コラボ・コープOB

生協のOB同士で、交流と意見交換を進める場とします。  自分のこと、お互いのこと、生協のこと、世の中のこと、―-協同・平和をめざして。

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「生協の持続的発展を願って」への書評について

[大友弘巳]  

 既にご覧いただいた方もおられると思いますが、5月20日付の「しんぶん赤旗」の読書欄に、拙著「生協の持続的発展を願って」への書評が掲載されました。
  評者は、このブログ「コラボ・コープOB」の運営メンバーの一人でもある岩手県生協連会長理事加藤善正氏。ご多忙の中と思われるにもかかわらず執筆下さった連帯の志に、敬意と感謝を申し上げる次第です。
 書評では、拙著の内容について、日本の生協の困難化の現状についての警鐘、事業連帯の実践における「自立と協同」の理念や事業のあり方に対する著者の持論、首都圏の巨大生協(とうきょう、さいたま、ちば)の合併に反対している論理、などを取り上げて紹介しています。
 そして、東日本大震災に遭って、岩手の生協が、地域における組合員の結びつきの大切さ、店舗や共同購入の現場で働く職員の自発的な仕事の重要性を再確認したこと、および、全国の生協からのご支援の力強さとともに、県内の各生協、農協、漁協、森林組合などとの連携や共同運動の大切さを身にしみて経験されたことを踏まえて、地域に根ざした県単位の生協の自立の重要性を確信しており、著者に同感している、と結ばれています。

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ドイツドキュメンタリー映画「第4の革命」を観て思ったこと

「寄稿」

[大久保 厚(大学生協連 史料編纂室)]

 去る2月8日四谷主婦会館にて表記映画を観た。何の予備知識を持たずに映画を観た感想は、この映画が3.11フクシマを経験した私たちに何を問いかけているのかがよくわからないというのが実感であった。この映画は化石燃料や原子力から自然(再生可能)電源に転換し、持続可能な社会を築くことをすすめるものであり、積極的に肯定したい気持ちなのだが、しかし3.11以降に明らかになった日本の原発誘致プロセス(伊方原発訴訟など)とエネルギー政策の真実を知ってしまったものにとって、この映画が、製作者の意図とは大きく異なって見えてくるのはどうしてだろうと考えはじめてしまったのである。

 映画を見始めてからすぐに違和感を覚えて、自分の認識を振り返りはじめていた。

1)自然再生エネルギーは日本の開発技術のはず。
  この映画に出てくる再生エネルギーの太陽光、太陽熱、電気自動車(EV)、風力、地熱などの技術は日本メーカーが参 入して開発した技術ソースであり、ドイツを含むヨーロッパでは、日本製システムが使われていることは広く知られているはずである
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「原水禁署名運動の誕生」を読む

「斎藤嘉璋」
今日は66回目の広島原爆の日。福島原発による放射能被害が続くなかで考えさせられることは多い。1955年のこの日、広島ではじめての原水爆禁止世界大会が開催されたが、主催したのは原水爆禁止署名運動全国協議会であり、大会を成功させたのは3216万筆の署名だった。その署名運動を始め、中心を担ったのは東京・杉並区の主婦たちをはじめとする諸組織、団体、個人だった。
 私はかって東京都生協連発刊の「東京の生協運動史」を執筆したおりに杉並区生協婦人協議会の皆さんが原水禁署名運動に取り組んだこと知り、その後もその先進的な取り組みのことを書いたり話したりしてきた。しかし、それが原水禁運動全体のなかでどのような位置、意味をもつものかは十分勉強できてはいなかった。今回、杉並での原水爆禁止署名運動の発生、発展について書いた「原水禁署名運動の誕生」(丸浜江里子著、凱風社)を読み、全体像が理解できた。
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「核なき世界へ」を読む

斎藤嘉璋

岩垂弘著「核なき世界へ」を読んだ。岩垂さん(と親しく呼ばせて頂く)は元朝日新聞記者、「平和・協同ジャーナリスト基金」(PCJF)代表運営委員で、生協の私達とは縁が深いのでご存じの方は多いと思われる。私も日生協時代から親しくさせていただいており、昨夏、久しぶりにヒロシマに行った時もご一緒した。そんなご縁でこの本を贈って頂いた.
(同時代社、2010年1月15日刊、1900円)
著者も「はじめに」で書いているが、オバマ大統領のプラハ演説を導火線に世界は「核兵器のない世界」を目指して動き出した。世界の首脳たちはようやく核兵器の恐ろしさ・その危機に気づき「核なき世界」を本気で考えようとしているが、そこには半世紀にわたる日本の「反核」の運動、訴えがあった、その運動の歴史、課題を明らかにし、今後の取り組みに参考にしてもらいたい、というのが本書の趣旨である。
今、5月の核不拡散条約再検討会議をめざし日本の反核平和の諸団体も取り組みを強めている。時機を得た出版物であり、「生協の平和運動―その興隆から現状まで」の稿もあり、ぜひ生協関係者には読んでいただきたい。(つづく)
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「邪馬台国山陰説」

[吉永紀明]
 昨年12月に、鳥取県生協連理事会後に開かれた「ユニセフ学習会」に招かれて鳥取を訪問した。
 以前からユニセフ鳥取県支部を立ち上げるにはどうしたらよいかという相談を受けていた。「一度学習会を開いて関係者にユニセフについて理解を深めてもらったらどうか」と伝えていたことで、理事会の後で開かれた。
 学習会の終了後に行われた忘年会にも参加させてもらった。
 その席上「吉永さん、これお土産です。ぜひ読んで見てください」と一冊の本を渡された。
 本のタイトルは「新説 邪馬台国山陰説」となっていた。渡してくれた人は、その本の著者の田中文也さんだ。
 田中さんは、米子医療生協の現役の専務理事をしている。
 「ありがとうございます。以前話を聞いたことがありましたが、本を出版されたんですね」と答えた。しかし、これが始めてではなく、すでに1998年から4冊も出版していることを後で知った。
 世の中では、邪馬台国は「九州説」と「畿内説」のどちらかというのが主流になっていて、「山陰説」という説があることすら知られていない。
 折角本をもらったのに、岡山に帰ってから忙しさにまぎれて本を読む時間が取れなかった。正月明けに、本をもらったことを思い出して読んでみた。
 読み終わって、邪馬台国が「九州」か「畿内」かということより、もっと広い視野で古代をとらえることが必要なのではないかと感じた。
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この夏の学び

[大友弘巳]
 毎年、7月から8月にかけては、戦争と平和について学んだり、考えたりする機会が多いのですが、今年は特に「加害者としての日本」について知らされたことが多く、胸が痛むと共に、日本がしてきたことをもっと知る必要があるとの思いを深めました。

1、「仲間に守られて僕は、地獄を生き抜いた」
    鳳儀萍著 足永昭訳 中国人殉難者全道慰霊祭実行委員会刊
この本は、私の子供のころからの友人足永氏が、著者と出会ってから4年がかりで翻訳し、編集や校正にも当たって出版に漕ぎ着けたもので、私へも贈ってくれたこと、内容は、私の故郷に近い北海道の栗山町の炭鉱で実際にあった出来事を記録したものであることなどから、興味を持って読むことになったものです。
昭和19年8月、14歳の中学生だった著者鳳氏は、上海の街中の検問所で傀儡政府の兵士によって不当逮捕され、日本軍に引き渡されて日本につれてこられ、約1年、栗山町の角田炭鉱で働かされた体験者です。
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「異端派生協の逆襲」を読んで(その3)

[大友弘巳]
班(グループ)について~組合員同士の助け合いは不要か?
 (その2)から随分間が空いてしまいましたが、班・共同購入を全面的に否定する下山さんの論旨についての疑問が残っているのに、何も言わずにいると是認しているようで気にかかっていますので、やはり私見を述べておきたいと思います。
 氏は、「(90年代に入って)共同購入という事業形態は限界に近づいて」いたのも関らず、「成功があまりにも大きく、基礎組織としての班があまりにも有効だったので、それを崩すような、あるいは壊すような供給形態を採ることは、生協の運動も事業も否定するものだとして見向きもされなかった」、と述べ、さらに、多くの生協が共同購入にこだわって個配を否定したのは班組織に細胞(共産党の昔の基礎組織名)に類似しているという幻想をもってしがみついていたからだ、としています。
 今は共産党でも使われていない「細胞」という昔の組織名を持ち出してまで、「班」に対して古めかしい特殊なものというイメージを被せ、過去の遺物と片付けてしまおうとするのはなぜなのか、そこまで班を否定する意図が理解できませんし、妥当なこととは到底思えません。
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「異端派生協の逆襲」を読んで(その2)  「事業連帯、事業連合」論について

[大友弘巳] 
 下山さんは、1990年に同時に認可された三つの事業連合を比較してそれぞれの特質を論じていますが、同じ年、任意団体東関東コープネットワークを設立し、その2年後にコープネット事業連合を設立するための準備を始めながら、先行された三つの事業連合それぞれの様子を見守っていた者として、コメントしてみたいと思います。
氏の評価では、ユーコープ事業連合は「強者の連合」であるとし、連帯のありようとしては「覇権型連帯」であったとされていますが、あまりにも一方的とに感じます。
ユーコープは確かに神奈川、静岡、山梨3県の拠点的生協が中心に連帯しようとしたという点では「強者の連合」といえなくはありませんが、主たる目的は大型の店舗の展開を成功させる(失敗させない)ことにあり、そうした店舗を成功させた経験があったわけではありませんので、その面から見れば実は「力の足りない者の連合」だったとも言えます。
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「異端派生協の逆襲」を読んで (その1)「日本の生協は左翼的体質」論について

[大友弘巳]
 斉藤さんのご紹介を受けて、私も「異端派生協の逆襲」を取り寄せて読んでみました。
 個配の取り組みをリードされたこと、産直への突っ込んだ取り組みなど、かねてから下山さんやパルシステムグループの活躍には注目していましたし、この本でも、ギョーザ事故問題での指摘を初め、いろいろ考えさせられる点もありましたが、下山さんとほぼ同じ時期に地域生協づくりや事業連合結成に関ってきた者として、うなずけない点もたくさんありました。
 多岐に渡って問題提起されていますので、何回かに分けて、いくつかの点について感想的私見を述べてみたいと思います。
 今回はまず、「はじめに」の冒頭で問題とされている「日本の生協の左翼的体質」論について検討してみることにします。
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賀川豊彦「死線を越えて」を読む

「斎藤嘉璋」

 先に湯浅誠の「反貧困」(岩波新書)の読後感をこのブログに掲載した(10月30日)。その後この本は「平和と協同ジャーナリスト」賞や大仏次郎論壇賞を受賞し、ベストセラーになっているので読んだ人は多いと思う。
 この本を読んだ時、職と食・住を失って“路頭に迷う人々”につくしている湯浅誠の姿を想像し、賀川豊彦を思い出した。それで湯浅氏に会えることを期待し「平和――」授賞式(12月5日)に参加したが、情勢悪化で多忙な彼には会えなかった。
 その後、彼が日比谷の派遣村村長として頑張っている姿をみて、かって読んだ賀川豊彦の「死線を越えて」を読み直してみようと思った。東大出でありながら「反貧困」を戦う湯浅とクリスチャン賀川の共通性とか、何よりも100年前の「貧困」との差異と共通性を考えてみたかった。
 今年は賀川が神戸の貧民窟に身を投じ、貧しい人々の救貧のための活動をはじめてちょうど100年であり、それを記念しての企画のひとつとして「死線を越えて」も再版が検討されているらしい。しかし、読んでいる人は少ないと思うのでちょっと紹介。
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「異端派生協の逆襲」-生協は格差社会の共犯者かーを読む2

「斎藤嘉璋」

"統合”ではない“連帯”の行方

 この本のⅢ「異端のDNA」では「異端派生協」=パルシステムグループの歴史を振りかえって、それが弱者・異質の連帯であり“多様性の共存”であったとし、それが引き継がれるべきDNAとされている。それはユーコープのような「強者の連帯」や生活クラブのような「同質者の連帯」とはちがう、“統合”や“統一“でない”異質性の上に立った連帯“だとする。
 確かにユーコープやコープネットの連帯は商品はじめ諸事業の機能の統合が進む中で、方針や計画、組織運営も“統一”が進んでいる。「ここまで機能統合したのだから県域を超えての合併は必然だ」という安易な考え(生協運動の在り方論抜きの成り行き論)も出ている状況である。
 パルシステムは違うのか?事業面での機能統合は大いに進んでいるではないか。単協の自立性、個性を残し、組合員主権・単協主権を残そうという考えは存在するようであるが、その行方はどうか?それを決めるのは現在の組合員であり組合員に選ばれた人たちであって、生協OBや外の人ではないからか下山氏は具体的なイメージは示していない。
 首都圏の各県にはコープネット・ユーコープのグループと生活クラブ、パルシステムの3つのグループに分かれ、それぞれの生協が頑張っている。(東京の東都生協の無所属が唯一の例外)
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「異端派生協の逆襲ー生協は格差社会の共犯者かー」を読む

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「斎藤嘉璋」
 この本の筆者・下山保氏は東京下町の団地生協・たつみ生協(マイコープを経て現パルシステム東京)の創業トップであり、現パルシステム生協連合会の前身・首都圏コープ事業連合を創立しトップを務めた。すでに第一線を退いているが、生協関係者には知る人は多い。
 この本にパルシステム生協連合会の若森理事長は「下山保さんが怪しげな本を発刊されるにあたって」の一文を寄せている。確かに表題からして“怪しげ”であり、内容的にも論理の飛躍を感じさせる箇所など怪しさを感じさせる点がすくなくない。しかし、基本的には真面目な、生協関係者には考えさせるところも少なくない本である。
 この本は下山保氏が自ら語った生協を中心にした自分史の部分が基本になっているが、本人はプロローグで「どうした生協」、「生協は格差社会の共犯者か」と述べ、エピローグで「波風よ、立て」と議論を吹き掛けており、単なる自分史ではない。
 実は評者も下山氏との長い付き合いということもあり、「自分史的なものを出す」ということで取材に応じたが、その時点では「格差社会の共犯者」云々は聞かされなかった。推測すると、彼は個人的な自分史を出すのではなく、彼が関わったパルシステムグループの歴史をそこに彼の想い込めて書きたかった、過去の歴史よりも現在と将来にむけて発言をしたかったのだと思う。
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「輿論と世論―日本的民意の系譜学」(佐藤卓己著)を読んで

[少老朋友]
 近年読んだ本の中でこれほど勉強になった本は数少なかったですし、かねてから世論調査について感じていた疑問が、この本によって解き明かされたこをうれしく思っています。
 朝日新聞の日曜日の朝刊の「読書」のページで、「輿論と世論」の書評を読んだのは10月頃のことでした。
 それまでの私は、「輿論」の「輿」という漢字があることは知ってはいましたし、「輿論」は(よろん)と読むことも知ってはいたのですが、「輿論(よろん)」と「世論(せろん)」を区別して理解してはいませんでしたし、「世論」を(よろん)と呼ぶことに違和感を抱いてもいませんでした。
 書評を読んで、何と大事なことに無知であったかと感じたことと、「人々がインターネットなどを通じて意見を発し、他人のものを読む。その積み重ねが、「輿論」形成の新たな回路を創ると佐藤は説く」という一文に惹かれて、この本を取り寄せて読むことにした次第でした。

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「反貧困」(湯浅誠)を読んで

「齋藤嘉璋」 
たまたま先輩に誘われて参加している大学の同窓生の集まりで、2か月ほどまえに雇用・労働問題を勉強した。その時「雇用融解」(風間直樹)などを読んで、日本の若者等をめぐる現状の厳しさとそこまで追い込んだ構造改革路線のすごさを考えさせられた。
今回は「反貧困」(湯浅誠-岩波新書)を読んで、「ではどうするか」について考えさせられた。
27日の朝日新聞の「秋の読書特集」で森永卓郎氏が「貧困と格差社会を生き抜くための全集」として10冊の本を取り上げていた。経済アナリストの森永氏は「格差社会は構造改革の副産物ではなく、構造改革の目的そのものだったと考えている」と立場を明確にしながら、10冊の本を紹介している。
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「ブログ論壇の誕生」 (佐々木俊尚著  文春新書)を読んで

[少老朋友] 
「書評」というカテゴリーを設定してありましたが、どなたからも投稿が出てきません。
  考えてみれば、書評というと偉そうに構えた感じになりますので、気軽に、こんなことが書いてあったと情報提供をしたり、感想を記すというイメージに切り替えようと考え、管理人の独断でカテゴリーの呼称を「本・情報」へと変更することにいたしました。
 書籍に限らず雑誌や新聞の記事に関してでも良いわけですし、IT時代ですから、さまざまなメディア、インターネットやもちろんテレビも含めての情報などを取り上げて交流する場になればと思っています。
 そんなわけで前置きが長くなりましたが、新カテゴリーの初の投稿を、私がさせていただきます。 

 タイトルの本の著者は、元毎日新聞記者、「月刊アスキー」編集者などを経て、現在はフリージャーナリストとしてIT,ネット分野について取材、執筆活動を精力的に進めている人ですので、広く論点を整理し、分かりやすく問題提起をしていると感じました。
 冒頭に、「いまや論壇は、雪崩を打つような激しい勢いで、インターネットの世界へと移行しはじめている。」とした上で、ブログ論壇の特徴を次のように紹介しています。
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