に迷う人々”につくしている湯浅誠の姿を想像し、賀川豊彦を思い出した。それで湯浅氏に会えることを期待し「平和――」授賞式(12月5日)に参加したが、情勢悪化で多忙な彼には会えなかった。
 その後、彼が日比谷の派遣村村長として頑張っている姿をみて、かって読んだ賀川豊彦の「死線を越えて」を読み直してみようと思った。東大出でありながら「反貧困」を戦う湯浅とクリスチャン賀川の共通性とか、何よりも100年前の「貧困」との差異と共通性を考えてみたかった。
 今年は賀川が神戸の貧民窟に身を投じ、貧しい人々の救貧のための活動をはじめてちょうど100年であり、それを記念しての企画のひとつとして「死線を越えて」も再版が検討されているらしい。しかし、読んでいる人は少ないと思うのでちょっと紹介。
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